Can you keep a secret?

 

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 昼休みの学園は、生徒達のざわめきに包まれている。
 その日も、ももかとゆりは、いつも昼休みを過ごす中庭のベンチで、いつものように昼食を取った後、思い思いに時間を過ごしていた。ももかはスケジュールや覚え書きを記した手帳を、ゆりは読みかけの文庫本を、それぞれ膝の上で開いている。

 この数日間、ももかはある考えに取りつかれていた。

 商店街の怪物騒ぎで出会った、『銀色のプリキュア』の正体は誰か。
 モデルとしてショウビズの世界に身を置いて既に数年の経験を積み、自身もそれなりに成功しているももかには、人の持つ「オーラ」を読むことにもそれなりに長けている自負がある。決してスピリチュアルやオカルトに傾倒している訳ではなく、人には言葉や理屈では説明のつかない「魂の持つ底力」のようなものがあると彼女は信じている。そして、人を惹きつけるオーラのない人間は、例え何かの拍子に注目されて一時的にブレイクすることはあっても、その人気は決して長続きしないということを、彼女はよく知っていた。
 ―――そして、『銀色のプリキュア』と対面したときに、ももかが感じたオーラは、というと。
 彼女のオーラによく似たそれを持つ人物を、ももかは一人だけ知っていた。
「・・・ももか。どうかした?」
「・・・え? ・・・あ、ううん」
 自分でも気付かないうちに、見つめてしまっていたのだろうか。ゆりがいつの間にか文庫本から顔を上げ、不思議そうにももかの方を見ていた。
 ももかは慌てて首を横に振って、
「その、手。なかなか治らないな、と思って」
 じっと見つめていた理由を適当にでっち上げる。
「ああ、これね」
 ゆりは包帯の巻かれた右手を持ち上げて見せた。
「ガラスだから、思ってたよりも随分深く切れてて」
 治るまで一寸かかりそう、と苦笑する。
 あの日、怪物の襲撃から逃げる際、ももかとはぐれたその間に、転んでガラスで切ってしまったのだと、彼女は言うけれど。
 一体、どういう風に壊れたガラスが落ちていて、どういう風に転んだら、掌だけがあんな風に切れるというのか。しかも、制服は一切汚さずに、だ。大体、逃げる道筋に、壊れた建物や窓ガラスなどあっただろうか。
 ももかのように、怪物が暴れた現場に居合わせたのでなければ。
「・・・痛い?」
「変な動かし方をしたら、少しね」
 普通にしているぶんには大丈夫、とゆりは微笑んだ。
 ―――あの銀色のプリキュアも、怪我をしていた。
 ももかとたった一言二言交わす間にも、血溜まりができるほどの怪我を。
 それから。
 銀色のプリキュアに抱きかかえられて飛んでいる時に、感じたこと。
 首に腕を回して抱き締めた時の感じや、化け物相手に戦っている時の苦しげな息遣い、痛みを堪え、押し殺し切れずに漏れた声。
 それら全てに、ももかは憶えがあった。
「鉛筆とお箸が持てれば、問題ないから」
「・・・そこ、鉛筆が先なんだ・・・」
 いかにもゆりらしい物言いに、ももかが苦笑する。
 最後に、別れ際に対面したときのこと。
 銀の髪にラベンダーの瞳、なんて、そんなものには誤魔化されない。
 モデルだって、ウィッグやカラコンにメイク、ヒールの高さや服やアクセで、ぱっと見た目の印象が随分変わるものだけれど、元の顔立ちや背格好まで変わるわけではないのだから。
「・・・ほんとに大丈夫だから。そんな顔しないで」
 溜息混じりに、ゆりが言う。
「・・・どんな顔してた? 私」
「難しい顔、してた」
 ももかは自分の頬を両手で包んで、
「ん。 ・・・ごめ」
 そう言って、へらりと笑う。
 けれど。
 自分の大切な人が、とてつもなく危険なことに首を突っ込んでいると知って、難しい顔をせずにいられる人間が、一体どれだけいるだろう。
「・・・心配してくれるのは、ね。凄く嬉しいんだけど」
 ゆりは少し照れくさそうに髪をかき上げて、
「私のせいでももかのここに皺をつくるのは、本意じゃないから」
 珍しく、少し戯けたように、自分の眉間を指さして笑う。
「ん。じゃ、しっかり伸ばしとく」
 ももかは自分の眉間を指で懸命に伸ばす仕草をして見せた。


 予鈴が鳴るより少し早目に、二人は教室に戻ってきた。
 開け放たれた窓の外から遠い悲鳴のようなものが聞こえたかと思うと、
  きしゃぁぁぁぁっ!
 耳障りな金属音が辺りに響いた。
「なんだ!?」
「あ、あれ!」
「何あれっ!?」
 クラス中がざわつく中、誰かが窓の外を指さした。
 中等部の校舎の向こう、グラウンドの辺りに、巨大な異形の怪物の姿。
『緊急放送、緊急放送。中等部敷地内に不審者が侵入しました。高等部の生徒は、校舎から出ないこと。緊急放送―――』
 教室の窓に、生徒達が押し寄せる。
 窓際の席で、ゆりが、勢いよく立ち上がった。
「ゆり!」
 彼女が体を翻すより先に、ももかがその腕を取る。
 細い腕に縋るように、寄り添うように、力一杯抱き締めて。
「ももか?」
「・・・行かないで」
「・・・え?」
 眉を顰めるゆりに、
「・・・ここに、いて」
 お願いだから、と。
 最後は消え入りそうな声で、ももかは懇願した。
「何・・・言ってるの」
 僅かに動揺の色を浮かべて、ゆりが問う。
 ももかは黙ったまま、ゆりのジャケットの袖を強く握り締めた。
 ゆりは溜息を一つついて、
「―――大丈夫」
 包帯の巻かれた自分の手を、ももかのそれに重ねた。
「どこにも、行かないから。安心して」
  どぉんっ!
 爆音が辺りに響いた。
 ゆりがはっとして、窓の外に顔を向ける。
 袖を掴むももかの手に、ぎゅっと力がこもった。
「ももか?」
 ゆりの呼びかけにも答えず、ももかはただ小さくかぶりを振る。
「おい、あれ!」
 誰かが叫んだ。
「何?」
「プリキュアだ!」
 おおっ! と教室中がどよめく。
「どれどれ!」
 生徒達が更に窓際に殺到する。
 ももかは弾かれたように顔を上げ、窓の外に目を凝らした。
 プリキュアらしき人影が怪物の周囲を飛び回り、戦っている。
 例の「銀色のプリキュア」の姿は見えない。
 ―――居るはずがない。
 だって、彼女は―――
 ふと傍らに目を遣れば、ゆりが険しい表情で窓の外を見ていた。
 一見冷静に見えるけれど、時折ぴくり、と眉が動き、その表情に苦しげな色が浮かぶのがももかにも見て取れる。
 不意にももかは、あれほど強く掴んでいたゆりの腕をするりと放した。
 ゆりが、振り返る。
 ももかは彼女から離れ。
「・・・そういえば、私、英語教官室に呼ばれてたんだったわ」
 背筋を伸ばし、「モデルのももか」のスマイルでそう言って、
「今のうちに行ってくる」
 軽やかに身を翻し、教室を出て行った。
「・・・ももか・・・?」
 ゆりは暫し、呆然としていたが、すぐに気を取り直し、教室を後にした。

  

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