その後:やよいの場合
上段を右へ。
下段を左へ。
上段を中から外へ。
『鍵』を開けて、本棚をくぐると、そこは異世界だった。
「@$#◎%☆&£‰▼!!?? や、やよい殿!?」
突然の訪問者に、ポップは声をひっくり返して驚いた。
「ポップ。久しぶり!」
屈託のない、極上のスマイルで、やよい。
「……! もしや、何か緊急事態でござるか……!」
「ううん。そんなんじゃないの」
はっと我に返り、表情を険しくするポップに、やよいは柔らかく首を振った。
「今日は、これをポップに渡したくて。 はい!」
差し出されたのは、レモン色のくるくるリボンで飾り付けられた透明な袋に入った、チョコレート色のシフォンケーキ。
「今日はバレンタインデーだから」
「……!」
『バレンタイン』
その単語は、手渡されたチョコレート色の物体と相まって、ポップの思考を一瞬でショートさせるに十分な破壊力を持っていた。
「せ。せせせせ拙者にでごごござるか……!」
「うん。手作りだから、気に入って貰えるかどうか、わからないけど」
可愛らしく肩をすくめ、少し上目遣いに、やよい。
「てててててづくり!」
礼を言う、という基本的な礼儀を忘れてしまうくらい、今のポップは錯乱している。
「……じゃあ、またね!」
ポップの混乱をよそに、やよいは軽く一言そう言って、本棚の通路から元の世界に帰っていった。
―――自分と同じものをキャンディも貰っていた、という事実をポップが知らされたのは、それから三日ほど後のことである。
Happy Valentine!
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