前のページ

「アーク・ロイヤル!」
 少し舌足らずな、甲高い声で。
「チンジュッフの中で攻撃機を飛ばすなんて、」
 コンクリートの上にちんまりと正座し、手を膝に置き、頭を垂れるアークロイヤルを前に、
「まったく、何を考えているデスか!」
 仁王立ちのジャーヴィスが、目一杯厳かに、言った。
「シッカーモ。よりによって、オールド・レディに向かってツッコんでくるなんて! ロイヤル・ネイビーが聞いてあきれるネ!」
「……全く、面目ない」
 俯いたまま、消え入りそうな声で呟くアークロイヤル。
「そうだよ。うっかり誤爆しちゃったらどうするの!」
 続けてそう言ったのは、サミー・Bこと、サミュエル・B・ロバーツ。現在鎮守府で唯一のアメリカ駆逐艦娘だ。
「あ、でも、私のヘルキャットは爆弾も魚雷も積んでなかったわよ? だって戦闘機d」
「そういう問題じゃないヨ!」
 沈痛な面持ちで項垂れるアークロイヤルの隣で、やはり正座していたイントレピッドが脳天気な調子で言うのを、サミー・Bはぴしゃりと一喝した。姿形は子供のようでも、さすがは『戦艦のごとく戦った』武勲の誉れ高き駆逐艦。
「……だからって、さぁ。撃ち落とすことないじゃなぁい?」
 唇を尖らせて、イントレピッドが文句を垂れる。
「思わず撃ち落としたくなるようなスピードで突っ込んできたりしなかったら、そんなことしなかったヨ?」
 ね? と、サミー・Bがジャーヴィスを見る。
「そうデス!」
 ふんぞり返るジャーヴィス。彼女もサミー・Bも演習を終えたばかりで、弾薬こそ訓練用のものだが完全武装だ。
「まあまあ」
 くすくすと笑いながら割り込んだのは、ベンチに腰掛け、ゆったりと脚を組んで、『護衛艦』たちの勇姿を見守っていたウォースパイトその人だった。
「ジャーヴィス、サミー。貴女達のおかげで何事もなかったことだし、そのくらいで許してあげて頂戴?」
「……オールド・レディがそう言うなら」
 完璧な対空掃射だったわと褒められて、仕方ないですネー、とジャーヴィスは渋々矛を収める。
「けれど、そうね。アーク、イントレピッド、貴女達が何故こんなことをしたのかは、聞いておかなければならないわね」
 問われて、アークロイヤルは事の経緯を思い起こし。
「それは―――」
 今ここで彼女の口から言えることなど一つもないことに気付いて、絶望的な気持ちで俯いた。
「はいはーい。私が答えまーす!」
 イントレピッドはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに挙手をして発言権を求めた。
「アークとお茶してたら、彼女が貴女のことを好きだって聞いたから。じゃあ善は急げで告白しましょう、ってことになって、貴女と彼女を会わせようと思って来ました!」
「「「!」」」
 イントレピッドの発言に、場の空気がざわつく。
 駆逐艦娘達は『好き』『告白』という乙女心を刺激するワードにテンションが急上昇。瞳をきらきらと輝かせ、身を乗り出して次の情報を待っている。一方アークロイヤルはというと、驚きと呆れと怒りでオーバーロード中。イントレピッドが一方的に押し掛けてきて仕方なく茶を出したら誘導尋問で恋心を暴かれて無理矢理告白させられそうになったから激しく抵抗したらなぜか成り行きでこんなことになっただけなのに何故自分がこんな辱めを受けなければならないのか納得がいかないし正直今すぐここから逃げ出したいです―――という顔をしている。
 ただ、ウォースパイトだけは、
知ってるわI know.
 落ち着き払った様子で一言、そう言った。
「「「「えっ」」」」
 更にざわつく場の空気。
 目の前で愛の告白というロマンティックな大イベントが見られると思っていた駆逐艦娘達は糠喜びかとがっかりし、派手なリアクションを期待していたイントレピッドは、
「あの、ええと……好き、っていうのはつまり、恋愛的romanticな意味で、ってことなんだけど」
「ああ、そうね。知っているわ」
 たった一言で軽くあしらわれ、派手な肩透かしに面くらい。
(????&%#■£※△???)
 アークロイヤルはもはや頭の中が大変なことになっている。目を見開きすぎて眼球がからからに乾いてしまうのではないかと見ている方が心配になるほど。
「何か問題でも?」
 ウォースパイトは淡々とそう言って、辺りを見回した。彼女にそんな風に言われて、何か言える艦娘は鎮守府中探してもそうはいない。
「……それなら」
 誰も何も言わないのを見定めて、彼女は優雅に微笑み、
「私は、彼女とごく個人的な話があるの。皆さん、少し席を外していただけると嬉しいのだけれど」
 そう言って、再び辺りを見回した。
「えっ、なになに、やっぱり告白するんじゃ―――」
「貴女の新大陸に、『遠慮』という言葉はないのかしら」
 イントレピッドの茶々入れを、ウォースパイトはぴしゃり、と遮った。
 その一瞬の、威圧感に。
「……あー、ええ、うん、」
 イントレピッドは珍しく、狼狽えたような表情をしたが、
「はいはい。それじゃ、邪魔者は消えるとしましょ」
 すぐにいつもの調子でへらりと笑い、のろのろと立ち上がると、Good luck.と言い残して、元来た方へと去っていった。
「私たちもおイトマするネ、オールド・レディ。演習見に来てくれてありがとう!」
「Thanks, レディ・ウォースパイト!」
 小さな駆逐艦娘達は、ウォースパイトの元に駆け寄ると、ベンチによじ登り、彼女の両側から頬にキスをする。
「Good girls. また、会いましょう」
 ウォースパイトは柔らかく微笑んで、手を繋いで駆けてゆく少女たちの背中を見送った。


 かくして、その場には、ウォースパイトと正座して俯いたままのアークロイヤルだけが残された。
「―――アーク」
 静かに名を呼ばれて、アークロイヤルの肩がぴくりと跳ねる。
「顔を上げて、こっちを向いて」
 彼女は渋々、面を上げた。
 視線は、逸らしたまま。
「先刻はあんな風に言ったけれど、アーク。私、貴女からまだきちんとした言葉を貰っていないの。だから」
 ウォースパイトはけれど、彼女を咎めることもなく、
「今、ここで。貴女の気持ちを、貴女の口から、聞かせて頂戴」
 穏やかな微笑を湛えて、そう言った。
(こんな状況で、このひとは)
 愛の告白をせよと言うのか。
 これだけ無様な失敗を重ね、みっともない姿を晒した自分に、この上まだ道化を演じろというのか。アークロイヤルは心の中で嘆息した。
 ―――それならば。
 確かに自分は、いち軍艦として、英国の誇る武勲艦ウォースパイトを心から敬愛している。それ以上でも、それ以下でもない。ぞんざいに言い捨てて、この場から逃げてしまおう。尊大にも、お前が私を愛していることなどお見通しだと言い放った彼女へ、せめて一矢報いて。
「レイディ・ウォースパイト。私は―――!」
 そう決めて立ち上がろうとしたアークロイヤルだったが、硬いコンクリートの上でずっと正座をしていた彼女の脚は、簡単に言うことを聞いてはくれなかった。
「あぐ、脚※#★♭……っ¥」
(〜〜っっ、この上まだ恥の上塗りを―――)
「―――アーク、」
 地べたに両手を突いて這いつくばり、悶絶しながら絶望的な気持ちに打ちひしがれる彼女に、ウォースパイトは困ったように微苦笑して。
「慌てないで。ゆっくりで、いいから」
 鷹揚にベンチから立ち上がると、アークロイヤルの目の前へと進み出て。
「貴女の声で、貴女の言葉で」
 屈み込み、コンクリートの上に両膝をついて、
「貴女の本当の気持ちを。聞かせて?」
 穏やかな表情で、声で、そう言った。
 そのステュアート・サファイアの瞳と出会った瞬間、アークロイヤルは息を呑み。
「―――、」
 はらり、と涙を零した。
(……ああ)

 このひとに、嘘などつけるはずがない。
「……アーク?」
 彼女の頬を伝う涙を、ウォースパイトは指の背でそっと拭った。
 その指の感触に心を委ね、降り注ぐその涼やかな声に耳を澄ますうち、アーク・ロイヤルは憑き物が落ちたように気持ちが落ちついてゆくのを感じた。
「―――レイディ。私は」
 ぺたり、と地面に腰を落として、
「今の今まで、どうしようもなく惨めな気持ちでいた」
 瞳を閉じたまま、言葉を紡ぎはじめる。
「貴女の前では、気高く、格好良くありたい。頼り甲斐のある自分を見せたい。それなのに今日の私ときたら、すっかり頭に血が上って、小さな駆逐艦たちに説教をされる始末で。恥ずかしくて、arkの中に隠れて蓋をして、閉じこもってしまいたい気持ちだった」
 自嘲気味に、苦笑するアークロイヤル。
「けれど、今、やっと気付いた」
 ウォースパイトは、静かに耳を傾けている。
「人は誰しも、愛する者の前では道化になるしかないと。いくら背伸びをして、見栄を張ってみても。愚かな道化師は結局、みっともなく這いつくばって、貴女の愛が欲しいと懇願するしかないのだ」
 そう言って、アークロイヤルは目を開いた。
 今度は視線を逸らさず、ウォースパイトを真っ直ぐに見つめる。
「……貴女を、愛しています。マイ・フェア・レイディ、心から」
 ステュアート・サファイアの瞳が、僅かに揺れる。
「こんな想いを、貴女に対して抱くことを。どうか、許して欲しい。そして願わくば、この想いを受け入れて欲しい」
 そう言ってアークロイヤルは、沙汰を待つ咎人のように頭を垂れた。
「……勿論」
 喜んで、と。
 ウォースパイトが微笑んで手を伸べると。
 アークロイヤルは恭しくその手を取り、そっと接吻けた。
 と。
「―――ああ。でも」
 不意にウォースパイトが頓狂な声を上げた。
 アークロイヤルは勢いよく面を上げ、不安げにその顔を窺い見る。
「貴女のその理屈だと、いま、貴方の前に居る私も愚かな道化、ということになるのだけど」
 どうなのかしらね、と悪戯ぽくウォースパイトが笑んで。
 アークロイヤルは初めて、嬉しそうに笑った。

*   *   *

「そういえば」
 戦艦寮へと続く道をゆっくりと歩きながら、ウォースパイトがぽつりと言った。
「貴女は今日一日で随分、あの新大陸の空母と親しくなったのね」
「っっっっ!? 一体どこをどう見たらそう思えるのですか、レイディ!」
 思わず叫ぶアークロイヤルの脳裏で、今日の出来事がプレイバックする。
「The trumpet of a prophecy! O Wind, If Winter comes, can Spring be far behind?」
 ウォースパイトは軽やかに、歌うように英詩の一節を諳んじて、
「だってアーク、貴女、最初は彼女のことなんてまるで眼中になかったじゃない? それが、こんな風に喧嘩じみたことをするようになったのだから、きっともうすぐ仲良くなれるわ」
 ―――『冬来たりなば、春遠からじ』よ。
 そう言って、ころころと鈴のように笑った。


――から騒ぎでも終わりよければ全てよし・終

  


よろしければ、感想をお聞かせ下さい。

↓こちらのボタンで、メールフォームが開きます↓
未記入・未選択の欄があってもOKです。
メールフォーム

第3書庫へ戻る