合同誌主催の清さんが描いてくださった扉絵と挿絵の、掲載許可とデータを頂いちゃいました! ありがとうございます! ヒャッハー!

から騒ぎも終わりよければ全てよし

深森 薫

 

 knock-knock

 自室で静かに詩集を開いていたアークロイヤルは、ノックの音を聞くなり、あからさまに嫌そうなしかめ面をした。
 扉を二回叩くのは、使用人のノックである。それに、今聞こえたノックは少し低く籠もったような音だった。オールド・レディWarspiteならば、そのようなノックはしない。手のひらを扉に向け、甲高く乾いた音で軽やかに三回。それが、彼女の敬愛するレイディのノックだ。
「どうぞ」
 しかし、ノックの仕方が気に入らないからといって返事をしないというのも品がない。アークロイヤルは内心渋々―――しかしそれはおくびにも出さずに―――返事をした。
「Hi! アーク」
 豪快に開いた扉から姿を現したのは、ごく最近この鎮守府に着任したアメリカ空母だった。名をイントレピッドという。
「What's up?」
「……Nothing」
 彼女の挨拶に、アークロイヤルは戸惑いながら短く応えた。英国艦の彼女は、米国艦たちの話す英語に違和感を覚えることが少なくない。同じ『英語』といっても、かの国が英国と袂を分けてから二百年も経っているのだから、無理もない。
 ついでに言うと、アークロイヤルは彼女に自分をアークと呼ぶことを許した覚えはない。彼女は他の艦娘達がアークと呼ぶのを聞いて、勝手にそう呼んでいるのだ。
「貴女とちょっと、お話がしたくて。今、時間あるかしら?」
 イントレピッドは訪ねてきた理由をそう告げた。
「ああ、大丈夫だ。What's up?何か変わったことでも?
 アークロイヤルは少し表情を曇らせたが。
「ううん、Nothing special.そういうわけじゃないわ。ただ、私は着任したばかりで貴女とまだあまり言葉も交わしていないから、お近づきになろうと思って」
 ―――私たちは一緒に戦うチームメイトになるのだから、と。
 明るい口調でそう言うイントレピッドに、
「……ほう」
 アークロイヤルは少し態度を和らげて。
「それは殊勝な心がけだな。そういうことなら、歓迎しよう。大した物はないが、紅茶だけは良いものを揃えている」
 そう言うと、扉を大きく開いて客人を招き入れた。


「Wow. 素敵なお部屋」
 部屋の中に通され、テーブルに着いたイントレピッドは、興味津々といった風で室内をきょろきょろと見回した。
「部屋の造りはみんな同じなのに、家具や調度品で随分印象が変わるのね。とても趣味がいいわ」
「有り難う」
 応えるアークロイヤルの、言葉は素っ気ないが、満更でもない様子が顔と声に僅か滲み出ている。どうやら神は、彼女にポーカーの才能を与えなかったようだ。
「そのティーセットも素敵」
 イントレピッドの視線が、アークロイヤルの手元に留まった。
「それに、貴女の手さばき。すごくクールだわ」
 ぴんと背筋を伸ばし、傾けた野苺柄の白いティーポットから同じ柄のカップへと琥珀色の茶を注ぐ姿は、確かに様になっている。
「そんなに褒めても、大したものは出ないぞ」
 アークロイヤルは苦笑しながら、
「今は残念ながら、有り合わせのものしかない。前もって知らせがあれば、次はちゃんとしたアフタヌーンティーを用意しよう」
 けれど機嫌良く、ティーセットと揃いの野苺柄の白いプレートをテーブルに置いた。プレートの上には、バターの色をした円いショートブレッドが数枚。
「Oh, Wow. この香り。紅茶?……と、ちょっと違うような」
 アークロイヤルが席に着くのを待ってティーカップを手に取ったイントレピッドは、不思議そうに首を傾げた。
「いや、正真正銘セイロン高地産の紅茶だ。上等なものは、花のような香りがする」
「本当。花の香りみたい」
 一口啜っては Wow. と繰り返すイントレピッドの反応を見ながら、アークロイヤルもカップを手に取り、湯気と共に立ち上る香気を楽しんでから、ゆっくりと口を付け。
(うむ)
 我ながら良い点前だ、と、満足げに一人小さく頷いた。
(―――それにしても、このアメリカ空母は)
 まるで人懐こい大型犬のようだ、とアークロイヤルは思う。躾がなっていない、誰にでも飛びついて顔をべろべろと舐め回すような。
(人懐こい小型犬に、臆病な小型犬。無愛想な猟犬と、気のいい大型犬)
 今いる欧米空母の面々を思い浮かべながら、そのことごとくを犬になぞらえて考えるあたり、いかにも犬好きなイギリス人らしい。
「……ところで」
 静かにカップをソーサーに置き、アークロイヤルが口を開く。
「私と話がしたい、ということだったが」
「Yes. Friendship は大事よ。私たちが「ship」だからって、それだけでは足りないわ」
 イントレピッドはそう言って笑みを浮かべた。
「その通りだ」
 アークロイヤルも思わず口角を上げ、くすりと笑う。
「だが、何から話していいものか」
「そうね。とりあえず、貴女のことが知りたいわ」
 私のことも知ってほしいし、と、新学期に偶然隣り合わせた新しいクラスメイトに話しかける女学生のような目をして、イントレピッドは言った。
 ふむ、とアークロイヤルは暫し考えたが、
「駄目だ、何も思いつかない……自己紹介は苦手だ。貴女から質問してくれ。何でも答えるから」
 半ば匙を投げるように、軽率に、そう言った。

 ―――そのことが、とんでもない事態を招くとは知らずに。

「何でもいいの?」
「ああ」
 念を押すイントレピッドに、軽く頷いて紅茶をすするアークロイヤル。
「それじゃあ……アークは、好きな人はいるの?」
「っっ※★£%」
 ロイヤルネイビーの名にかけて、紅茶を盛大に吹き出すような真似は断じてできない。アークロイヤルはんぐ、と妙な音をたてて紅茶を何とか喉の奥に押し込んだ。
「……っ、藪から棒に何だ、その質問はっ」
「だって。恋バナはガールズトークの基本でしょ? それに貴女、何でも聞いていいっていったじゃない。っていうか」
 イントレピッドは澄まし顔でそう言うと、
「いるんだ。好きな人」
 邪悪な目evil eyeをして、にんまりと笑った。
 アークロイヤルは一瞬狼狽の色を浮かべて、
「っ……その質問には、答えられない」
 努めて平静を装い、ティーカップを口元へと運んだ。
「いいわよ。当てちゃうから……そうねぇ」
 イントレピッドは愉快そうに笑んで、
「グラーフ?」
「……」
「アクィラ?」
「……」
「アカギ」
「……」
「カガ」
 次々に名前を口にする。
「無駄だ。私は答えないぞ」
 涼しい顔で、アークロイヤル。
「ショウカク、ズイカク……んー、空母じゃなさそうね」
 無闇矢鱈に名前を挙げているように見えて、その実鋭い観察眼でアークロイヤルの表情を読もうとしているイントレピッド。
「じゃあ……戦艦? コンゴウ、とか」
「… …」
 心を読まれまいと目を閉じているアークロイヤルの、微妙な息遣いの変化、僅かな瞼の動き、小さな仕草の変化。
「アイオワ、は無さそうね」
 そういったものに、目を凝らす。
「……」
「ウォースパイト」
「… … 」
「リシュリユー」
「……」
「ウォースパイト」
「 … …」
「ビスマルク」
「……」
「ウォー……」
「っ……」
「っていうか。なぁんだ、あそこにウォースパイトの写真飾ってあるじゃない」
「!!」
 アークロイヤルは椅子を蹴飛ばすように立ち上がると、イントレピッドの視線を追って勢いよく後ろを振り向く。
「……なぁんちゃって」
「〜〜っっ!!」
 両手で顎杖をついてうふふ、と笑うイントレピッドを、アークロイヤルは屈辱と驚愕の入り交じった眼で睨みつけると、唇を憮然と結んだまま、どすん、と椅子に腰を下ろした。
「そ・れ・で。告白はしたの? ねえねえ」
「……」
「あちゃー。まだかー。ま、そうよね」
 仏頂面で冷めた紅茶をすするアークロイヤルの無言をノーだと解釈して、イントレピッドはうんうんと頷き、
「で。いつするの?」
 尚もぐいぐいと食らいついてくる。
「……」
 アークロイヤルはむっとした表情のままショートブレッドを一枚手に取ると、そっぽを向いてそれに囓り付いた。
「まさか、このままずっと黙ってるつもり?」
「……貴様には関係ない」
 イントレピッドの伸ばした手がショートブレッドを掴むより速く、アークロイヤルはさっと皿を引き寄せた。
「そういうわけにいかないでしょ」
 小さく肩を竦めたイントレピッドだったが、
「自分の気持ちはちゃんと伝えるべきだわ。善は急げ、よ……そうだわ、私、ウォースパイトを呼んでくる!」
 急にそう言って、すっくと椅子から立ち上がった。
「なっ、ちょっ―――」
 ぎょっと目を見開いたアークロイヤルの声がちゃんとした言葉にならないうちに、イントレピッドはドアに向かって突進する。
「待てっ! ばっ、何考えてる! やめろ!」
 アークロイヤルも食べかけのショートブレッドをテーブルに放り出し、イントレピッドの後を追って飛び上がるようにして走り始めた。

  だだだだだだだだだだだ!
  ずどどどどどどどどどど!

 アークロイヤル達欧米艦の住まう空母寮は、木造の洋館だ。勿論しっかりとした造りで、普通に暮らしている分には隣の話し声や上階の足音は全くといっていいほど聞こえないが、長身の空母娘が全力疾走すれば当然ド派手な音がする。
「おい! 何の騒ぎだ!」
「なになに? 何事ぉ?」
「Oh! Excuse meeeee!」
 騒ぎを聞きつけて次々に開く扉の前を、イントレピッドが風のように駆け抜け、
「待てぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!」
 その後ろを鬼の形相でアークロイヤルが追いかける。
「ひぇぇぇぇぇぇ!」
 たまたま、よりによってこのタイミングで帰寮したガンビア・ベイは、玄関口でその顔を正面から見てしまい、恐怖のあまりその場にへたり込んでしまった。
「ふふん。ここまでおいでー!Catch me if you can!
「言ったなぁぁぁぁぁ!」
 二人は次々に、艦載機が飛行甲板から飛び立つように、玄関から外へ飛び出して行った。


 イントレピッドの目指す戦艦寮は、空母寮から少し離れた場所にあった。空母寮と戦艦寮の、敷地そのものは近いのだが、それぞれの日本家屋風の旧館同士が隣り合わせに建っており、洋風の造りをした新館は、それらを挟むように敷地の端と端に建っていた。
「くっ……!」
 アークロイヤルは必死に走るが、前を行くイントレピッドとの差は縮まらない。そうこうしているうちに、イントレピッドは戦艦寮の正面玄関に飛び込んだ。
 寮の一階には、共同スペースがあって。

  がちゃっっ!

「!?!?!?!?」
 勢いよく開いた扉の内側では、金剛型姉妹が揃い踏みでティータイムを楽しんでいた。四対の瞳が一斉に入り口の方を向く。
「Excuse me, ウォースパイトはいる?」
 軽く息を切らして、イントレピッドが藪から棒に尋ねた。
「Oh……オールド・レディなら、ここにはいないネ」
 軽く眉を顰め、ティーカップとソーサーを持ったまま、金剛が答える。どうやら、不躾もここまで堂々としていると怒る気が削がれてしまうようだ。
「Little Jervisの演習を見に行くといって、随分前に出て行ったヨ」
「Oh, 演習場ね! Thanks!」
 イントレピッドが屈託のない笑顔でそう言って、踵を返して部屋を出ていこうとした、その時。

  ずばぁん!!!

 後ろから遅れてやってきたアークロイヤルが、咄嗟に扉を勢いよく叩きつけるように閉めた。

「★#$%▼※∞aaaagh!!!!!」

 顔面強打したイントレピッドの悲鳴が響きわたる。
 揃ってびくりと首を竦める金剛姉妹。
 ドアの外で、遠ざかる足音。
「〜〜っっっっ!! こっの、性悪女!What a hellcat!
 イントレピッドは強打した額を押さえて思わず叫ぶと、非礼への詫びもそこそこに、勢いよくドアを開けて走り出した。

「……何だったの、一体」
「さあ……」
 開け放されたドアを呆然と見ながら、比叡と榛名が呟く。
「……オールド・レディとアイオワに、空母の躾について苦情を言わないと、デース」
 金剛は盛大に溜息をついて、紅茶を一口すすった。
「オールド・レディはともかく。アイオワに言ってもあまり意味がないのでは」
 右手で眼鏡をくいと上げながら、霧島。
「あー。分かるなぁ、それ」
 何が問題なの? とか言いそう。
 比叡の茶々入れに、四人は一斉に吹き出した。

*   *   *

 アークロイヤルは、演習場を目指してひた走った。
(……やった!)
 戦艦寮にウォースパイトが不在だったのは、僥倖だった。そのお陰で形勢は逆転、あのアメリカ空母を出し抜くことができたのだから。何が何でも、彼女より先にウォースパイトの元へ辿り着かなければならない。
 アークロイヤルは、気付いていなかった。彼女の目的が、イントレピッドが彼女とウォースパイトを引き合わせるのを阻止することから、イントレピッドより先にウォースパイトの元へ赴くことにいつの間にかすり替わっていることに。
(見たか!)
 あの馴れ馴れしい米空母に先んじたことで気分が高揚し、心の中で拳をぐっと握りしめるアークロイヤルだが、このまま彼女の敬愛するレイディの元に息を切らして馳せ参じ、
『それで、アーク。そんなに息を切らして、わたくしに一体何の用かしら?』
 女神のごとき微笑みでそう問われた時、彼女は何と答えるのだろう。

 ―――一方、出し抜かれたイントレピッドはというと。
「Wait!」
 こちらもすっかり頭に血が上っている。アーク・ロイヤルが自らオールド・レディの元へ走っているなら、彼女の最初の思惑通りの筈なのだが、そのことには全く思いが至らず、ただただあの気取った英国艦に先を越されて純粋に悔しがっている。
「……くっ!」
 戦艦寮の外に飛び出したイントレピッドは、素早く首を巡らせた。太陽の下、アーク・ロイヤルの白い背中が遙か遠くを行くのが見える。
「負けるもんですか!」
 イントレピッドはついに、艤装のライフルを持ち出した。
「―――F6F-3hellcat, shoot!」
 銃声とともに空へ向かって撃ち出された弾丸は瞬時に戦闘機へと姿を変え、前をゆくアーク・ロイヤルの頭上を、風を切って飛んでゆく。目指すのは、演習場。
「なっ!?」
 アーク・ロイヤルは頓狂な声を上げたかと思うと、すぐさま足を止め、艤装の化合弓コンパウンド・ボウを持ち出した。
 ―――冷静に、確実に。
 流れるような動作で矢を番え、弓を引き。
「Swordfish, shoot!」
 ひゅ、と空に向かって飛び出した矢が、複葉機へと姿を変えた。ブルーの機体が、青空の色に溶ける。ふたりの空母娘の追いかけっこは、鎮守府の空へと舞台を移した。

「ん?」
 工廠の前で繋ぎ姿のままサイダーを呷っていた夕張が、空を見上げて眉を顰めた。
「……どうしました?」
 その横で出かけたゲップを飲み込んで、明石が首を傾げる。
「飛行機のエンジン音がする」
「え?」
 きょろきょろ首を巡らしながら目を凝らす夕張に、明石がへらりと笑って、まさかぁ、と一蹴しかけたそのとき。
  Booooooooooooooooooooooooom!!!
「ひぁっ!?」「ひぇっ!?」
 F6F-3が、続いてSwordfishが、低空飛行で、二人の目の前を駆け抜けていった。
「何今の……HellcatSwordfishに追いかけられてる……」
「ちょ、夕張! 何感心してんですか! どう見ても今のアレ居住区の方から飛んできましたよね!? 思いっきり規則違反ですよ!?」
 大淀が聞いたらガチギレですよ……と明石が頭を抱える。
 まあまあ、と夕張は明石の肩を叩いて、
「ヘルキャットとソードフィッシュなんてさ、名札つけて飛んでるようなもんじゃない」
 後で捕まえて注意しときましょ、と、肩を竦めて艦載機の飛び去った方向を見つめた。
 その先には、演習場へ続く桟橋がある。

 我先にと争っていた空母二人は、飛び立った艦載機との交信―――正確には、艦載機が感知する視覚情報やレーダーのデータ等を自分の感覚として共有している―――に忙しく、先刻までと比べて走るペースは格段に遅くなっていた。陸の上は障害物が多く、海上のように神経を艦載機の方に割いたまま全速航行というわけにはいかない。いつの間にか、二人の差はほとんどなくなっていた。
 不意に、艦載機の視界が開ける。
 母港にほど近い、演習海域である。この海がよく見える場所に、ウォースパイトは居る筈だ。
「居た―――!」
 先に彼女を発見したのは、アークロイヤルのソードフィッシュだった。高度を下げ、彼女の元へと向かう。イントレピッドのF6F-3は後方を飛んでいたソードフィッシュの動きを少し遅れて察知、急旋回・急降下してその後を追った。
 航空機の接近に気付いて、振り仰ぐウォースパイトの驚いたような表情が見えたのは一瞬。
「あいたっ!」
「うっ!」
 艦載機との感覚共有が突如途絶え、鋭い痛みに二人がほぼ同時に呻き声を上げる。考えられる原因は一つ―――機体が撃墜されたのだ。
 二人は艦載機の交信が途絶えた辺りへと急いだ。

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