Side M: ももかのターン


   かしっ
   かしっ

「っ―――!?」
 ゆりが勢いよく振り返った。合金製のチェーンが引っ張られて、ぎちっ、と擦れるような音をたてる。
「よしっ!」
 私は拳をぐっと握り締めた。
 訳がわからない、という顔をしたのは一瞬。ゆりは半身に構え、キビシい表情で私を睨め付けた。
「・・・・・・ももか」
 声がいつもより1オクターブ低い。
「貴女が一体何を考えてこんなことをしてるのか、聞いてもいいかしら」
「んー・・・・・・やってみたかった、から?」
 私はごく素直にそう答えた。
「・・・手錠はおもちゃじゃないのよ?」
「うん」
 わかってるよ? と、私はできるだけ可愛らしく首を傾げて微笑んだ。
「だから、ここでやるんじゃない。家に持って帰るわけにいかないし」
「・・・だから。こういう使い方をするものじゃないでしょう?」
 イラッ、という音が聞こえてきそうな険しい顔で、ゆり。残念ながら、それは私には効果ないんだな。頭痛薬と一緒で、もう慣れて癖になっちゃって、ちっとも効かない。
「ん、まあ、そうだね」
「わかってるなら。早く外して」
「やだ」
「外しなさい」
「やだ」
「は・ず・し・な・さ・い」
「やーだ」
 ゆりが命令口調になるのには、二つの場合がある。一つは、本気で腹を立てているとき。取り押さえた相手に事情聴取してて途中から説教になるときなんかが、そう。
 そして、もう一つは、自分の感情を隠したいとき。照れとか、不安とか、動揺とか。
 例えば、―――今みたいな。
「お腹空いたから早く着替えて帰ろう、なんて言ってたの、どこの誰?」
「ああ。うん」
 私は小さく笑んで、じり、と彼女との距離を詰めた。
 思わず後ずさる彼女。並んだロッカーの扉に、彼女の背中と、後ろ手に手首を戒める手錠が当たった。
「ゆりの言ったとおりだね。『美味しそうなものが目の前に出てきたら、すぐ治る』って」
 私は彼女の左右に手をついて、自分よりも少しだけ高い、その顔を覗き込む。
「美味しそうなゆりを見たら、一気に気分よくなっちゃった」
「・・・私は、食べられる気は毛頭ないんだけど」
 自分の台詞を返されて、ゆりは少し鼻白んだように眉間に皺を寄せた。
 もう。相変わらず、ガード堅いなぁ。
 ま、そこもいいんだけどね。・・・や。結局、全部いいんだけど。
「そう?」
 私は自分の右膝を彼女の脚の間に割り込ませた。
 膝がロッカーの扉を打って、ごんっ、と鈍い音を立てる。
「私は、食べる気、満々だけど?」
 ロッカーに突いた右手を離して、彼女の頬にかかる髪をそっと後ろへ流せば、
「・・・ももか。いい加減にしないと」
 怒るわよ、と、不機嫌な瞳が見下ろす。
「・・・うん、けど」
 首筋から、うなじへ。掌を滑らせながら、答えて、
「なんだかんだ言って」
 喉元に鼻を擦り寄せると、彼女のワイシャツの、パリパリに糊の利いた襟が私の頬に当たる。
「ゆりは私に甘いから・・・私を突っ跳ねたりしない、よ、ね?」
 甘えるように囁いて、私は両腕で彼女の首を抱いた。
 そして、思い切り背伸びをしながら、ぐいと引き寄せて、
「ん、っ―――」
 何か言おうとした彼女を遮るように、唇を奪う。
 貪るように、下唇を食んで、歯列を割って、舌を潜り込ませ。
 探るように、舐める。
 彼女の身じろぐ動作に合わせて、かしゅ、と、彼女を後ろ手に縛める鎖がロッカーの扉を擦った。
 ―――本当は、知っている。
 『私に甘いから』なんて、ゆりが私を突き放さない理由は、そんなことじゃ、ない。
「っ、く、ふ・・・」
 彼女は嫌々をするように唇を解いて、苦しげに、喘ぐように深い息をした。
 それに合わせて私も息を継いで、
「・・・・・・んっ」
 もう一度、深く、口づける。
 密着する体。互いに押しつけ合う胸が、シャツ越しに熱を伝える。
 ―――本当は。
 ゆりだって、無意識に期待してる。
 こんな場所で、背徳的な情事。
 そうでなければ、暴れる大の男を素手でねじ伏せて取り押さえてしまえるような人を、私なんかが、こんな風に、好きなようにできる訳がない。
 解いた唇を彼女の首筋に埋めて、私は右手を彼女のワイシャツのボタンに掛けた。
 ちゅ、と殊更に音をたてて口づければ、彼女の肩が小さく跳ねる。
 一つ。
 また一つ。
 両手を後ろで束ねられて、胸を張ったような姿勢の所為で、ボタンが外れるごとに、白いシャツがひとりでにはだけてゆく。ちなみに、今日のお召し物はペールブルーのキャミソール。鎖骨を辿る指先が、肩紐に躓いた。
 はだけたシャツを腕の方へ落とすように、素肌の肩を撫で、滑らかで、しっとりと、吸い付くような手触りを掌で味わう。
「っ、ももか、ほんとに、いい加減に、しないと」
「だいじょうぶ」
 キャミソールの薄衣越しに、脇腹から腰の辺りを撫でながら、答える。ほんと、いつ触っても、無駄な肉のひとかけらもなく引き締まってて、感心する。
「勿論、いい加減になんかしないわよ? きっちり、ねっとり、丁寧に、してあげる」
「そういうことじゃ―――っ」
 抗議の声は、お約束通り、深いキスで遮って。
 キャミソールの裾から右手を忍び込ませ、ブラのホックを外して、柔らかな膨らみを掌で持ち上げるように触れる。
「ん・・・っ」
 包み込むように添えた掌で彼女の左胸の鼓動を聞きながら、キスに意識を集中する。彼女の中を隅々までねっとりと舐りながら、時折軽く揉むように右手を動かせば、彼女がふっ、と息を詰めるのがわかった。
 ・・・何だかんだ言って、期待してんじゃん?
「ゆり」
 唇を離して囁けば、彼女は応えるように固く閉じた瞼をうっすらと開いた。
「じれったい? もっとちゃんと触って欲しいなら、そう言えばいいのに」
「! なっ―――」
 彼女がかっと目を見開いた瞬間。
 不意を打つように、先端を、指先できゅっと摘む。
「っ!」
 びくり、と彼女の背中が波打った。
 一瞬で固く勃ち上がったそれを、指先で捏ね。
「・・・っん・・・」
 彼女の首筋に舌を這わせながら、右手は乳首を執拗に責める。触れるか触れないかの微妙なタッチで撫で、或いは擦り、或いは弾き、或いは爪を立て。
「ん・・・っう・・・」
 縋りたくても縋ることができず、眉根を寄せてただ身を捩る彼女。
 ―――まだまだ、本番は、これから。
 ゆっくりとキャミソールの前をたくし上げ、露わになった白磁のような胸に、子どものようにしゃぶり付けば、
「っん!」
 彼女は身をしならせ、くぐもった声を上げた。
 固く実を結んだそれを、一つは右手で愛撫しながら、もう一つを舌で丁寧に転がし、円を描くようにその周囲を舐める。
「ふ・・・ん、く・・・っ」
 身を捩る彼女の動きが大きくなって、手錠の鎖がじゃりじゃりと擦れ合う。
 時折口を離して、湿った豆にふっ、と息をかけ、
「んっ・・・」
 冷たくなったそれを再び口に含み、転がす。
「は・・・ぁ・・・んっ、く・・・う」
 刺激を与えられるその度に、肩をそびやかし、腰を捩り、背をしならせ、必死に声を殺して耐えようとする彼女。
 いつもの彼女なら、私の首にきつくしがみついて快感の波をやり過ごす。両手を後ろで束縛され、それができない今、その動きも表情も、いつもより随分艶めかしい。
 ・・・っていうか。エロい?
 私は右手を脇腹から腰へと回し、指先で線を引くように、背筋をつ、と撫で上げた。
「っ―――!」
 彼女の白い喉が仰け反る。
 胸を愛撫する舌の動きは、止めないで。
「っぁ・・・ふ・・・っ」
 彼女の両脚が、割り込ませた私の膝を擦った。
 私の右手は、彼女の首筋から背を伝い、腰で遊ぶ。
 そして、彼女の太股へと降りてゆき、スカートの裾へと辿り着くと、それをゆっくりとたくし上げ始めた。
「っ!・・・も、もか、これ以上は・・・」
 駄目、と。
 吐息混じりに、彼女が囁いた。
 そんな心許ない目で、上気した顔で、切羽詰まったような掠れた声で、そんなことを言われても。
「・・・ほんとに?」
 ―――余計に煽られるだけに、決まってるのに。
 ストッキングに包まれた腿をじっくりと撫で上げながら、紺色のタイトスカートを捲り上げる。そして、少し力を込めて固くした四本の指先を、布地の上から、ぐい、と彼女の秘裂に押し当てた。
 彼女は一瞬体を仰け反らせ。
「んうっ!・・・」
 私に寄りかかるように、前に傾いだ。
「ね。ほんとに止めて、いいの?」
 とぼけた振りで問いながら、指は敏感な部分に宛がったまま、ゆっくりと揺らすように、軽く突き上げるように、刺激を与えれば。
「ぁ・・・、も・・・っ」
 みるみる足元が覚束なくなって。
 私は、すぐにでもその場にくずおれそうな彼女を両手で抱きかかえるように支えながら、床に座らせた。
「その『も』は、何の『も』? もっと、の『も』? もう限界、の『も』? それとも」
 吐息の熱が感じられる距離で、潤んだ彼女の瞳を覗き込むように自分の顔を寄せて、
「ももかが欲しい、の『も』?」
 そう囁けば。
「・・・ももか。後で・・・覚えてなさい?」
 彼女は横座りでぺたりと床に座り込んだ姿勢で、乱れた呼吸の合間に、涙目で私を睨め付けた。手錠のせいで、完全に脱がせられずに二の腕で引っ掛かったワイシャツと、たくし上げられたキャミソール、裾のずり上がったタイトスカート。この中途半端さが、何ていうか・・・ムリヤリ感っていうか、いけないこと感っていうか。おまけに、ちょっとだけ見えてるワイシャツの肩章が、制服だっていうことを思い出させて。
 これは・・・非常に、ヤバい、ですよ。
「もちろん」
 私は、彼女の唇をちろりと舐め、
「ばっちりアタマに焼き付けとくわよ? こんなに乱れて可愛いゆりの姿」
「―――っ」
 囁いて、口づけた。
 口の中を愛撫しながら、片手は彼女の肩を抱き、もう片手は、彼女のスカートの裾を上へと捲りながら、その中へ忍び込ませる。
「ん・・・」
 内腿の間に手を入れようとするけど、横座りされてると、ちょっと辛い。
 ―――じゃあ。
 彼女の下腹部を包んでいるパンストのウエストに手を掛け、少しずつ下にずり下ろせば、彼女は少し緊張したように身じろいだ。
 絡め合っていた唇が、解ける。
 パンストとショーツの下に潜り込ませた指を、文字通りねじ込むようにして、更に深い場所へと伸ばす。こうすれば、脚がどんなにきつく閉じられていても、案外ちゃんと辿り着けるもので。
「ちょっ、ももか―――んっ!」
 指先が秘芽を捉えた瞬間、彼女の体がびくりと跳ねた。
 そのまま指をくねらせれば、
「うんっ・・・あっ・・・く、ふっ」
 逆に、ぴったりと閉じられた脚が密着度を増し、指は深みへと咥え込まれてゆく。
 じりじりと、沈むほどに、温度と湿度が増し。
 蜜口へ、手が届く。
「む、んっ・・・」
 今は、ここまでが、限界。
 指先に絡む蜜を弄んで、唇を彼女の首筋に這わせて。
 獣が水場で喉を潤すように、ぴちゃぴちゃと、蜜口の入り口を愛撫する。
「く、ん・・・あっ・・・は」
 同時に、秘芽に触れれば、
「っあっ・・・う・・・ふぁっ」
 彼女が次第に昇り詰めていくのがわかる。
「っ、・・・もも、かっ、も、駄目、ハンカチ・・・」
「ん」
 切れ切れの彼女の声に懇願されて、私はスカートのポケットからハンカチを取り出し、いつもそうしているように、少し厚めに折り畳んで、彼女の口に咥えさせる。彼女がそれをぎゅっと噛みしめるのを見届けて、私は彼女の胸を口に含んだ。
「んっ―――!」
 痛々しく張り詰めた先端を舌先で転がしながら、再び指を動かす。
「んっ、ぐ・・・ふっ、んっ、ふぅっ―――」
 嫌々をするように首を振りながら、ハンカチを噛み、声を殺して耐える彼女。
 手錠の鎖が、がちゃがちゃと鳴る。
 ―――そろそろ、かな。
  どんどんっ!
 そう思ったとき、不意に更衣室のドアを乱暴にノックする音がした。
 びくっ! と全ての動きを止め、固まる彼女。
 彼女ほどじゃないけど、私も驚いた。
「おーい、まだ誰かいるのか?」
 課長の声だ。たぶん、電気の消し忘れか何かだと思われてるね。
「・・・はーい。来海と月影でーす」
 息を殺して固まっている彼女の胸に唇をつけたまま、私は大声で返事をした。
 返事をした後で、ちろ、と先端を舌で舐め。
「なんだ、まだいたのかお前ら」
「はーい、すいませーん」
 脳天気に答えながら、指先の愛撫を再開する。
「っ―――」
 ぴくり、と彼女の膝が跳ねた。
「ちゃんと電気消して帰りまーす」
 答えながら、くちゅり、くちゅり、と、じっくり蜜口を掻き回せば、彼女は苦しげに喉の奥を鳴らし、膝を擦り合わせ。
「おう。早く帰って休めよ」
 花芽を軽く弾いた瞬間、
「んぐっ!」
 がくん、と背中を引き攣らせた。
「はーい」
 廊下を遠ざかっていく課長の足音を聞きながら、溜息をついて。
「・・・・・・」
 顔を上げて覗き込んだ彼女の表情は、怒ったような涙目で。
「ごめ。文句なら後で聞く」
 こんなところで終わりとか、冗談じゃない。
 私は彼女の目元にキスを一つして、最後の追い込みに入った。
 首筋を丁寧に舐め、背筋を左手で何度も撫で上げる。
「んっ、う・・・」
 右手は、彼女の花弁を辿り、絡め取った秘蜜を塗りつけ、
「ふっ、く・・・ん、んっ」
 花芽にそっと触れ、優しく愛撫する。
「!・・・く、ん・・・はっ・・・」
 潰さないように、傷つけないように、途切れないように。
「ふっ・・・・・・んうぅっ」
 快感の絶頂に、彼女が登り詰め、
「は、っく、んっ・・・・・・!・・・んうぅっ!」
 ―――蕩けるような秘密の情事に、二人、溺れるまで。


     *          *          *


 着替え終わって、署からの帰りの車内、運転手は私。
「・・・・・・」
 腕組みをして、難しい顔で助手席を陣取っているゆり。こういうことがあった後は、例によって、ご機嫌斜めでろくに口をきいてくれない。
 ま、そのへんは覚悟の上だけど。
「あのー・・・・・・ゆりさん?」
「・・・何」
 うわー。氷点下ボイスですね、ゆりさん。
「えっと・・・お腹すいたんですけど」
 ご飯は食べさせていただけるんでしょうか・・・
「人のこと好き放題に食い散らかしといて。まだ食べる気?」
「いえ、そっちの食べるではなくて、ですね・・・」
「何?」
「・・・なんでもないです」
 こういうの、『とりつく島もない』っていうんだよね? 確か、高校の時、現国で習った気がする。
「まあ、お茶漬けくらいなら作ってあげなくもないわ。ただし」
 ・・・ゆりさん、それ、作るって言いません・・・。
「洗濯と、アイロン掛けが終わってからね」
「・・・はい」
 後部座席の紙袋には、彼女の制服のワイシャツとスカートが入っている。これを洗って、綺麗にアイロン掛けするのが今日の私のお仕事。ほんと、乾燥機があってよかった。『警官の制服なんか外に干しちゃ駄目』ってゆりが譲らないから渋々買うのを決めたけど、今にして思えばナイス判断。
「ワイシャツはちゃんとのりづけすること。それから、スカートは手洗いね」
「手洗い!?」
 ちょ、それ聞いてないよ!?
「・・・洗濯機なんかで洗ったら縮むでしょ。もちろん乾燥は平干しで、アイロンは明日の朝ね」
 何か文句がある? と。
 有無を言わせぬ迫力でゆりが言うから。
「・・・ありません」
 それ以外の選択肢なんて、私にはないのよね。ええ。


 いつも品行方正で、真面目な彼女。
 その彼女をたぶらかすのは、いつも私。
 不公平だけど、それでいい。
 それで彼女が安心して、私に身も心も委ねてくれるなら。


  ―――それでいいと、思う。

  

《fin.》


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