Opposition


 人影まばらな、午後の談話室。
 買ったばかりの冷たいカフェラテが入った紙コップをテーブルに置いてすぐ、
「見つけた」
 突然何かを思い出したように席を立った時雨は、暫く談話室の中を探し回った後、本のようなものを手にして戻ってきた。
「何それ。……雑誌?」
 あんたそんな趣味あったの、と、山城が向かいの席で軽く眉を顰める。
「んん、普段は読まないんだけどね。ただ」
 時雨は椅子に腰を下ろすと、持ってきた雑誌をテーブルの上に広げた。
「これに、星占いの特集が載ってるらしいんだ」
「星占い?」
 山城は更に眉を顰め、
「物好きね」
 そう言って、盛大にため息をついた。
「そんなもの、知りたがる人の気が知れないわ」
 鎮守府最強の(という表現が正しいかどうかはともかく)不幸艦を自負する彼女にとって、占いというのは自身の不幸を裏付けるものでしかない。占いが悪ければ不幸だし、占いが良くても当たらなければやっぱり不幸だわ、となるのだ。
「そうかな」
「そうよ」
 雑誌のページを繰りながら、少し困ったように―――実際あまり困ってなどいないのだが―――時雨が言うと、
「それで不幸が治るなら、話は別だけど」
 山城はそう言って、カフェラテを一口すすった。
「ああ、これこれ。『永久保存版!十二星座の性格と相性』だって。ほら」
「……ちょっと。あんた、人の話聞いてる?」
 山城のボヤきを聞き流し、時雨はお目当てのページを開くと、山城からも見えるように、件の雑誌をテーブルの真ん中に横向きに置いた。
「聞いてるよ、もちろん。でもこれ、性格と相性の診断だから、不幸はあんまり関係ないんじゃないかな。すごくよく当たる、って五月雨があんまり言うから、僕もちょっと興味が湧いてね」
「ああ……そういえば、こういうの好きそうよね。あの子」
 健気を絵に描いたようなその娘を思い浮かべてか、それともよく当たるというフレーズに無意識に興味をそそられたのか、或いは子どものように楽しげにはしゃぐ時雨の様子が珍しかったのか、山城の態度が少しだけ柔らかくなる。
「まずは性格だね。十一月三日生まれは……これだ。蠍座」
「ちょっと、何で私なの。普通まず自分からでしょ……っていうか、何なの、蠍って」
 そう思ったのも束の間、山城は渋い顔をして、
「他に乙女とか獅子とか、せめて魚とか、もっと良さそうな星座があるのに、よりによって蠍? 毒虫じゃない。気持ち悪い」
 やっぱり不幸だわ、と呟いた。
「んー、でも、ほら。この蠍、けっこう可愛いと思うよ?」
 そう言って、雑誌に描かれた蠍のアイコンを指さす時雨。確かに、団子を繋ぎあわせたようなぷくぷくとしたフォルムがどこかユーモラスで、節足動物にしては随分と可愛らしい。
「……そういうことじゃなくて。私は一般的な蠍のイメージの話をしてるの」
「大丈夫だよ。山城だけじゃなくて、世界の全人口の十二分の一は蠍座のはずだから」
「何が大丈夫なのよ……」
 意味が分からないわ、と、山城は、眉間に皺を寄せたまま溜息混じりにボヤいた。
「……えーと、『蠍座の基本的性格。探求心が旺盛で、持久力と集中力は抜群。ひとつのことに黙々と努力を続けられる人です』」
 時雨は構わず記事を読み上げる。
「『まわりの人が何を言おうと、流されることなく自分の信念を貫く強さがあります。しかしそれは、他人の気持ちに対して鈍感であるという欠点にもなります。また、物事を一途に追求する一点集中型であるが故に柔軟性がなく、方向転換が苦手』」
「……持ち上げておいて落とすの、やめて頂戴」
 山城は頬杖をついて、仏頂面でぼそりと呟いた。なんだかんだ言いながら、一字一句漏らさずちゃんと聞いているのである。
「僕に言われてもなぁ。ここに書いてあるのを読んでるだけだし。……『蠍座の恋愛。一途に一人の相手を愛し続けるタイプで、自分から心変わりすることはまずありません。独占欲や嫉妬心が強く、相手の自由を縛る傾向があります』だって」
 そこまで読み上げると、時雨は山城の顔を見て、どう? と首を傾げた。
「どう、って。何が」
「当たってる?」
 頬杖のまま、何のことかまるでわかっていない風で眼をしばたたかせる山城に、時雨はくすりと笑ってそう問いかける。
「さあ。自分じゃよくわからないわね……あんたから見て、どう?」
 カフェラテを一口流し込んで、小さく肩をすくめ、山城は逆に問いかけた。
「当たってると思うよ、すごく」
 と、時雨は待ってましたとばかりに、
「山城って、扶桑が出撃してるときは扶桑のことが心配で心配で、扶桑のことばっかり考えて他のことが全然お留守になるし、そういう時って僕がいくら大きな声で山城のこと呼んでもまず聞こえてないし、扶桑が日向と楽しそうに話してる時なんか、日向のことすごい顔して睨んでるし。ほんと、よく当たってる」
 星占いってすごいね、と。
 だめ押しのように言って、くすくすと悪戯ぽく笑った。
「……人のことばかり言ってないで、そういう自分はどうなのよ」
 山城は跋が悪そうに顔をしかめて、先を促す。
「僕は……牡牛座だね」
 山城がぶつぶつ言いながらもこの話題にしっかり食いついてきていることにご機嫌な様子で、時雨は雑誌のページを繰った。
「えっと、『牡牛座の基本的性格。抜群の根気と粘り強さで、じっくりと物事を押し進めていくタイプ。芯の強い性格で、悪く言えば頑固』」
「当たってるじゃない」
 仇討ちとばかりに、山城はふふん、と得意げに笑う。
「『責任感が強く、何事にも慎重なため、優柔不断という風にとられることも。温厚な性格で争いを好みませんが、持ち前の忍耐強さで溜めに溜めたストレスが爆発した時には凄まじい怒りを露わにします』」
「ああ……うん、そうよね、あんたって」
 カフェラテをすすりながら頷く山城。
 時雨はそうかな、と首を傾げた。
「そうよ。あんたってば、変に落ち着いた風でさ、いっつもへらへらにこにこしちゃって、苦しいとか悲しいとか、辛いとか嫌だとか、そうならそうって言やいいのに、全部我慢して溜め込んじゃって。ほんと可愛くないったらありゃしない……って、何ニヤニヤしてんのよ」
 眼を細め微笑む時雨に、山城は怪訝そうに眉を顰める。
「ん。山城って、僕のこと結構ちゃんと見てくれてるんだな、って思ったら、嬉しくてさ」
 時雨がそう言って少しはにかんだように顔をほころばせると、山城は思わず息を詰まらせた。
「っ―――」
 じわり、と頬が熱くなる。 
「っばっ、馬鹿いってんじゃないわよ!」
 山城は勢いよくそう言って、
「……そんなの、私でなくたって、誰が見たって分かるわ、よ……」
 少しずつトーンダウンして。
「そうかな」
「そうよ」
 ぷいと横を向いたまま時雨の問いに素っ気なく答えると、残ったカフェラテを飲み干した。テーブルに戻された紙コップの中で、氷の欠片がざらざらと音を立てる。
 時雨は、そっか、と苦笑しながら、雑誌の方へと視線を戻した。
 ぱらり、ぱらりとページが繰られる音を、山城は横顔で聞いていたが、
「『総あたり!十二星座の相性診断』」
 そう読み上げる時雨の声に、視線を雑誌の方へと呼び戻される。
 見開きページの一番上に、ポップな字体で書かれた『相性診断』の文字が踊り、右ページには、牡羊座と十二星座との相性が、左ページには牡牛座と十二星座との相性が、それぞれ『◎』『○』『△』『×』という分かり易いシンボルマークとともに、こと細かに解説されている。
「ええと、牡牛座と、蠍座の相性は―――」
 時雨の声に、山城は、はっと息を呑む。
「っ―――」
 ちょっと待って。
 心の準備が、まだ―――
「『△』……五十点、だってさ」
 言葉が声になるより先に、時雨が読み上げる。


 ―――五十点、だなんて。
 何て、中途半端な。
 これでは、占いが悪くて不幸だと嘆くことも、良い占いが外れて不幸だと嘆くことも、できないではないか。大体、どっちつかずで自分の努力次第でどうにでもなりますよ、なんて、結局何も占っていないのと同じだ。


「ああ……そう」
 結局山城はそう言って相槌を打つより他に、為す術もなく。
 二人の間に、沈黙が降りる。
 カフェラテは、もう飲み干してしまった。


 ―――と、
「……ふふっ」
 不意に、時雨が笑った。
「……何よ」
 怪訝そうに問う山城に、顔を上げた時雨は柔らかな笑みを見せる。
「……何なの。五十点がそんなに嬉しいわけ?」
 ますます眉を顰め、突っ慳貪に、山城。
「私との相性が良くなくて、ほっとしてるの?」
「ううん、そうじゃないよ。ほら、続きをちゃんと読んでよ」
 あからさまに不機嫌なオーラを発する山城に全く怯むことなく、時雨は穏やかな声で記事を読み上げ始めた。
「『五十点、というのは、あくまでも平均点です。牡牛座にとって蠍座は、オポジションという、ホロスコープ上で向かい合う位置にある星座です。この位置にある星座同士は、共通する要素と正反対の要素を同時に持ち合わせているため、強く惹かれあうか、猛烈に反発するかのどちらかになる場合が多いのです。つまり、百点か零点かで、平均すると五十点』」
 そこまで読んで、『ね?』と顔をのぞき込むようにして微笑む時雨に、
「ね、って言われても、意味がわからないわ。何なのよ、一体」
 苛立ちを露わにして、山城は吐き捨てるように言う。
「あのね、山城。僕は今まで、山城とは相性が悪い、なんて思ったことは一度もないんだ。……っていうことは、だよ?」
 時雨はまるで、手品の種明かしでもするみたいに、愉快そうに笑って。
 そして、
「僕らの相性が百点か零点しかないんだとしたら、それはもう、百点に決まってるってことじゃないか」
 ―――だから僕は今、嬉しくて仕方ないんだ。
 殺し文句のように、そう言った。


 その後の山城といったら、耳の先からうなじまで、瞳の色に負けないくらい真っ赤にして、唇をわなわなと震わせて、人語とも何とも区別しがたい意味不明の音声を発しながら、そのうちついにどうにもいたたまれなくなって机の上に突っ伏してしまった。
 時雨は、にこにこと満面の笑みでその様子を眺めながら、すっかり氷が溶けて薄くなってしまったカフェラテを喉へと流し込んだ。

《fin.》

  


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