Hard To Say "I Miss You"


 智恵理が自室のドアを開くと、きゅるるん、と甲高い音を発しながらトマト色のきららが部屋の奥から飛んできた。
「ただいま」
 きいきいと鳴きながら小躍りするようにして彼女の周囲を飛び回るきららは、智恵理が手を差し伸べると、甘えるようにその手のひらに頬擦りをした。この子が迎えに出てきた、ということは、その主も在室中でまだ寝ずに起きている、ということになるが。
「あ、智恵理。お帰り」
 トマト色のきららの主、智恵理の同期でルームメイトでその他諸々である敦子は、ベッドにうつ伏せて寝そべったまま、弾んだ声でそう言って、智恵理と三日ぶりの再会を果たした。
「ただいま」
 智恵理はやや仏頂面でそう言って、ショルダーバッグを自分のベッドの上に置く。彼女が少しご機嫌斜めにみえるのは、二晩離れていたのに敦子の出迎えがぞんざいだったことも一因かもしれないが、なんといっても、
  ≪AKB0048は、私にとって夢のフィールド≫
「……何それ」
 敦子が見入っている動画が一番の原因だろう。
「え?」
「何、見てるの」
「何、って。AKB裁判の時の智恵理の動画だけど」
  ≪仲間を信じられなければ、命はない≫
 ------四年前。
 智恵理を含む00のメンバー三名が公演先の宿でDES軍に拉致され、有罪判決という結論ありきの一方的な裁判にかけられた芸能弾圧不当裁判、通称「AKB裁判」。
「……そんなの、見れば分かるわよ」
 戦時特別法の制定、一審がいきなり高裁、法廷のメディア生中継と異例尽くしの裁判。その被告席で智恵理は裁判官と検察を相手に堂々と啖呵を切り、一躍その名を全宇宙に知られることになるわけだが、本人にとってはあまり愉快な思い出ではない。
  ≪仲間と一つにならなければ≫
「何で今更そんなもの見てるのか、ってこと」
 敦子のモニターから流れる自分の声を聞きながら、智恵理は眉根を寄せてますます不機嫌そうな顔をした。
「鈴子に貰ったの。昨日、こんどの総選挙の話してて、そういえば私たちの初めての総選挙の時って色々あったね、ってなって。あの裁判の時の智恵理が格好よかった、動画保存しとけばよかった、って私が言ったら、それなら最高画質でコピーして差し上げますわ、って」
  ≪私は、この夢のフィールドで芸能を極めたい≫
「……お風呂行ってくるわ」
 上機嫌な敦子をよそに、智恵理は全く余計なことをしてくれたわね、と心の中で鈴子に苦情を申し入れつつ、そう言って部屋を出ていく。
  ≪そして、これから来る者に成功の前例を!≫
「あーーーー! カッコいい!」
 ドアを閉める間際、高らかに叫ぶ自分の声と一緒に悶絶する敦子の声が聞こえてきて、智恵理は盛大に溜息をついた。



 いかに智恵理の手際がいいとはいえ、入浴を済ませて髪を乾かし、肌の手入れを終えるまで、それなりに時間が経っている筈なのだが。
  ≪その願いを叶えるように、00は来てくれた≫
 智恵理が部屋に戻ると、敦子は先刻とほとんど変わらぬ姿勢のまま、先刻と同じ動画に見入っていた。
「……まだ見てたの?」
 呆れたように、智恵理。
 敦子はうん、と生返事をして、
「私、あの時、この中継見てたけど。突入の準備とか、いろんな事で頭が一杯だったから、あんまりよく覚えてないんだ」
  ≪情状酌量なんて、結構。私は≫
 モニターを見つめたまま、ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。
「こうして改めて見ると、智恵理って、ほんと、凄いよね。これだけの反芸能の人達に囲まれて、あんなに堂々と、言いたいこと言って。この時の智恵理って、今の私より四つも年下なのに、私より全然しっかりしてて、頭もよくって。ほんと……格好いい」
 熱に浮かされたように、溜息混じりに言う敦子。
  ≪研究生のままなんて、終わりたくない≫
 モニターの中の智恵理の台詞が、クライマックスに差し掛かる。
  ≪そして。これから来------≫
 不意にぶつり、と音声が途切れ、画面が消えた。
「あえぇ!? ちょっ、一番いいとこ!」
 敦子が情けない声を上げる。
 彼女の端末を電源ボタンで強制終了した、犯人は智恵理。
「ねえ、敦子」
 彼女は敦子のベッドの端にどすん、と荒っぽく腰を落として、
「いつまでそんなちっちゃい画面で、古い映像見てるつもり?」
 ------ここに、本物がいるのに。
 相変わらず不機嫌そうに、そっぽを向いたまま言った。
「あ……うん」
 髪の隙間からちらりと覗く耳朶が赤く染まっているのが見えて。
「ほんと、その通りだね」
 ごめん、と呟いて、敦子は智恵理に分からないように小さく笑うと、うつ伏せからごろんと仰向けに転がって。
「お帰り、智恵理」
 誘うように、両腕を差し伸べた。
 一瞥した智恵理は暫し、難しい顔を崩さぬように頑張っていたが、やがて小さく溜息をついて、
「……ただいま」
 吸い寄せられるようにその両腕に身を委ねた。
 三日ぶりに感じる敦子の香りに一瞬で脳が痺れ、今の今まで自分が機嫌を損ねていたことも忘れてしまったかのように、口吻に溺れる。
 ------深く、浅く。
 離れていた時間を取り戻すように、何度も。
「……ね、智恵理」
 キスの合間の苦しげな呼吸の隙に、敦子。
「一つ、お願いがあるんだけど」
「AKB裁判の物真似なら、やらないわよ」
 むっとする智恵理に、敦子はそんなこと言わないよ、と軽く笑う。
「あのね。……私の名前、呼んで欲しいな、って」
「名前?」
 智恵理は他愛のない願い事に拍子抜けしつつ、子猫を撫でるように指の背で敦子の頬に触れる。
「そんなことで、いいの?」
「……うん」
 敦子もまた、子猫がそうするように、智恵理の手に頬を擦り寄せる。
「……丁度智恵理がいなくて寂しかった時に、鈴子からあの動画貰って。何回も見たんだけど」
 智恵理はまたあの動画の話か、と思いつつ、先刻ほど嫌な気はしていない自分に気付いた。
(------ああ、そうか。私は)
「動画の智恵理は、私のことを見てくれてるわけじゃないから」
(寂しかった、って。言って欲しかったんだわ)
 格好いい、でも、凄い、でもなく。
 たった一言、寂しかった、と。
「智恵理の声がするのに、名前、呼ばれないから、なんだか余計寂しくて」
 一旦、自分の感情の正体に気付いてしまえば、
「……そう」
 自分でも驚くほど、素直になれる。
「私も、寂しかった」
 敦子の額に自分のそれを重ねて、智恵理は微笑んだ。
「凪沙」
 呼ばれて、敦子------凪沙は嬉しそうに破顔する。
 本宮凪沙。彼女が前田敦子を襲名した今となっては、公の場では勿論、オフにおいても、呼ばれることも名乗ることもない名前。
 だから、
「……凪沙」
 智恵理がその名で彼女を呼ぶのは、凪沙にとって智恵理が特別である証であり、智恵理にとって凪沙が特別である証。
「ん、」
 凪沙は満ち足りたような笑みで智恵理の首に両腕を回し絡めると、今度は自分のほうから口吻けた。
「……凪沙。明日、朝早い?」
 私は昼までオフだけど、と。
 がっつき気味になるのを努めて抑えながら問う智恵理に、
「んー……私が朝起きられるかより、智恵理が昼までに起きられるか、の方が心配かな」
 凪沙は悪戯ぽく笑んで、そう言った。
「……言ったわね?」
 図星を指されて、むっとする智恵理。彼女は本当に、舞台の上とカメラの前以外ではポーカーフェイスができない質だ。
「絶対後悔させてやるんだから」
「あ、ちょ、んっ------」
 智恵理は凪沙の苦情を唇でねじ伏せながら、枕元のスイッチに手を伸ばし、部屋の照明を落とした。



 ------それで結局、どうなったのか、というと。
 ランチタイムになっても食堂に姿を現さない智恵理を、ルームメイトの敦子が起こしに戻る羽目になったとか。

(Fin.)


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