グーの秘密


 寮の共有リビングルームでは、今日も研究生達が集まって思い思いに寛ぎのひとときを過ごしていた。たった今単独ピンの仕事から帰寮してリビングの前を通りかかった十四代目前田敦子は、そういえば襲名してからはこの「憩いの場」からすっかり足が遠のいてしまったな、と、この部屋で仲間達ととぐろを巻いていた頃のことを懐かしく思い出した。
 と、研究生の一人が敦子の姿を見つけ、ぺこりと頭を下げた。それに気付いた他の研究生が次々に敦子の方を見ては頭を下げる。敦子がにこやかに手を振って応えると、その中の一人が立ち上がり、敦子の方へと駆け寄ってきた。
「お帰りなさい、あっちゃんさん!」
「……『あっちゃん』でいいよ」
 あっちゃんさん、って、日本語変じゃない? と苦笑しながら、敦子。
「はい。えっと、実は、あっちゃん……に、一つ聞いてみたいことがありまして」
 駆け寄ってきた研究生は、彼女の同期である横溝真琴の容姿に神埼鈴子の眼鏡とマニアックさをブレンドしたような人物で、敦子はこの娘と話す度に脳が混乱する感覚をおぼえるのだった。
「これを見てください」
 研究生は掌に乗せた端末から、ホロスクリーンに複数の静止画を映し出した。襲名メンバーの------正確には、敦子が他の襲名メンバーとハグをしている映像だ。同じような構図の写真ばかりが、敦子の前にずらりと並べられる。
「うわ。マニアック」
「よくこれだけ集めたよね」
「ファンかよ」
「ねえ、あとでその画像何枚か頂戴? タダでとはいわないからさ」
「お前もかよ」
 いつの間にか他の研究生達も寄ってきて、口々に言いたい放題のコメントをする。気の置けない仲間同士の丁々発止の遣り取りを、敦子は懐かしい思いで見た。
「あっちゃんさn……あっちゃんは、他のメンバーとハグをする時、このように相手の背中に回した手がグーチョキパーのパーになるのですが」
 画面が切り替わった。敦子と智恵理のハグ画像ばかりが、様々な衣装バリエーションで並ぶ。
「凄っ!」
「一歩間違ったらストーカーだよね」
「ちょっ、これもほしい!」
「あ、これは私も欲しい」
「お前もかよ」
「……相手が智恵理さんの時だけ。このように、背中に回した手が、パーではなくグーになっているのです」
「ってか、よく気付いたよね、そんなとこ」
「完全にストーカーだね」
「や。ファンってそういうもんじゃない?」
 周囲のツッコミを聞き流しつつ、眼鏡の研究生はフレームの真ん中をくい、と押し上げながら、これには何か理由があるのでしょうか、と問うた。
「えー? んー……何でだろう」
 敦子はこめかみを人差し指でぐりぐりと押さえながら考える。
「あんまり、っていうか、全然考えたことなかったな……」
 くだらない質問、といえばそうなのだが、それでも一生懸命、誠心誠意答えようとする、十四代目前田敦子とはそういう人だ。
 ------ただ、正直すぎるのが玉に瑕で。
「ただの癖、っていうか……」
 敦子は思索の海に身を委ねたまま、ぼんやりと答える。
「……あ、そうだ。最初は確か、智恵理の背中に爪立てて傷つけないようにするためだったと思う」
 場の空気が、止まった。
 敦子以外の全てが、呼吸すら止めて彼女の言葉を反芻する。
「智恵理って、単独ピンの仕事だと背中の開いた衣装とかも結構着るし------ひぇあっっ!?」
 と、敦子の背後から超高速で近づいてきた智恵理が、敦子の襟首を掴んで引っ張りながら超高速で走り去っていった。


「成る程……そういうことでしたか」
 銀縁眼鏡の研究生が、フレームをくいくいと上げながら満足げに一人言ちる。
「……ねえ、それってつまり……」
「駄目、その先は言っちゃ駄目」
「尊い……尊い」
「ねえねえ。どういうこと?」
「あたしに聞くな!」
「やー妄想が捗るわー」


 ------研究生たちの夜は長い。

(Fin.)


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