三時のおやつの時間を少しばかり過ぎた、午後の談話室。 「ああ。星占いね」 誰かが置いていった雑誌をテーブルに広げ、ぱらぱらとページをめくっていた夕張が、呟いてふと手を止めた。 「ホシ…ウラナイ?」 耳慣れない言葉に、五月雨は小首を傾げる。 「干しアワビの仲間とか、ですか?」 あああ五月雨ちゃんその仕草可愛すぎ反則ぅぅぅだとか、ねぇなんで星占いは知らないのに干しアワビは知ってるの、とか、そういったことをほんの〇、〇五秒のうちに考えて、 「星座占い、って言った方がいいのかな」 五月雨の崇拝する『何でも知ってる夕張さん』は、まずホシウラナイの説明から始めることにした。 「星座、は知ってる?」 「はいっ」 キラキラした瞳で、キラキラした笑顔で、キラキラしたオーラを放ちながら(※多分に夕張の主観を含む)頷く五月雨に軽くあてられながらも、夕張は気を取り直して話を続ける。 「……その星座の中には、太陽の通り道にあたる特別な星座が十二あってね。自分の誕生日に、太陽がその十二星座のうちのどれにあったかで、性格とか運勢とか、相性とかを占うのよ」 「へえ……!」 「たとえば、ね」 興味津々、という風に顔を輝かす五月雨の視線を導いて、夕張はテーブルの上に広げられた雑誌の記事を指さした。淡いピンク色の爪の先には、なにやら日付のようなものと、可愛らしい蟹のアイコン。 「五月雨ちゃんの誕生日は七月六日だから、五月雨ちゃんの星座は蟹座」 そう言った瞬間、五月雨のキラキラオーラが一瞬ぶわわっ、とパワーアップしたような気がした。(※多分に夕張の主観を含む)理由はたぶん、自分の星座、というものを初めて知ったことと、夕張が自分の誕生日をちゃんと覚えていたこと。 「で、今月の運勢……は、これ古雑誌だから、ここは読むだけ無駄ね」 ばさっ、と雑誌をめくって、表紙を確認すると、再びページを戻し、夕張は先を続けた。 「『蟹座の基本的性格。強い自我や個性を主張することはありませんが、どんな環境にも順応することができます。物事を論理的に理解するよりも感覚的にとらえて判断するタイプ。世話好きで面倒見がよく、涙もろい』……どう?」 当たってる? と、悪戯ぽい笑みで問われると、 「うわぁ……すごい! 当たってます!」 五月雨はそう言って、またキラキラオーラを振り撒いた。 「えっ、じゃあ、夕張さんは?」 「私? 私は―――」 「あっ、待ってください! 私探します!」 答えようとする夕張を遮って、 「えっと、夕張さんは、三月五日だから……これ!」 紙面に視線を彷徨わせる五月雨の、細い指先がやがて二匹の魚を描いたアイコンを示すと、夕張は満足げに頷いた。 「えーっと。『魚座の基本的性格。ロマンチストで、物事を理屈で判断するよりも感覚的にとらえるタイプ』……わ、蟹座と似てますね!」 五月雨ははしゃぎながら、声に出して読み上げる。 「『情が深く、自己犠牲的。感性が鋭く、柔軟性がある。悪く言えば、流されやすく優柔不断』」 「……後半は、当たってるかな」 微苦笑しながら、夕張。 「じゃ、これはどう?『蟹座の恋愛。ムードに弱く、惚れっぽく移り気なところがある。保護心、依存心、嫉妬心が強い。女性の場合、色気があり甘え上手』」 「……! ちっ、ちがいます! そんなことないです!」 からかうような視線を投げる夕張に、五月雨は耳まで真っ赤に染めて抗議した。 「ゆっ、夕張さんはどうなんですかっ」 くすくすと笑う夕張を後目に、負けじと、雑誌にかじり付くようにして五月雨が文字を追う。 「『魚座の恋愛。愛する人を無条件に受け入れる、深い愛の持ち主です。……相手に安らぎとときめきを与える、魅力的な恋人になる可能性……』」 そうやって張り切って読み上げ始めたものの、何故か次第にトーンダウンしていく五月雨に、少しからかいすぎたかと夕張は急に心配になった。 が、 「あ……」 やがて五月雨が、俯いたまま、 「当たってる、と、思います……すごく」 顔を、それこそ耳の先から首まで真っ赤にして、消え入りそうな声で、そんなことを言うから。 「っ、そっ、そう……かな」 その赤が、夕張にまで伝染して。 「……はい」 「……ま、占いは、当たるも八卦、当たらぬも八卦、だし」 人差し指で頬を掻きながら、照れ隠しのように、言う。 「……当たってます」 しかしこれだけは譲れぬ、という風に五月雨が繰り返す。 「じゃ、これも?」 「っ、それは当たってません」 何とか平常心を取り戻した夕張が、問題の『蟹座の恋愛』のくだりを指さすと、五月雨は少し拗ねたような口調で、ぷっと可愛らしく頬を膨らませた。 その様子を見ながら、くすくす笑いを噛み殺し、夕張は雑誌のページをめくる。 「次は……『総あたり!十二星座の相性診断』だって。さっすが、表紙に『永久保存版!』とか書いてるだけのことはあるわね」 右ページには、牡羊座と十二星座との相性が、左ページには牡牛座と十二星座との相性が、それぞれ『◎』『○』『△』『×』という分かり易いシンボルマークとともに、こと細かに解説されている。 「ふんふん。んで、この次が双子座と蟹座、と―――」 「ちょ、待ってください!」 と、夕張がページをめくるより先に、五月雨が電光石火でその紙面を両手でばんっ! と押さえた。そのスピードたるや、島風もびっくりである。 もちろん、夕張も驚いた。 「……五月雨ちゃん?」 「……ダメ、です」 眼を見開いて、ぱちぱちと音が聞こえそうな瞬きをする夕張に、五月雨は俯いてふるふると首を横に振った。 雑誌は、両手で力一杯押さえたまま。 「どうしたの、急に……何で?」 五月雨の意図をはかりかねて、夕張が問いかける。 ページが決してめくられることのないよう、両手でしっかりと押さえたまま、五月雨は動かない。 「……五月雨ちゃん?」 呼びかける夕張の声にも、さすがに不安が滲む。 「……相性が……」 恥じらうように、震える声。 表情には、不安の色。 「もし、悪かったら……私……」 聞こえてきたワードから五月雨の意図を汲み取るべく、夕張は脳をフル回転させ、 「―――ああ」 結論に至る。 「大丈夫よ、五月雨ちゃん」 そして、五月雨を安心させるように優しくそう言った。 「……何が大丈夫なんですか」 だが、五月雨の反応は思いの外シビアで。 「え、あ……だって、ほら。占いは所詮占いだし、いいことだけ信じて、悪いことはほら、さらっと流して……ね?」 上目遣いに、眉根を寄せて、今にも泣き出しそうな顔で睨まれて、夕張はしどろもどろになる。 「……私は」 五月雨はふい、と視線を下に落とし、 「だめです。もし、『蟹座と魚座の相性は最悪です』なんて書いてあったら」 ―――私、立ち直れません。 絞り出すようにそう言って、そのまま黙ってしまった。 夕張は、少し深い呼吸を一つ、二つして、 「五月雨ちゃん」 名を呼んで、雑誌のページを押さえる彼女の両手に、自分の両手をそっと重ね。 「―――『魚座のあなたと最も相性がいいのは、蟹座と蠍座です。同じ水のエレメントに属するこれらの星座とは、調和の関係にあり、その相性は九十%です』」 眼を閉じ、何かを読み上げるような口調で、そう諳んじた。 「……え?」 五月雨は少し驚いたように、顔を上げ、目を見開いて夕張を見る。 「……五月雨ちゃんと私の相性なんて、ね。そんなの、初めて星占いの本を読んだときに、一も二もなく、真っ先に調べたわ」 夕張は、照れ臭そうにそう言って、 「嬉しかったから、一字一句正確に覚えてる。……大丈夫、星占いは私たちの味方だから」 穏やかに、微笑んだ。 そして、頬を赤らめたまま放心する五月雨の手をそっと持ち上げ、雑誌のページをめくれば、双子座に続く蟹座のページに、燦然と輝く、『魚座 ◎』の文字。 ね? と、笑いかける夕張に、 「……はいっ!」 五月雨は今日一番の輝く笑顔で、大きく頷いたのだった。
《fin.》
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