49th Year
Hello, Hello
KNOCK-KNOCK-KNOCK-KNOCK
「シ・ツレイします」
若干おかしなイントネーションでそう言って、その少女は提督室に足を踏み入れた。
キラキラでサラサラの淡い金髪、アラバスターの肌、透明なブルーの瞳。濃紺の制服と水兵帽が、それらと鮮やかなコントラストを成す。
「クチクカン、Leberecht Maass、ホン日着ニンしましタ」
提督と戦艦娘二人の視線を一身に受け、異国の少女は緊張気味に述べて、敬礼をした。
「よく来たね」
黒い革張りの椅子から立ち上がったのは、銀灰色のひっつめ髪に丸眼鏡の老婦人だった。一見すると戦や荒事とは無縁そうだが、その実武功華々しい歴戦の名将なのである。
「話は聞いてるよ。ここでの暮らしはまあ、向こうとは随分違うだろうけど、まあ、早く慣れることだね」
老提督は少女の元へ歩み寄ると、そう言ってにっこりと笑った。
「はいっ。よロシくおねがいしマス、クソババア!」
少女はとびきりの笑顔で元気よく言った。
「「「……!!!」」」
老提督と、その場に居合わせた二人が、一斉に息を呑んだ。
提督は、反射的に湧き上がる怒りを理性で懸命に抑えている。
秘書艦補佐の榛名は、突然の大事故に軽くパニックを起こして目を白黒させている。
そして秘書艦の金剛は、笑いを噛み殺して肩を震わせている。
「……っ、そ、れから、日本語も、勉強したほうが、いいよう、だ、ね」
努めて穏やかに、提督が言えば。
「はいっ、クソババア!」
駆逐艦娘はキラキラと輝くような笑顔で答えた。
ぴきっ、と音がしそうな険しい顔を、それでも何とか和らげようとする提督の後ろで、
「ぷっ……AHA!」
とうとう金剛が吹き出した。
「おっ、お姉さま!?」
さらに慌てる榛名。
ここにきて、流石に何かがおかしいということに薄々気付いた駆逐艦娘が、表情を曇らせる。
「Hey, アナタ、その『クソババア』っていう挨拶、誰かに教えてもらったノ?」
笑いすぎて滲んだ涙を指で拭いながら、金剛が駆逐艦娘の前に屈み込む。
「あの、えっと……このチンジフの、クチク艦のコだよ。ここまで、アンナイ、してくれて」
金剛の笑顔(単に面白がっているだけだが)に少し安心したように、金髪娘は言った。
「日本語でAdmiralにアいさつするときの、最も礼儀タダしい言い方だって、そのコが教えてくれたヨ」
「……それは。どんな子だったんだい」
怒りの矛先を向けるべき相手は目の前の駆逐艦娘ではないと分かり、老婦人は穏やかな口調で問うた。ただし、目は笑っていないので若干顔が怖い。
「えっと、あの、long hair を、えっと、こうやって、このへんで、binden」
動揺した少女は、英語と日本語とドイツ語が混ざって、おかしな言葉になる。
「……綾波、かい?」
「まさか」
金剛の後ろで、提督と榛名がひそひそ話す。
「Hmm……そのコ、吊り目じゃなかった? こんな風に……like this」
と、金剛が自分の目尻を指でついっ、と上げて見せると、
「Ja! とても、きれいなコだったよ」
少女はぱっと顔を輝かせた。
「Yeah. やっぱり、曙ネ!」
「……曙、だね」
「……曙、ですね」
三人が異口同音に、呟いた。
------曙の運命や、いかに!
《fin.》
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