† L'intermezzo dell'immoralita 〜背徳の間奏曲〜 †
警ら報告書
○月△日(金)
使用車両 無線警ら車 292号車
乗務員 所属 地域課 職名 巡査 氏名 月影ゆり 印
所属 地域課 職名 巡査 氏名 来海ももか 印
出 庫 14時00分 帰庫 17時45分
警らの主 児童生徒の下校中の安全
たる目的
詳細報告 出庫後、××小学校、△△小学校、△△西小学校の校区内にて
児童の下校路を重点的に巡回し、不審者の警戒にあたる。
異常は認められず。
16時00分頃、◇◇高等学校および●●学園周辺に移動、引き
続き生徒の下校路を重点的に巡回し、不審者の警戒にあたる。
16時50分頃、通行中の高校生より、不審車両を発見したとの
通報を受ける。通報者より該当車両の特徴および車両番号を聴
取後、不審車両の目撃現場へ移動。
16時55分頃、該当車両を確認。自動車登録番号票に記載の運
輸支局名が県外のものであること、乗員が運転手の男性一名で
あること、エンジンを停止せずに待機していること等を鑑み、
職務質問を行うことが妥当であると判断。
16時58分頃、無線警ら車にて該当車両に接近、来海巡査が運
転手に職務質問を行おうとしたところ、運転手が逃走のために
自動車の急発進を試みたため、月影巡査がこれを制止した。運
転手は更に、自動車のドアで来海巡査を突き飛ばしたうえ、制
止を振り切って逃走を図ったため、17時02分、公務執行妨害
により男性を現行犯逮捕。
本人の承諾を得て所持品を検査したところ、車内にあったリュ
ックサックから刃渡り10センチメートルのバタフライナイフ一
丁を発見。17時14分、銃砲刀剣類所持等取締法違反の事実で
現行犯逮捕。
その後男性の身柄を本署へ移送し、生活安全課に引き渡す。
17時45分帰庫。
備 考 特記事項なし
少し日が長くなってきたとはいえ、窓の外はもう夜の帳が降りきっていた。
「んぁー・・・・・・課長まだかなぁ・・・・・・」
私はデスクの天板に頬をぺったりつけて、ボヤいた。
「退屈なら、いくらでも書類仕事分けてあげるけど?」
向かいのデスクで、黙々とキーボードを叩きながら、ゆりが言う。
地域課のオフィスに、今はゆりと私の二人だけ。エコのために、部屋の電気は私達のいる一角だけしか点けてない。静まりかえった薄暗い部屋に、かちゃかちゃと文字を打つ音だけが響く。いつも思うけど、二人きりになっても全然いいムードにならないんだよねー、この部屋。
「のーさんきゅー、ないんだんけ、めるしぼくー」
私は机に突っ伏したまま、ふるふると首を振った。ちなみに、私のコンピュータはとっくの昔に閉店しました。
「merci beaucoupだと肯定になるわよ」
「うぐ」
画面を見つめたまま、ゆりがツッコんでくる。
別に、ボケたわけじゃないんだけどね。
暫し、かちゃかちゃとキーボードを叩く音がして。
「ももか」
かちかちとマウスの音がして、彼女の声が私を呼んだ。
「ん〜?」
「夕方の警らの報告書、できたわ。今打ち出すから、それ、印鑑押して」
「あーい」
私はゆっくりと体を起こし、立ち上がった。骨董品のような鼠色の事務椅子のキャスターが、文字通り鼠のように、きい、と鳴き声を上げる。部屋の隅で唸る旧式のレーザープリンターからA4の書類が一枚、吐き出された。
「おー、さっすが! 仕事が速くて完璧ぃ」
「おだてても何も出ないわよ」
いいから早くハンコ押して頂戴、と、ゆり。今更照れることもないと思うのだけど、私が褒めると彼女は大抵、そういう口調でそういうことを言う。
「はいはい。ハンコハンコ、っと・・・っあーー!」
「何?」
何か不味いことが? と、ゆりは眉を顰める。
「ごめ・・・間違って、ゆりのところに押しちゃった」
とりあえず、可愛く笑って誤魔化せ。てへ。
「・・・仕方ないわね。もう一回打ち出すから、それ、シュレッダーにかけて」
ゆりはそう言って、溜息混じりにマウスをかちかちと鳴らす。
「ゆりが籍入れて私と同じ苗字になれば、これこのまま使えるけど」
「・・・・・・・・・・・・」
「ごめんなさいやり直しますすぐやり直します」
こんどは二人の印鑑が所定の位置に無事押され、報告書は無事完成した。
「って。報告書できても、課長が戻ってこないと出せないし帰れないじゃん」
机の上に頬杖をついて私がボヤくと、
「あら。ももかにしては、いいところに気がついたわね」
ゆりはそう言って、悪戯ぽく笑った。
「〜〜っ。かーーーちょーーーぉーーーー」
と、私の念力が通じたのか、部屋の扉が勢いよく開いて、短髪のおじさまが姿を現した。地域課課長・花咲陽一。筋骨隆々、強面だけど超優しい、警察官とはかくあるべき、ってイメージ通りのおまわりさん。
「かちょー! 待ってました!」
「なんだ、お前等、待ってたのか」
課長は少し首を傾げるようにして入ってきた。古いこの庁舎は昔の日本人サイズで、課長みたいにとりわけ大柄な人だと、普通に歩いたら鴨居に頭をぶつけてしまう。
「ええ。捕物もありましたし、今日中に報告書を見て戴いた方がいいかと思いまして」
「そうか・・・そうだな」
オフィスの一番奥の一際大きな机で、どっかと椅子に腰を下ろした課長に、ゆりはできたばかりの報告書を手渡した。
「で、お前さんらの捕まえた例の男な。生活安全課から刑事課に引き渡された」
「へ!?」「え」
私とゆりの声がハモる。
「相当とんでもない奴らしいぞ。車からはロープやら粘着テープやら出てきたそうだしな」
「うぇ」
マジでヤバい奴じゃん、それ。通報してくれた女子高生、グッジョブ!
「ま、後はあちらさんがこってり絞ってくれるだろう・・・ん?」
と、課長は報告書に目を落としたまま眉を顰めた。
「『運転手が逃走のために自動車の急発進を試みたため、月影巡査がこれを制止』って。月影、一体どうやって止めたんだ」
「車止めを使いました」
冷静に、ゆりが答える。
「私が気付かれないように近付いて、あらかじめ後輪に車止めを噛ませてバックできないようにしてから、来海巡査がパトカーで正面から近付きました」
「・・・・・・」
あ。課長、呆れてる。
ま、そうだよね。まだ悪いことしてるって決まってないのに車止めとか。
「この時点で運転手はバックで急発進しようとしましたが、動けませんでしたので、その間にパトカーが車の前方の進路を塞ぎました。それから来海巡査が車を降りて近付きました」
「・・・『こいつが相手なら逃げ切れる』と思ったんだろうな。例によって」
そうなのよねぇ。私って、この容姿と声で大抵ナメられちゃうんだよね。それがコンプレックスだったこともあったけど、
「はーい。例によって私が突き飛ばされて、公務執行妨害ゲットです☆」
今はそれを逆手にとって、利用させて貰ってる。
「で、月影が横から現れて取り押さえる、か・・・なんか、美人局みたいだな。お前さんらが警察官で、本当、良かったよ」
「・・・今の台詞、真ん中あたりは聞こえなかったことにしておきます」
苦笑しながらそう言う課長に、ゆりも苦笑しながら答える。
美人局上等。それで悪い奴をパクれるなら文句ないっしょ?
「じゃあ、これも。例によって、来海のだな」
そう言って課長はポケットに手を突っ込んだ。出てきたのは、手錠。『例によって』ゆりが容疑者をねじ伏せたら、私が手錠をかけるのがお約束だから、この手錠は私のもの。
「あ、はーい。ありがとうございます」
「一応、番号を確認してくれ」
手錠には、ひとつひとつ固有の番号が刻印されている。万が一盗まれたり市場に流出したりした時、隠してても、その番号でどこの誰に支給されたものかすぐバレちゃうようにね。
「間違いないです」
番号は、間違いなく私のそれだった。そこかしこについた傷の感じも。
「ベテラン刑事の手錠みたいだな」
俺のだってそんなに傷だらけじゃないぞ、と課長。
「多いんですよ、無茶苦茶に藻掻いて逃げようとする奴」
私は手錠を上着のポケットにしまいながら、肩を竦めた。
「こっちが女だから、頑張れば振り切って逃げられるかも、って思うんでしょうねー。アスファルトで擦れたり、ブロック塀で擦れたり、いろいろ」
「そうか」
なるほどな、と課長は妙に納得したように頷いた。
「ま、今日はご苦労だった。ゆっくり休んでくれ」
「はい」
「それでは、失礼します」
私達は姿勢を正して一礼し、明かりの半分しか灯っていないオフィスを後にした。
* * *
不夜城の刑事課なんかは別にして、この時間になると、人の姿がめっきり少なくなる。カツカツと、私達のヒールの音だけがやたらと反響して聞こえる廊下。
「すっかり遅くなったわね」
女子更衣室のドアを開けながら、溜息混じりに、ゆり。廊下では誰ともすれ違わなかったし、更衣室にも誰もいなければ、後から誰か来る気配もない。
「ん・・・なんか、お腹空きすぎて気持ち悪い・・・」
「大丈夫。美味しそうな物が目の前に出てきたら、すぐ治るでしょ」
私がボヤくと、すぐにゆりのツッコミが飛んでくる。
「むう、失礼な・・・確かにそうだけど」
別段気を悪くしたわけではないけれど、一応膨れてみせれば、
「帰ったら、何か作るから」
彼女はそう言って、いつになく優しく微笑んだ。
「ん。じゃ、とっとと着替えて帰ろ?」
私は上機嫌で、ロッカーの鍵を開けた。
着替えのために制服の上着を脱ぐと、やけに右のポケットが重い。
「・・・ん?」
手を突っ込んで確かめてみれば。
―――ああ。
手錠。そういえば、返して貰って、とりあえずポケットに突っ込んだんだっけ。
「・・・何?」
後ろで、ゆりが振り返る。
「あ、ん。何でもない」
私がそう言うと、彼女は小さく笑んで、再び背を向けた。
しゅる、とネクタイを取る、衣擦れの音。
「・・・」
ポケットから、手錠を取り出す。
不意に襲ってくる、邪な衝動。
背徳の、危険な誘惑。
同時に、色々なことが脳裏を過ぎる。
以前、まさにこの場所でコトに及んで、凄く良かったけど、その後一週間おあずけを食らったこととか。
向こうのオフィスの、彼女のデスクでコトに及んで、凄く盛り上がったけど、その後一週間おあずけどころかろくに口もきいてくれなかったこととか。
パトカーの中で迫ったときは、返り討ちに遭って本気で腕を捻り上げられたこととか。
・・・これだけのことを、一瞬で考えた。
その間、現実の世界ではほんの僅かな時間しか経っていないなんて、ほんと、人間の脳って凄い。現に、彼女はまだ、襟から引き抜いたネクタイを丁寧にロッカーに収めて、ワイシャツの第一ボタンを外しただけ。
―――チャンスは、一瞬。
手錠を掛ける技術には、自信がある。一発勝負の現場を何度も踏んできたんだから。
この傷だらけの手錠が、その証明。
ぐ、と息を呑む。
視線の先で、ゆりの両手が、腰の後ろの、タイトスカートのホックを外しにかかった。
今!
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【ルート分岐】
来海巡査は、月影巡査に手錠を
かけることができる・・・・・・・・・side Mへ
かけることができない・・・・・・・・side Yへ
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