ワンサイド・ゲーム

 山頂から車を走らせること、小一時間。
 深夜、車は道路を外れ、木立の間を入ってゆく。
 コンクリートのアプローチの先には、小さな家があった。切妻屋根に、一階と二階に張り出したウッドデッキが印象的な、バンガロー風のコテージ。
「ちょっと待ってて」
 あすかは車のサイドブレーキを引くと、エンジンをかけたまま車を降り、ヘッドライトの光を頼りにコテージの玄関を開けて中に入った。暫くして、室内と玄関ポーチの明かりが灯る。
「お待たせ」
 車に戻ってきたあすかに促され、みなみは荷物を手に車を降りた。暗い森を背景に、オレンジ色の暖かな光。吸い寄せられるように、中へと入る。
「わぁ……」
 あすかに続いて玄関を入るとそこは、リビングとダイニングが一続きになった、二十畳ほどのスペースだった。木目そのままの壁と床、中央にはワインレッド一色のラグ。斜めに配置された、飴色の革張りのソファ。サイドの壁際に、黒い鉄の薪ストーブ。休暇を過ごすためのホリデーハウスだからなのか、それとも持ち主の趣味なのか、落ち着いた色調のシンプルな内装と調度品に、センスの良さが感じられた。
「素敵なお家ですね」
「だよねぇ。さっすがジェネラルマネージャー、いい趣味してるわ」
「ジェネラル……」
 みなみは軽く目眩を覚えた。そんな偉い人にまで自分たちの惚気話を吹聴しているのかと思うと、いよいよあの水族館には近付けない。
「ゲスト用のベッドルームが一階にあるから、そっちを使えって。……ええと、ここかな」
 あすかは階段の陰の、壁面にあるドアを開けた。
「うん、ビンゴ」
 扉の向こうへ消えていったあすかを追って行くと、そこは洗面所になっていて、扉が二枚。奥に一枚、閉じた扉と、サイドに開けっ放しの扉。
 開けっ放しの扉をくぐると、そこはベッドルームだった。
 リビングと同じ木目の床に、象牙色の無地の壁紙。煉瓦色のカバーがかけられたクイーンサイズのベッドの他に置かれているのは、チョコレート色のチェストとライティングデスク、壁には一枚の風景画。そういったものたちを、サイドテーブルの上のテーブルランプと、部屋の隅のフロアランプが浮かび上がらせている。
「さて、と」
 あすかは持っていた帆布のトートバッグをチェストの上に置いた。風来坊気質の彼女にとって、一泊分の荷物はこれで十分なのである。
 彼女は続いて、みなみに向かって手を伸べた。荷物を貸せ、というジェスチャーである。
「たぶん、もう一枚のドアがバスルームだと思うんだけど」
 みなみの荷物を受け取りながら、あすかが言った。小振りのボストンバッグ一個というのは、女子大生としては平均的か、少ない方だと思われる。
「トイレとシャワー、ちゃんと水とお湯が出るかどうか見てきてくれる?」
 はい、と頷いて、みなみは今来たドアを出て行った。
「……さて」
 あすかは受け取った鞄をチェストの上に置くと、ベッドからカバーを剥ぎ取った。
 皺一つなくぴんと張られた、白いシーツが露わになる。
 壁の向こうの微かな水音を聞きながら、あすかはカバーを折り畳み、ライティングデスクの椅子の背に掛けた。
「大丈夫でした」
 戻ってきたみなみが、報告をする。
「お湯は出始めるまでにちょっと時間が要りますけど。……シャワー、お先にどうぞ?」
「ん、ありがと。でも」
 あすかは素早くみなみとの距離を詰め、彼女の腰に手を回し、ぐいと引き寄せた。
「今はシャワーより、みなみが欲しいかな」
「っ……ダメ、です」
 あすかの肩をやんわりと押し戻しながら、みなみは目を伏せる。
「なんで?」
 その顔をのぞき込むようにして、あすか。
「っ、夏、ですし。一日汗かいて、ベトベトしてるし……先にシャワー、浴びないと」
「んー。どれどれ?」
 あすかはとぼけたようにそう言って、俯くみなみの首筋へと手を這わせ、
「ん。全然、大丈夫じゃん?」
 その手をうなじへと滑らせ、耳元で、殊更に吐息混じりに、囁けば。
「------」
 彼女が僅かに身を固くする。
「ほら」
 カットソーの襟元から滑り込んだ掌は、肩の丸みを撫で、鎖骨を辿り。
「ね?」
 指の背で、喉を撫で上げ、顎をくい、と持ち上げる。
 上を向けば、見下ろすあすかと目が合って。
「っ……、でも、ダメ、です」
 みなみいはふい、と視線を逸らす。
「そんな、気にしなくてもいいじゃん? たぶんこの後、また汗かくし」
 あすかは喉の奥で小さく笑い、
「汗だけじゃない、違うものでベトベトになるんだからさ」
 揶揄うように、そう囁いた。
「っ! そういう事言わない------っ」
 羞恥の眼差しで睨めつけるみなみの抗議を、あすかは唇で封じ込める。
 両腕でがっちりと抱き寄せられては、みなみが少しくらい藻掻いたところで、ダイビングで鍛えられたあすかの体幹は揺るぎもせず。
「---------、っふ----------」
 深く長い口吻に、呼吸と怒る気力と、身体の力を奪われてゆき。
 解放されれば、みなみはすとん、とあっけなくベッドの上に崩折れた。
 あとはもう、組み敷かれるだけ。
「……これで汗臭いなんて言ったら、思いきりぶちますからね」
 見下ろすあすかを、なけなしの気力を振り絞って睨み上げてみるけれど、
「ん。いいよ」
 ふ、と、鼻で笑って軽くいなされた。
「なんなら、グーで殴っても」
 再び、貪られる唇。
「ん---------」
 あすか自身のように自由奔放に、好き放題に咥内を蹂躙する舌が、湿った音をたて、みなみのそれに深く絡みつく。そうしている間に、着衣の裾から無遠慮に侵入した手が肉付きの薄い脇腹を這い上がり、胸の膨らみを包みこみ、
「っ、」
 先端に触れれば、みなみの肩が小さく跳ねた。
「、っく、ん、っ------」
 固く結んだそれを、あすかの指先が抓み、或いは撫で、或いは弄ぶように捏ねる。そのリズムに合わせ、あすかの下でみなみの躰は小刻みに波打った。重なり合った唇の隙間から、苦しげに漏れるくぐもった声。あすかのシャツの背を握りしめる両手。
 一枚、一枚、剥ぎ取られる着衣。
 その度、少しずつ露わになる肌。
「めんどくさい……何でこんな着込んでんの」
「誰かさんがお風呂を使わせてくれませんでしたから」
 自業自得ですよ、と。
 あすかの軽口に、負けじと軽口で応えるみなみの、普段は決して日に晒されることのない胸は、ランプの橙色の光の中でもそうとわかるほど白かった。
 その様を恍惚と見下ろしたのは束の間。
 あすかは磁器を思わせる白い膨らみにむしゃぶりつくと、その頂を口に含む。
「っあっ---------」
 みなみの華奢な首が仰け反った。
「、っく、んっ、っう……っ」
 ラズベリーのような先端を、歯で、舌先で、柔らかな舌の腹で。もう一方は、右手の指で。性急に、時に緩やかに、刺激すれば、みなみは縋るようにあすかの頭を掻き抱いた。二の腕の白さとシナモンブラウンの髪とが、鮮やかなコントラストを成す。
 やがて右手は胸を離れ、下腹部を滑り下り。
「---------やっ、ぁ」
 みなみは反射的に両脚を閉じた。
「や、って言う割に」
 僅かな隙間から、蛇のように潜り込む、指。
 秘裂に浅く押し込めば、熱を帯びたぬめりに触れる。
「準備オッケー、って感じだけど」
 待ち遠しかった? と、意地悪く尋ねるあすかに、
「……知りませんっ」
 みなみは眉根を寄せ、裏返りそうな声でそう言って顔を背けた。
「そ、っか」
 あすかは余裕たっぷりにくすりと笑って、秘裂の入り口で遊ばせていた指を一気に中へ挿し込む。
「んっ、」
 みなみの肩がぴくりと跳ねる。
 一本、一本、ゆっくりと、指を、挿しては抜き。
 そうして蜜を纏わせた指を、二本揃えて。
 ぐい、と挿し込めば、
「んぅっ……」
 みなみの躰が鞭のようにしなった。
 二本の指が、壷の奥の蜜をこそげ取るように、内壁を撫でる。
 みなみはぎゅっと目を閉じ、手の甲を口に当て、懸命に耐える。
 指の腹が、指先が、曲げた関節の先が、
「ん……っ、ぁ……んぅ、っぁ……っ」
 彼女のなかを小刻みに擦りあげる度、小さな喘ぎが漏れた。
 背筋が痺れるような感覚を逃がそうと、足掻くつま先がシーツを乱す。
「ぁ、っ、ぁ、っふ、ぅ、ぁ、っく、ぅ」
 喘ぎのリズムが、次第に加速して。
「あぁ---------!」
 嬌声のあと、一瞬、呼吸が止まって。
 彼女が軽く達したのだと分かった。


「……みなみ」
 あすかはその顔を覗き込んで、名を呼んだ。
 先刻の嗜虐的な表情とは別人のような、優しい眼差しで、
「みなみ」
 もう一度、名を呼ぶ。
 自分の名前が、こんなにも甘く、柔らかな音になる。みなみがあすかと出逢って初めて知ったことの一つだ。
 みなみが視線で応えると、あすかは礼儀正しくノックをするように、二度、三度、みなみの唇を啄んで。
 そして、深く、丁寧な------とても丁寧な、キスをして、
「あいしてる」
 今にも泣き出しそうな、心許ない目で、呟くように、告げる。
 (このひとは)
「……知ってます」
 みなみがふい、と目を逸らし、拗ねたように答えると、
「そこ、さ。『私もです』っていうとこじゃない? 普通」
 酷いなぁ、と、あんまり寂しそうに、苦しげに笑うから。
 (本当に------)
「狡い、ですよ」
 つい、絆されて。
「そんな顔、するなんて」
 みなみは両の手を差し伸べ、あすかの頬を包み込むように、そっと掌を添えた。
 そして、少し困ったように微笑んで、
「………私も、ですよ」
 小さな声で、そう言うと。
 あすかは目を細め、安心したように、微笑んだ。
 そして、もう一度、口吻を落とす。
 先刻と同じ、優しい、丁寧なキス。
 けれどそれは次第に、強引さを帯びてゆき、
「ん、っ、く---------」
 貪るような、がつがつとしたものに変わる。
 やがてあすかの唇はみなみのそれを離れ、頤から、首筋へ。舌の這い下りる感触に、みなみの肩が微かに震えた。
「っあっ、」
 再び、胸の頂をぱくりと口に含めば、再び漏れる、切なげな声。
「ん、っぁ……んっ」
 愛撫の合間に、胸のふくらみをぢゅぅ、と吸い上げ、紅い跡を残す。
 白い雪に椿をぽとりと落としたような。
 そして、
「っ---------」
 秘部に、指が触れる。いちど達した彼女のそこは十分に濡れていて、あすかの指をすんなりと受けれた。
「うっ、ん、」
 あすかは滑らかな入り口を、奥のざらつきを、ひとしきり撫で。
 そうして、ねっとりと蜜を纏った指を引き抜くと。
 その蜜を、秘裂の端にある突起に塗りつけた。
「あっっ!」
 びくり、と、みなみの背中が大きく反った。
「ふっ、っんく、ぁっ、っあ」
 小さく主張する突起を、指の腹で優しく捏ねられる、その度に彼女の腰が捩れ、背中が波打つ。
「んっ、んぅっ、ぐ、ん」
 片手でシーツを握りしめ、もう一方の手の甲を力一杯口に押し当て、声を殺す。
「……我慢、しなくていいよ」
 あすかが囁いた。
「入ってくるとき、見たよね。ここは林の中の一軒家で、タンパのアパートじゃない」
 そう言ってまた、秘蕾を撫でる。
 うっ、と声を噛み殺し、ふるふると小さく首を振るみなみの、目尻に滲む涙を唇で拭って。
「隣のファミリーに聞こえるかもとか、駐車場で誰か聞き耳たててるかもとか、そんなこと考えなくていい……それって、今しかないじゃん? だから、さ」
 ---------もっと、声、聞かせてよ。
 ね? と首を傾げ、あすかは彼女の手に触れ、そっと口の上から外した。
「……意地悪」
「ん。知ってる」
 眉根を寄せ、ほとんど吐息のようにそう言って、潤んだ目で見上げるみなみの頬に、あすかは自分の頬を重ね。
 再び、下へと手を伸ばす。
「ぁ---------」
 そして、
「……いいよ」
 もっと聞かせて、と。
 悪魔のように、囁いた。


「あっ……ん、う」
 途切れることなく、与えられる愛撫。
「あっ、あぁっ、っあ、あっ」
 みなみよりも七ミリ長い、あすかの指。その七ミリの違いが、みなみの深いところを刺激する。
「っく、う、ん……は、っあ」
 みなみの躰を知り尽くしたそれが、
「う、っん、ふ、あ、ぁ」
 秘密の場所の、奥の奥、いちばんいいところを、擦りあげる。
「はっ、あん、っぁ……んぅあっ!」
 この獣じみた音が自分の口から発せられたものだと思うと、みなみの脳は羞恥で灼け焦げそうだった。


 ---------どうやっても、このひとには、勝てない。

 恋のときめきを、教えてくれたのは、このひとだった。

 世界が広いということを教えてくれたのも、このひとだった。

 自分自身の心に正直であることを教えてくれたのも、このひとだった。

 愛する人と身体を重ねる悦びを教えてくれたのも、このひとだった。

 どんなに努力しても、苦しみ藻掻いても、埋められない差というものがあることを、思い知らせたのもこのひとだった。

 追いかけても、追いかけても、永遠に、追いつけない。
 このひとにはきっと、一生敵わない。

 この関係は、ワンサイド・ゲーム。

《fin.》

  


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