あなたを知りたい


 よく晴れた、日曜日。
 私は、ショッピングモールのベンチに腰を下ろし、溜息をついた。裏通り側に面した入口に近いそこは、表の目抜き通りに面した場所とは違って、思いのほか人通りが少なくて、一寸だけ落ち着ける。

 胸元にギャザーを寄せた、スレートブルーのカットソー。
 お揃い素材の四段フリルのスカートをワンピースのように合わせ、白のニットボレロを羽織って。
 足元は、買ったばっかりの、ハイヒールのグラディエーター。

 人気読モ・蒼乃美希の本気全開で出かけてきたけれど、空振り、というか、空回りで終わったような、日曜の午後。―――っていうか、まだ一時だし、お昼っていってもいい時間。お腹は満ち足りてるけど、心の方はぐずぐずと燻っている感じで、これといって何もしていないのに、疲労感いっぱい。
 でも、今は家に帰るわけにはいかないし。
 だからって、街をうろうろする気にもなれない。ってか、こんなに気合い入れてお洒落して、一人でウインドウショッピングとか、痛すぎて無理。
 ・・・かといって、四つ葉町まで帰ってぶらぶらしてたら、絶対誰かしら知ってる人に会っちゃうだろうし。悪いけど、今はそんな気分じゃない。カオルちゃんの相手とか、マジ無理。カオルちゃんじゃなくても、今日はもう、誰と話すのも面倒くさい。
 ―――ただ一人、彼女を除いては。
 一旦彼女のことを思い出してしまったら、無性に声が聞きたくなって、私はリンクルンを取り出した。
『もしもし?』
 三コールほどで、彼女の声が聞こえた。それだけで、沈んでいた気持ちが少しだけ浮き上がる。
「もしもし。せつな?」
『美希? どうしたの?』
「ん、別に、用はないんだけど」
 どうしてるかなと思って、なんて、わざとらしい気もするけど。他に言いようがないから、素直にそう告げる。
『私? 家で勉強してたけど』
 彼女はごく自然にそう答えた。まるで、それが当然のことみたいに。
「うぇ」
 思わず私は声を上げた。
「なに? 四つ葉中って、そんなに宿題出るの?」
『んー、金曜のうちに全部済んじゃうくらいだし、そうでもないと思うけど? 今してるのは、明日の予習』
「そっか・・・そうよね。せつながそんなに時間かかるような宿題だったら、ラブなんて絶対生きていけないわよね」
『・・・美希ったら』
 ラブが聞いたら怒るわよ、と、せつなが電話の向こうで笑うから、私もつられて笑った。
「そういえば、ラブは?」
『たぶん、リビングで寝てるわ。お昼ご飯のあと、横になって、そのまま』
「あー・・・」
 ・・・まあ、らしいといえば、らしいけど。だいたい、ラブが日曜の真っ昼間から勉強してるなんて、そんな気持ち悪いことは想像もしてなかったし。
『美希は? 何してたの?』
 せつなが尋ねた。電話の向こうで可愛らしく小首を傾げる姿が目に浮かぶ。
 それだけで、鼓動が速くなり、胸の奥が甘く疼いた。
『今日は用事がある、って、言ってなかったっけ』
「ん・・・それはそうなんだけど」
 ―――その日は、どうしても外せない用事があるのよ。
 そもそも、今日のダンス練習が休みになったのは、私がそう言ったからだった。
「思いのほか、早く終わってね。暇になっちゃった」
 私は笑いながら答えた。
『・・・そう』
 せつなは少し考えて、
『ね、美希。今、家?』
 そう尋ねた。
「ううん。まだ外」
『ブルンは? そこにいる?』
 かと思うと、今度は唐突にそんなことを聞くから、
「え?・・・ああ、えっと、うん、もちろん」
 私は一瞬、何のことか分からなくて、返事をするのが少し遅れた。
『ん、わかった。じゃ、一旦電話切るね』
 って。
「え、ちょ」
 わかった、って、何が分かったのよ!
 ・・・と言う前に、通信はぷつりと切れた。
 そして。

 私の目の前に、せつなが現れた。

「っ! せ、せつな!?」
 デニムのミニスカートに赤のパーカー、そして何故かスニーカーは、足に履かずに手に持って。
「美希」
 彼女は私の顔を見て、そして、ふわりと微笑んだ。
 その笑顔の、可愛いことといったら。
「今日の服、ちょっと大人っぽいのね。すごく似合ってて、綺麗」
「あ・・・ありがと」
 そんな彼女の真っ直ぐな褒め言葉に、私は一瞬舞い上がったけれど。
「って! 誰かに見られたらどうするのよ!」
 すぐに我に返り、慌てて跳ねるように立ち上がって、辺りを見回した。
 ・・・とりあえず、私達をじっと見てる人はいなさそうで、ほっと胸を撫で下ろす。
「大丈夫みたいね」
 せつなもきょろきょろと辺りを見回し、悪戯っ子のように微笑んで。
「ところで、ここ、どこ?」
 ごく真剣に、そう尋ねた。
「・・・・・・西映モールの裏口」
 もう、ツッコみどころ満載過ぎ。私はへたり込むように再びベンチに腰を下ろした。
「どこかわかんないのに、飛んで来れるものなの?」
 とりあえず、ツッコミは、できるところからコツコツと。
「ええ。ピックルン同士はお互いの居場所がわかるみたいだから、アカルンに『ブルンのところに連れて行って』って頼めば、ちゃんと辿り着けるわ」
 せつなはおもむろにスニーカーを床に置き、足を入れながらそう答えた。
 ふーん、なるほどね。納得、そしてちょっと感心。
「で、靴を履かずに持ってきたのは何で?」
「部屋で勉強してたから。こういう時のために、部屋に一足、靴を置いてるんだけど」
 スニーカーの爪先を床にとんとんと打ちつけながら、せつなは言葉を続ける。
「急いでたから。美希の声が、何だか一寸、辛そうなのが気になって」
「っ―――」
 ―――どうして?
 何で、わかるの?
 たったそれだけで、私は、思わず泣きそうになって、言葉に詰まった。
「その服・・・今日は、撮影? 何か嫌なこととか、あったの?」
 私の隣に腰を下ろしながら、彼女が尋ねる。
 私は目を伏せ、零れそうになった涙を封じ込めるように、深呼吸をひとつして。
「今日・・・パパと、会ってきたの」
 小さく首を横に振って、そう、彼女に打ち明けた。
「パパ・・・お父さんと?」
 彼女は少し不思議そうに、首をかしげた。
「私の両親、ちょうど去年の今頃、離婚してね。普段は、私はママと、弟はパパと暮らしてて、2、3ヶ月に一回、私はパパと、弟はママと会って、食事したり話をしたりする約束になってるの。・・・それで、今日が、その日だったのよ」
「・・・美希、ひとつ、聞いていい?」
 私の言葉が途切れたところで、せつなは私に問うた。
「うん?」
「リコン、って、何?」
「・・・・」
 って。
 そこから説明するの!?
「・・・ラビリンスには、離婚って、ないの? 結婚は? わかる?」
「『結婚』は分かるわ」
 せつなは真剣な顔で頷いた。
 ・・・よかった。
 『結婚』まで説明しろ、なんて言われたら、正直、一寸困る。
「結婚している二人が、結婚をやめて、別々に暮らすのが『離婚』。つまり、私の両親は、結婚をやめて、別々に暮らし始めた、ってこと」
「ああ、成程ね」
 せつなは合点がいったように頷いた。
「ラビリンスでも、すごく少ないけど、そういうことはあったわ。『リコン』に当たる特別な単語はなくて、『結婚の解消』って言ってたけど」
「そんなに少ないの?」
 ちょっと意外だった。もしそれが本当だとしたら、ラビリンスって、もしかしたらそんなに悪いところじゃないのかもしれない。
「ええ。結婚って、遺伝子なんかのデータを元に、できるだけ優秀な子どもが生まれる組み合わせをメビウスが決めるんだけど」
「っ―――」
 ・・・前言撤回。
 結婚までメビウスに支配されちゃうわけ?しかも、優秀な子どもを作るのが最優先だなんて、競走馬じゃあるまいし。『お前はこいつと結婚しろ』って、見ず知らずの人間をあてがわれる、ってことでしょ? で、子作りするわけ?
 想像したらなんだか吐き気がしてきて、私は慌てて思考をシャットダウンした。
「後から問題があることが発覚したり、ベターな組み合わせが見つかったりすれば、その結婚は速やかに解消されるの」
「うー・・・私達の言う『離婚』は、そういうのとは」
「それもわかるわ」
 訂正しようとする私を遮って、せつなは苦笑した。
「こっちの世界の人は、結婚も、リコンも、自分の意志で決めるのよね?」
 ―――彼女は、頭の回転が速い。
 賢くて、器用で、飲み込みが早くて、運動能力も抜群、おまけにルックスもハイレベル。ありえないくらい完璧だけど、彼女が元々ラビリンスで生まれた人間であることと、ラビリンスの結婚制度が子どもの能力重視なのを合わせて考えれば、すごく合点がいった。
「流石せつな。話が早くて助かるわ・・・で、今日は、その別々に暮らしてるパパと会う日で、気合い入れて出かけてきたんだけど」
 私は横道に逸れた話を元に戻し、先を続けた。
「私のパパって人がまた、忙しい人でね。今日も、本当はもっとゆっくりできる筈だったんだけど、急に仕事が入ったとかで、一緒にお昼を食べただけで終わっちゃった」
 それも、大急ぎでね、と。
 私は肩を竦めて、苦笑した。
 せつなは、私の顔をじっと見つめ、やがてゆっくりと口を開き、
「美希は・・・お父さんのこと、大好きなのよね。だから、離れて暮らしてて時々しか会えないことが、すごく、悲しい。・・・合ってる?」
 そう言って、首を傾げた。
 ―――彼女はいつも、直球。
 言葉にも、態度にも、余計な飾りがなくて。かといって、無神経なわけではなくて、むしろ人の心の動きにはとても敏感。
 だから私も、彼女の前では正直でいられる。
「・・・うん。そう」
 私は素直に頷いて、
「だけど。パパとママが罵りあうところや、泣いたり怒ったりした顔を見るのは、もっと辛かったから」
 それと比べたら、今の方が百倍ましよ、と、笑ってみせた。
「・・・今、家には和希―――弟が、ママを訪ねて来てる筈なの。そんなところに帰るのは何だか気まずいし、何より、私がパパとほとんど会えなくて落ち込んで帰ってきた、なんて。ママが知ったら、またパパと大喧嘩になるのが目に見えてるから」
「美希・・・」
「だから、どこにも行くとこなくて。つい、せつなに電話しちゃった」
 膝の上に載せた私の手を、彼女がきゅっと握り締める。
 その手の温かさと優しい強さに、また私は泣きたくなった。
「・・・ね、美希。もうひとつ、聞いてもいい?」
 せつなは目を伏せ、少し考えこんでから、口を開いた。
「ん・・・何?」
「美希のご両親は、どうして、リコンを決めたの?」
 答えたくないことだったら、ごめんなさい。
 そう、付け加えて。
「・・・ううん。せつなには、やっぱり、知っててほしいかな」
 私は、首を横に振った。ラブとブッキーには、話したことがある。私のことで、ラブやブッキーが知っていてせつなが知らないことがあるのは、何だかちょっと、悔しい気がする。
「直接の原因は、パパの浮気。他にも、価値観の違いとか、性格の不一致とか、理由はいろいろあるみたいだけど、たぶん、それが一番大きいかな。・・・『浮気』の意味は、分かるわよね?」
「ええ。分かるわ、前に教えて貰ったから」
 せつなは私の顔を真っ直ぐに見て、真面目な顔でこくりと頷いた。
 ああ・・・もう、ほんと、可愛い。
「・・・せつな。私も一つ、聞いていい?」
「何?」
「せつなのご両親って、どんな人?」
 ラビリンスの住人も、私達と同じような『人間』で、彼女がこの世に生まれたということは、彼女にも両親がいるはず。前から気になってはいたけれど、この際だから、聞いてしまおう。
 彼女のことを、もっと、知りたいから。
「私の、両親?」
「ええ」
 せつなが答えたくないなら、聞かないけど。
 先刻の彼女に倣って、私はそう付け加えた。
「答えたくない、とかじゃなくて・・・ごめんなさい、よく分からないの」
 せつなは困ったように、本当に申し訳なさそうに、苦笑した。
「え?」
 思わず上げた私の声は、裏返っていた。
「私は、自分の両親に会ったことがないから」
「・・・亡くなったの?」
「ううん。たぶん、生きてる・・・と、思う」
「・・・・・・」
 私は、次の言葉を躊躇った。
 そこは、本当に私が踏み込んでもいい領域なの?
 その領域に私が入ることを、彼女は許してくれる?
 もしも、許してくれなかったら。
 そう思うと―――怖い。
「・・・『どうして』って。聞かないの?」
 逡巡して黙り込んだ私に、せつなは逆に、そう問うた。
 その声は、どこか寂しげで。
 その表情が、どこか悲しげで。
「・・・聞いても・・・いいの?」
 彼女の中に踏み込むことを一瞬でも躊躇した自分を、私は少し後悔した。
 彼女は頷いて、
「ウエスターやサウラー・・・あと、メビウスは勿論、知ってることだし。彼等が知ってて、美希が知らないのは、何だか悔しいから」
 そう言って、小さく、笑った。
 そんな彼女が、とても愛おしくて。
 彼女が私と同じことを思ったのが、嬉しくて。
 私は、覚悟を決めた。
「・・・じゃあ・・・教えて?」
 彼女の口からどんなことを聞かされても、私は必ず受け止める、と。
「・・・ラビリンスでは、結婚も全部メビウスに管理されている、っていうのは、話したわよね。いつ、誰が、誰と結婚するかは、全部メビウスが決めるって」
 彼女は、ゆっくりと話し始めた。
 私は、頷きながらそれを聞く。
「子どもについても、そう。子どもは何人、とか、いつ、どのタイミングで産むか、とか。全てがメビウスの計画通りに行われるの。だけど、そういうのって、計画通りに、って言われてもできないことってあるでしょ? その・・・もう産むな、って言われても・・・とか」
 せつなは気まずそうに言葉を濁した。
「ああ・・・うん」
 私も曖昧に返事をする。そのへんが理解できないほど、私も子どもじゃないし。
「そういう場合、大抵は、メビウスの計画に従うために中絶したりするんだけど、稀に、こっそり産んで育てようとする人もいるの。勿論、そんなの隠し通せるわけがないから、そういう子どもは見つかり次第、メビウスに没収されてしまうわ」
「! まさか―――」
 彼女は頷いて、
「私は、そうして生まれて、メビウスの元で育てられたの」
 淡々と、何でもないことのように、そう言った。まるで、アメリカ大陸はコロンブスによって発見されました、とか、電球はエジソンによって発明されました、とか、そんなことを言うのと同じ口調で。
「ウエスターやサウラーも、私と同じ『計画外』の子どもよ。ウエスターは私の場合と全く一緒、サウラーは、メビウスが決めたカップル以外の子どもだっていう理由で没収された、って聞いたわ」
 ―――そんな。
 そんなことが、あり得るなんて。
 そんな世界で、実際に暮らしている人達がいる、なんて。
 想像しただけで、怒りがこみ上げて―――気分が、悪くなる。
 そして、そんな世界を作った奴が、この世界まで支配しようとしている、なんて。
 そう思うと、背筋を寒いものが走った。
「・・・そのことを、せつなは、どうやって知ったの?」
「物心ついた時には、もう。クライン―――メビウスの秘書みたいな奴なんだけど―――がいつも、『お前達は、メビウス様に背いた愚か者の子だ。せめてメビウス様のお役に立って親の罪を償え』って言ってたから」
「!」
 私は、言葉を失った。
 ―――酷い。
 あり得ない。
「だから。イースだった頃の私は、メビウスのために、一生懸命だった」
 なのに、彼女の口調は淡々としている。まるで、自分が傷つけられ、踏みにじられていることに、気付いていないみたいに。
 それが悔しくて、
「―――せつな」
 悔しくて。
 私は、彼女を抱き締めた。
 涙が勝手に溢れ出す。
「・・・どうして、美希が泣くの?」
 とんとんと、あやすように私の背中を叩く彼女。
「私の方が聞きたいわよ・・・せつなこそ、何でそんな、何でもないことみたいに話せるわけ?」
 私は掠れた声を絞り出して、やっとのことでそう尋ねた。
「だって。私にとっては、それが普通だったから」
 少し苦笑して、やっぱり淡々とした口調で、彼女は言う。
「別に辛いとも、悲しいとも、嫌だとも、思わなかったの。メビウスと、クラインと、ウエスターと、サウラーと、ノーザ。それから、時々出向いていく、ラビリンス以外の異世界。それが私の世界の全てで、他には何もなかったから、辛いと思うことがない代わりに、嬉しいと思うこともなくて。だけど」
 彼女の手が、私の頬に触れた。
「今は、違うわ。この世界で、嬉しいとか、楽しいとか、幸せとか・・・愛おしい、とか、そういう感情を覚えて。その分、悲しいとか、辛いとか、失うことが怖い、とか、そんな風に感じることもあるけれど。今なら、ラビリンスは狂ってる、メビウスは間違ってる、って。はっきり言えるし、この世界をメビウスの思い通りにさせちゃいけない、って、すごく思う」
「せつな・・・」
「ごめんね、美希。あまり聞いてて愉快な話じゃなかったわね」
 彼女の指先は、私の頬に残る涙を丁寧に拭って、そして、離れた。
 私は首を横に振って、
「ううん・・・せつなのこと、ちゃんと知りたかったから。教えて貰えて、嬉しかった」
 ありがとう、と。
 そう言って、微笑んで見せた。
 彼女も、応えるように微笑む。
「この世界を守れるように、私、精一杯頑張るわ。・・・ラビリンスには、こんな風に、私のために泣いてくれる人なんて、いなかったから」
 その顔を、暗い影が過ぎったように見えて。
「そんなことない!」
 私は思わず、語気を強めて言った。彼女が、驚いたように目を見張る。
「・・・少なくとも、せつなのご両親は、泣いたはずよ。だって、せつなのこと、堕ろすのが嫌で、こっそり産んで育てようとした人たちなんだから」
「・・・そう、かな」
 深紅の瞳が、不安げに揺れる。
「そうよ」
 私は殊更に力強く、答えた。
「絶対に」
「・・・だと、いいわね」
「そうに決まってるってば」
 罰を受けることを覚悟で、彼女に生を与えた人たち。そんな両親から受け継いだ意志の強さが、彼女をプリキュアたらしめたのかもしれない。
「・・・うん」
 彼女の頬を、涙がひとしずく、はらりと流れた。
 それを、唇で、拭ってあげたいけど。
「・・・ね、せつな。ちょっと、場所変えよっか」
「え?」
「こんなとこじゃ、イチャイチャできないでしょ。私の部屋に連れてって」
 ふたりの世界に浸りきっててあやうく忘れるとこだったけど、ここは日曜午後のショッピングモール。いくら人通りが少ないからって、それでなくても私達は人目を引く容姿なんだから、ほっぺにでもキスなんかした日には、大騒ぎになること間違いなし。
「いま弟さんが家にいるから帰れない、って言ってなかったっけ?」
 さすがせつな、人の話をよく聞いてて、そしてよく覚えてること。ほんと、ラブとは大違い。
「玄関通らずに、直接部屋に飛べば大丈夫。あとは、大きな声とか出さなければね」
「・・・美希のスキモノ」
「なっ、ちょ、せつな! そんな言葉どこで覚えたのよ!」
「国語辞典読んでた時。見た瞬間、『あ、美希のことだ』って思ったから、覚えてたの」
 ・・・国語辞典は読むものじゃなくてよ、せつなさん。
 そして、見た瞬間に、って。大概失礼よ!
「そう・・・わかったわ。帰ったら、みっちり、まったり、せつなの期待どおーりのコトしてあげるから。覚悟してらっしゃい?」
「! べ、べつに期待とか・・・!」
 彼女は顔を真っ赤に染めて抗議した。
「してない?」
「・・・」
「どうなの?」
「・・・」
「せーつなちゃん?」
 俯いた彼女に、追い打ちをかけるように囃し立てれば、
「・・・美希の意地悪」
 そんなことを言って、上目遣いに、拗ねたような視線を投げるから。
 私は彼女を思いきり抱き締めた。
「っ!?」
「・・・ごめん、もう限界。好き者でも何でもいいから、早く連れてって」
 そう言った私の声はきっと、切羽詰まっていたのだろう。
 一瞬驚いた彼女は、くすりと笑って、そして、頷いた。
「じゃ、しっかり掴まってて」
「放せ、って言われたって、放さないから」
 私がそう言うと、彼女はうん、と微かに応えて、それから小さなパートナーに呼びかける。
 周囲の景色がぐにゃりと歪む。
 空間を跳躍する、その一瞬も待ちきれなくて、私は彼女にキスをした。

 ―――放せ、って言われたって、放さない。
 あなたを。


《fin.》

  


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