Je Tu Veux



   To: 月影ゆり
  Sub: 寝てたらゴメン
   いま学校終わった!これからそ
   っちに行くけど、何か欲しいも
   のとかある?
 
  From: 月影ゆり
  Sub: Re:寝てたらゴメン
   今丁度起きて薬飲んだところ。
   今のところ間に合ってるから、
   気にしないで。


 珍しいことに、今日ゆりは学校を休んだ。昨夜から熱を出して寝込んでいるらしい。年に一回、あるかないかのことだ。
 曰く、『土曜日は授業が少なくて助かったわ』って。
 折角、半休の日なのに。私なら、同じ寝込むんだったら、数学とか英語とか化学とか、面倒な教科ばっかりの日の方がお得な気がすると思う。・・・まあ、私の場合、それでなくても欠席が多いわけだから、更に病気で休むような事態は避けたいとこだけど。
 間に合ってる、とは言われたけれど、手ぶらで訪ねるのも何なので、コンビニに寄って飲み物を買った。熱があるときの水分補給になりそうなのを、小さいボトルで三本。
 ―――バカは風邪ひかない、っていうけど。
 彼女も滅多に風邪をひかないわけだから、それってあまり当てにならないのかもしれない。
 そんなことを考えながら歩いているうちに、彼女の家の前までやって来た。
   きんこーん
 呼び鈴の固い金属音が響く。
 ・・・・・・・・・
 あれ?
 反応がない。
 小母様が留守なのはわかるけど、少なくとも彼女は中に居るはず。
 まさか、意識不明とか?
 ・・・まさかね。さっき、メールに返事くれたし。
 じゃあ、寝てる?
 怪訝に思いながらドアノブを捻ると、扉はすんなりと開いた。
 ちょっと不用心じゃない? 美少女が一人で寝てるってのに、玄関に鍵もかかってないとか。
「お邪魔しまーす」
 勝手知ったる人の家。とりあえず、靴を脱いで上がり込み、彼女の部屋を目指す。
 木目の引き戸を開けると、
「いらっしゃい」
 ベッドの中から声がした。
「・・・ごめんなさい。出迎えもしないで」
 熱っぽい、吐息混じりの声。普段の声にはない艶に、不意打ちのようにどきりとする。
「ん、それはいいけど。玄関に鍵かかってないとか、不用心じゃない?」
 私は、持参したボトルを勉強机の上に置きながら、一番気になっていたことを尋ねた。
「ついさっき母が仕事に出かけたから。そのまま鍵掛けないでおいて、って言っておいたのよ」
 メールしたんだけど、と彼女。
 丁度その時、携帯が鳴った。彼女からのメールだと、メロディで分かる。

  From: 月影ゆり
  Sub: Re:寝てたらゴメン
   玄関の鍵は開けてあるから、そ
   のまま入って頂戴。入ったら、
   中から鍵掛けといて。

「・・・今届いたわ。あーはいはい、鍵ね」
 私は鍵を掛けに、玄関に取って返した。美少女二人きりの家に鍵も掛けてないなんて、不用心だもんね。
  がちゃり
 サムターンを回すと、無機質な金属音がして鍵が掛かる。それ自体は普通のことなんだけど。
 外界をシャットアウトして、密室に彼女と二人きり。
 この音は、その合図。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・駄目駄目だめダメ。今日だけは駄目。
 邪なこと考えちゃ駄目よ私。相手は病人なんだから!
 鍵の音だけでドキドキするってどうなの私。パブロフの犬じゃあるまいし。
 私は首を横に振り、自分の頬をぺちぺちと叩いて、彼女の部屋へ戻るまでには何とか邪な考えを追い出した・・・と、思う。たぶん。
「で。具合、どう?」
 彼女の元へと戻った私は、ベッドサイドに置かれた椅子に腰を下ろしながら尋ねた。
「ん・・・朝はずっと寝てたし・・・昨夜よりは一寸だけ、楽になったかも」
 いつもよりずっとスローテンポで、彼女は答える。普段高性能で回転が速いだけに、それだけで随分と印象が変わる。なんていうか―――可愛い?
 や、ゆりは一年365日24時間いつでも可愛いけど。
 いつものシャープさや隙の無さが鳴りを潜めて、可愛さが普段の三割り増し、みたいな。
「水分取ってる?」
「・・・そういえば、あまり取ってないかも。さっき薬飲んだくらい?」
 ほほう、それはそれは。買ってきた甲斐があるってものだわ。
「じゃ。飲んどく?」
 私は先刻机の上に置いたコンビニ袋からボトルを一本取り出し、彼女の前に差し出す。『発汗時の水分補給に最適』な、いわゆるアイソトニック飲料。
「ん・・・ありがと」
 彼女はもそもそと体を起こし、ベッドの上に座り、纏わり付く長い髪をかき上げて、私の手からボトルを取った。
  ぷしっ
 小気味よい音がして、封が切れる。キャップを捻る動作がいつもより大きいのは、たぶん、熱の所為で手に力が入らないからだろう、と思う。ぼんやりとそんなことを考えながら、私は頬杖をついて、彼女がボトルを呷る様を眺める。
 彼女は一気にボトルの半分以上を飲み干して、大きく息をついた。
「いい飲みっぷり」
「・・・自分で思うより、随分渇いてたみたい」
 私が入れた茶々に、彼女は小さく笑って答える。
「あと二本あるし、全部飲んじゃえば?」
 彼女は小さく頷いて、残り少なくなったボトルを呷った。テーラーカラーのパジャマの、大きく開いた襟から覗く白い喉が、こくこくと鳴る。
「・・・ありがと」
 私が空になったボトルを取り上げると、彼女は再び横になった。
 そして、無理な姿勢で机に向かって手を伸ばし、何かを探る。
「何?」
「・・・体温計」
 惜しい。あと十センチこっち側だったね。
「取ってから横になればよかったのに」
 私が体温計を取って手渡すと、
「・・・横になってから思い出したのよ」
 彼女は跋が悪そうに毛布に顔を半分埋め、上目遣いでこちらを見る。
 ・・・うわ。
 可愛い。
 ちょっと弱ってるとこがまた、いい。
 風邪菌グッジョブ!
 私がクラクラしている間に、彼女は検温を済ませて体温計を取り出した。
「どう?」
「・・・三十八度二分」
 ぴ、と小さな音がして、体温計の電源が落ちる。
「結構あるね」
 私は彼女からそれを受け取って、机の上に戻した。
「辛い?」
「・・・それほどでもないわ」
 峠は越えたから、と言う彼女の額にかかる髪を指先で払い、掌を当てる。
「ももかの手・・・冷たくて気持ちいい」
 彼女は目を閉じて、か細い声でそう言った。
「そんなこと言われたの、初めてかも。別に、冷え性とかじゃないし、私。ゆりが熱いからじゃない?」
「そうね・・・ただの、比較の問題、だけど」
 何が可笑しいのか、彼女は目を閉じたまま、口を綻ばせる。
 私は彼女の額に当てた掌を頬へと滑らせた。
「ま、気持ちいいっていうなら、いくらでもお触りしますけど?」
 もう片方の手も添えて、両手で彼女の頬を包み込む。
「ん・・・」
 無意識なのか、彼女は甘えるように、私の掌に頬を擦り寄せる。
 それだけで、私の脳みそを沸騰させるには十分、なのに。
「・・・けど。それって、ももかの手だから、かも」
 そんなことを言うから。
「っ―――」
 駄目。
「・・・それなら」
 もう、これは、ちょっと、
「もっと、冷やしてあげよっか」
 どうしようもない。
 私は、椅子から立ち上がり、彼女のベッドの端へ腰を下ろした。
「・・・ね?」
 頬に添えた右手を、首筋へ、するりと撫でるように滑らせる。
 首筋から、パジャマの襟の下、肩から、鎖骨へ。
「も・・・っん―――」
 私の下心に気付いた彼女が口を開くより先に、私はその唇を塞ぐ。
 熱くて、乾いて、少し荒れた唇を、濡れた舌で潤すように、丁寧に舐めて。
「ん、っく・・・」
 口の中が、いつもより、確かに、熱い。
 彼女の両手が、私の肩を押し戻そうとする。そう強い力ではなかったけれど、私は敢えて逆らわずに、唇を解いた。
「・・・駄目よ」
 気怠さを含んだ声で、彼女は私を咎める。
「風邪が、移るわ。・・・そうなったら、たくさんの人が、困るでしょ」
 そんな潤んだ瞳で、途切れ途切れに、喘ぐように言われても、余計にそそられるだけなのに。
「大丈夫。馬鹿は風邪、ひかないから」
 鼻先が触れる距離で、私。
「またそんな、非科学的なこと言って」
「否定するとこ、そこ? 『馬鹿』のとこじゃなくて」
 指先で、揶揄うように、彼女の鎖骨をなぞる。
「・・・馬鹿で結構です。病人相手に欲情する人なんて」
 彼女はそう言って、私を睨め付ける、けど。
「ゆりが先に言ったんじゃん?『ももかの手が気持ちいい』って」
 ぶっちゃけ、全然嫌がってないよね?
「っ、それは―――っ」
 言い淀んだ隙に、もう一度、口付ける。
 ―――今度は、もっと、濃厚に。
「・・・っ、ん・・・」
 戸惑う舌を捉え、ゆっくりと、舐め上げ、絡め取り。
 粘るような水音の合間に、荒い息をする。
 頬に感じる彼女の吐息が、掌に吸い付くような彼女の素肌が、熱い。
「私の平熱って、さ。三十六度五分くらい、なんだよね」
 私は、制服のリボンタイを解いた。襟元から引き抜けば、しゅる、と、いかにもナイロンぽい衣擦れの音がする。
「だから。抱いたらきっと、気持ちいいと思うよ?」
 ホックを外し、下ろしたスカートを、足先で蹴飛ばすように脱ぎ散らし。
「・・・皺になるわよ」
「あとでアイロン貸して」
 カッターシャツは、後ろ手に、床へ落として、
 毛布をめくり、ベッドの中へ滑り込む。
 体を重ね、彼女の顔を覗き込んで、一瞬視線を絡め。
 急かされるように、キスをする。
 彼女の舌を、自分のそれで転がすように絡めれば、彼女の両腕が私の背を抱いた。首の後ろを、彼女の熱い掌が撫でる。
 ―――ほら。
 何だかんだ言って、ゆりだってスイッチ入ってんじゃん。
 私は、彼女のパジャマのボタンを外し、胸元から脇腹へ、するりと右の掌を滑らせた。
 彼女が、小さく身を捩る。
「冷たかった?」
「・・・ん」
 掌が、彼女の熱を吸う。
「もっと―――気持ちよくして、あげるから」
 耳元で囁いて、私はまだ身に着けていたインナーキャミとブラを脱いで、毛布の外へ放り出した。毛布を被ってもぞもぞと動いている様は、傍から見たら滑稽だろう、と思いつつ、ついでに彼女のパジャマも剥いて放り出す。
 それにしても。
 ベッドの周りに何もかも脱ぎ散らして、なんて、ドラマや映画の中だけのことだと思ってたけど、まさか、自分で実際にやるとはね。
 抱き締めて、ぎゅっと素肌を密着させれば、全身が彼女の熱を感じる。
 私の耳元で、微かな吐息が彼女の口から漏れた。
「どう?」
「ん・・・」
「『ん』じゃ分かんない」
「ももか。そんなに、私の口から『気持ちいい』って言わせたい?」
 顔を覗き込めば、呆れたように眉を顰めて、彼女。
「あ。バレた?」
 流石ゆり。私のこと、よく分かってらっしゃいますね。
「ん、でも、体は正直だよね・・・ほら、ここ、勃ってるし」
 私は固く尖り始めた彼女の胸の先端を、きゅっと摘んだ。
「っ! ・・・それは、ももかが冷たいから―――」
 彼女の抗議をキスで封じ込め、固く結んだ実を、指先で転がし続ける。痛みと快感の、微妙な境界線を辿るように刺激を繰り返せば、重ねた唇の奥で彼女の喉が鳴った。
「冷たい、から・・・気持ちいい、でしょ?」
 囁いて、耳朶を甘く食めば、彼女の口から吐息が漏れ、白い首が悩ましげにしなる。
 その首筋につ、と舌を這わせると、感じられるのは熱さと、微かな汗の味。
「はっ―――」
 鎖骨を跳び越え、もう一方の先端を口に含んだ瞬間、抑えきれなかった嬌声が漏れる。
「っ、んっ―――」
 軽く歯を立て、或いは強く吸い、或いは舌で転がす、その度に、彼女は喉を鳴らした。次第に高まっていく快感に、無意識に膝を擦り合わせるように足掻きはじめる。いつもよりも随分苦しげな息遣いに、ふと彼女が病人であることを思い出し、あまり焦らし続けるのは悪い気がして。
 舌を、胸の頂から谷間を伝い、下へ向かって這わせたら。
「―――待っ、駄目っ! それより下は絶対駄目っ!」
 彼女の激しい抵抗に遭遇した。
「っ、何・・・いたたたた!」
 どさくさに紛れて髪を引っ張られて、一寸っていうか、かなり痛い。
「ちょ、酷くない!? ここまで来てお預けとか―――っ―――」
 そこまで言って覗き込んだ彼女の顔は、元々の熱と羞恥で首まで真っ赤に染まっていた。口で荒い息をしながら、見上げる潤んだ瞳。
 ・・・興が醒めるどころか、煽られてるとしか思えないんですけど!
「―――ゆり?」
 ゆっくりと名前を呼べば、彼女は恥じらうように、顔を横に背けた。
「何が・・・駄目、なの?」
 横を向いた彼女の頬に自分の顔を寄せて、答えを待つ。
「・・・その・・・」
 彼女はおずおずと、口を開いた。
「・・・昨夜から、ずっと寝込んでて・・・お風呂に、入ってないし・・・」
 最後の方は、消え入るような声で。
「・・・・・・ああ」
 えっと、その。
 つまり、あれだ。
 そういうこと、よ、ね?
「・・・私は、気にしないけど?」
 私は、真っ赤になってそっぽを向いた彼女の頬に唇を寄せて言った。
「私は気にするわ」
 そう言って、横顔で、視線だけをじろりと私に投げる彼女。
「むしろ私はウエルカムなんだけど」
「っ・・・それでも、駄目」
 ちょっと怒ったような表情は、恥ずかしいときの彼女の癖。
 ・・・うわ。その顔で『駄目』って。
 超可愛い!
「だめ?」
「駄目」
「ほんとに、だめ?」
「本当に、駄目」
 『駄目』って言わせてみたくて、ちょっと会話を引き延ばしてみる。
「どうしても?」
「どうしても」
「・・・じゃあ、さ。口じゃなかったらOK?」
「っ―――」
 彼女は言葉に詰った。ノーと即答できない時点で、彼女の答えはきっと、イエス。
「だって。こんな中途半端じゃ、終われないでしょ?」
 私は、彼女の耳元で囁いて、
「私は・・・無理」
 横を向いたままの彼女の赤い頬に、目尻に、唇の端に。こっちを向いて、と懇願するように、そっとキスを落とし。
「だって。それでなくても、ゆりのこと、好きで、好きで、馬鹿みたいに好きで。いつだって、欲しくて仕方ないのに」
 ―――こんなところでお預けとか、欲求不満で死んじゃう。
 そう言って、素肌の胸を彼女のそれに押し当て、彼女の首筋に顔を埋めた。
「・・・大袈裟ね」
 彼女は小さく溜息をつき、湿り気を帯びた声でそう言って、片手で私の肩を抱く。
 そして、もう片掌で、私の腰から背筋をするりと撫で上げた。
「っ―――」
 不意打ちに、甘い疼きが背中を這い上がり、私の脳を一瞬で痺れさせる。
 そうなると、体はもう、勝手に動き出す。
 もう、今日何度目かのキス。今までのどのキスよりも性急に、深く、貪る。少し乱れた彼女の髪に指を挿し入れ、頭を掻き抱くようにしてもっと激しく求めれば、彼女は私の肩を抱いて、縋った。
「―――っ、ふ―――」
 水の中で息継ぎをするように口で大きな息をして、舌を首筋から鎖骨へと這わせ、一足飛びに、彼女の胸の先へとしゃぶりつけば、
「はっ―――」
 彼女の体が小さくしなった。
 痛々しいほどに張り詰めたそれに、私の舌が柔らかく、微妙な刺激を与えるほどに、彼女の肩が、腕が小さく震える。
 胸への刺激はそのままに、私は空いた掌で彼女の肌を撫でた。肉の薄い脇腹から、腰を探り、太腿へ。手を這わせ、彼女の体に唯一残った邪魔な“着衣”を剥ぎ取る。
 我ながら、器用なもんだと思う。・・・女子高生の持つスキルとしては、一寸規格外だと思うけど。
 脚を絡ませ、いよいよ、というところで、いきなり目指す場所に手を伸ばしたりはせず、内腿を撫で上げ、腰骨を指で辿り、焦らすように、遊ぶ。
 は、と小さな声が漏れ、彼女の脚が、もどかしげに私の脚を挟んだ。
 ―――そろそろ。
 指を秘所へと潜り込ませれば、そこはもう熱く溶けていて。
「っ、く・・・・・・は」
 彼女が一瞬、身を固くする。
 蜜壺の入り口を軽く掻き、湿った指先で花弁の一枚一枚を丁寧に撫でる。そんなことを繰り返しながら、次第に深く沈めてゆけば、彼女の中のとてつもない熱さに、ほんの一瞬、罪悪感が胸を過ぎる。
 ・・・ごめん。そういえば、病人だったね。
「あっ―――!」
 やがて私の指先は、彼女の欲望の在処を正確に探り当て。
 執拗に愛撫を繰り返せば、彼女は両手で私の頭を掻き抱く。
「んっ・・・もっ、もか・・・っ―――」
 乱れた呼吸に混ざる彼女の声が、上擦った。
 欲望の在処は、蜜壺の外に、もう一箇所。
 花弁の中に隠れた芽に、残った指で、軽く触れる。
「っ!」
 彼女の体が、鞭のようにしなった。
「っは、も、んあ・・・」
 私の首をぎゅっと抱いて、いつになく素直に声を上げる彼女。素肌に巻き付いた腕が、熱い。
「く、っふ・・・ぁ」
 息がもう、上がっている。
 それもこれも、熱のせい?
『馬鹿で結構です。病人相手に欲情する人なんて』
 先刻の、彼女の台詞を思い出す。
 ―――ほんと、馬鹿だよね。私。
「・・・ゆり」
 私は、責め立てる手を緩め、彼女の顔を覗き込んだ。
 乱れ、汗で額に貼り付いた髪を、空いた手で梳く。
「・・・ももか・・・?」
 彼女は早くなった呼吸を整えながら、熱っぽく潤んだ瞳で見上げ、私の名を呼んだ。少し掠れた声は、囁きに似て、蕩けそうな甘さと気怠さを含んでいる。それでも、唇を甘く食み、丁寧に口付ければ、彼女はちゃんと応えてくれた。
「・・・好き」
「・・・・・・ん」
 ほんとうは、知っている。
 この素っ気ない返事が、自分の気持ちを表現することが下手な彼女の、最上級の肯定であること。
 彼女がこういう返事をする時は、甘えている時だということ。
 そして、彼女がこういう返事をする相手は、たぶん私だけ、ということ。
「―――だから」
 私は再び、彼女の中に入れた指をくねらせた。
 ゆっくり、優しく、それでいてしっかりと、敏感な部分に触れるように。
「んっ・・・・・・ぁ」
 彼女の体が、再び波を打ち始める。
「・・・ん、ぁ、はっ」
 ―――あなたが、欲しい。
 愛しくて、可愛くて、たまらない。
 触れあいたい。融けあいたい。ひとつになりたい。
 ややこしいことなんて、何も考えてない、考えられない。
 ただ。
 馬鹿の一つ覚えのように―――あなたが、欲しい。
「もも、か・・・ぁ!」
 私は夢中で彼女を貪る。
 この手が与えられる、あらん限りの快感を与えて。
 彼女が疲れ果て、シーツの海に沈むまで。

*     *     *

「ただいま」
 玄関の鉄扉が開く音がして、彼女によく似た声と、スーパーのビニール袋のかさかさという音が聞こえてくる。
「お帰りなさい。お邪魔してます」
「あら、ももかちゃん・・・?」
 私が挨拶をすると、小母様は一拍置いて、そして首を傾げた。
 私が居た場所は洗濯場で、私の後ろからは洗濯機の回る音。
「すみません。勝手に洗濯機回してます」
 回っているのは、彼女のシーツとパジャマ。
「お見舞いにスポーツドリンク持ってきたんですけど、彼女、飲んでる途中で咳き込んじゃって」
 我ながら、完璧な言い訳。
 ゆりの面影を持つ人を騙すのは、一寸胸が痛むけれど。
「まあ・・・ごめんなさいね、ほんとに」
 小母様は恐縮した様子でそう言った。
 そんな顔をされると、ますます胸が痛む。
「いえ、私こそ。差し出がましいかな、とも思ったんですけど、やっぱり染みにならないうちに、と思って」
「でも、悪いわ。あとは私が」
「いえ。もうすぐ終わりますから」
 実際、今の工程は、最後ののりづけ。あと二分ほど回して、軽く脱水すれば洗濯は終了する。
「いつも助けて貰ってばかりだから、こんな時くらいお返しさせて下さい」
 これは、本心。
「そう? ・・・じゃあ、お願いするわね」
 私の言葉に小母様はそう答えて、買い物袋をキッチンに置き、ゆりの様子を見に彼女の部屋へと向かった。


「ゆりー?」
 洗濯物を干す作業は自分がやるから、と小母様に取り上げられてしまったので、私は暇乞いに、再び彼女の部屋を訪ねた。
「・・・ん」
 洗い替えのパジャマに身を包んだ彼女は、毛布の中で寝返りを打って私を見る。
「具合、どう? 熱は?」
「・・・下がってる訳ないでしょ」
 呆れたように、彼女。
「・・・左様です。ごめんなさい」
 愚問でしたね、はい。
「じゃ、そろそろ帰るね」
「・・・ん」
 柔らかく笑んだ彼女の額にキスを一つ落として、私は立ち上がった。
「・・・あ、そうそう。そういえば」
 そうして立ち去りかけて、ふと言い忘れていることがあるのを思い出し、再び彼女の枕元に屈み込んだ。
「何?」
「あのね・・・」
 尋ねる彼女の耳元に唇を寄せて。
「『うっかり、シーツと一緒にパジャマにものりづけしちゃった。固すぎて乳首とか擦れて痛くなったら舐めてあげるから、そのときは言って?』」
 そう耳打ちをしたら、
「・・・!」
 枕で殴られた。
 顔面を、それも全力で。
「ちょ、暴力はんたーい!」
 私は慌てて、彼女のリーチの外に避難する。
「もう、呆れた!・・・その下品なジョーク、貴女のファンの子たちに聞かせてやりたいわ、まったく」
 彼女は額に手を当て、そう言って盛大に溜息をついた。
「それだけ元気なら、月曜には学校来れるね」
「・・・そうね」
「明日は私、仕事だから」
「そう。・・・じゃあ、月曜に、学校で」
 仕事頑張って、という言葉に送られて、私が彼女の部屋を出ようとしたとき。
「ももか」
 彼女に呼び止められた。
「ん?」
 私が振り返ると、
「いろいろ・・・ありがとう」
 彼女はそう言って、微笑んだ。
「パジャマののりづけとか?」
「それは違うから」
 私が混ぜ返すと、〇・五秒で否定された。


 彼女の家を出ると、もう陽は西にずいぶん傾いて、夜の帳が降りようとしていた。
 うん、ゆり分補給完了。明日もまた頑張れそう!
 ・・・って。一体誰のためのお見舞いなんだか。
 自分で自分にツッコミを入れつつ、団地の階段を降りる。
 ゆりが、好き。
 ゆりを好きでしょうがない、馬鹿な自分も、結構好き。
 それって、幸せなことなのかもしれない。
 我ながらお目出度いな、と思いながら、私は家路を急いだ。

  

《fin.》

  


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