ごちそうさま。


「ただいまー!」
「「「「こんにちはー」」」」
 木枠とガラスの引き戸が開き、七色が丘中学の制服姿の少女たちが四人、「お好み焼きあかね」の看板娘に連れられ、暖簾をくぐって姿を現した。
「おうっ、いらっしゃい!」
 ねじり鉢巻をした店主が、威勢のいい声で迎える。
 時刻は午後四時前。昼食には遅すぎ、夕食には早すぎ。店内は閑散としていて、わずかに二人ほどが食事をしているだけだった。
「今日はお好み中級者コースにチャレンジや。みんな、ここ座ってや!」
 店の屋号と同じ名前の看板娘はそう言って、人数分のおしぼりと鏝(こて)を鉄板の縁に置いた。
「わあ。鉄板で食べるの、私初めて!」
 目を輝かせて、やよい。
「あたしも初めてだよ。テレビとかではよく見るけどね、こういうの」
 なおもそう言って、鉄板の傍の丸椅子に腰を下ろす。少し戸惑い気味のみゆきとれいかも、それに倣って腰を下ろした。
「ねえねえ、これで食べるんだよね?」
 やよいは前に置かれた小さな鏝を手に取った。いつもあかねがお好み焼きを焼く時に使う鏝の、ミニチュア版のようなものである。
「せや! 鉄板で、鏝で食べるのが粋っちゅうもんや。どうしてもあかんかったら箸でもええけどな」
 四人分のお好み焼きの材料を手際よくボウルに整えながら、あかね。
「鉄板から直に、では、熱くはないのですか?」
 首を傾げて、れいか。
「ん、この鉄板はな、場所によって温度が変えられるようになっとるんや。せやから、こっち側はこの通り」
 あかねはそう言って、使い込まれて刷毛の部分がちびてしまった油引きを鉄板の上に走らせると、その上に一気に四人分の生地を落とした。じゅうっ、という音がして、湯気がわぁっと立ち上る。
「アッツアツやけど、そっち側はそうでもないねん。もちろん触ったら火傷するくらいには熱いけどな。ま、ハンバーグが乗っかってる鉄の皿みたいなもんや」
 へーぇ、と感心する四人の目の前で、あかねは両手に持った鏝をきんきんと打ち鳴らしながら、早業で生地の形を丸く整えてゆく。
 頃合いをみて、くるりとひっくり返し。
「「「「おおーっ」」」」
 小さな四つ穴のあいたボトルでソースをかければ、音も匂いも香ばしく。
「「「「おおーっ」」」」
 同じく、小さな四つ穴のあいたボトルで、マヨネーズをふれば、色も明るく華やかに。
「「「「おおーっ」」」」
 青海苔がさらに彩りを添え、
「「「「おおーっ」」」」
 仕上げの鰹節が、ゆらゆらと揺れる。
「「「「おおー」」」」
「ほいっ、おまっとぉーさん!」
 そうして焼き上げられたお好み焼きを、二本の鏝で持ち上げて、鉄板の上をするりと滑らせるように各人の前に差し出せば。
「「「「おおおおおおーっ!」」」」
 少女たちのテンションは最高潮、なぜか拍手まで沸き起こる。
「「「「いただきまーす!」」」」
 四人は一斉にぱんっ、と合掌し、いただきます、を合唱し、
「……えっ、と」
「ところで」
「これって、さ……」
「どうやって食べればよいのでしょうか」
 鏝を手に取ったところで、固まった。
「あ、そっか。みんな、鏝で食べるのん初めてやったな」
 あかねは鉄板の向こう側から客席の方に出てくると、みゆきの後ろに立った。
「ええかー、みんな、よう見ときや? まず、鏝の持ち方やけど」
 そして、みゆきの右手に鏝を逆手に握らせ、
「こうやって、しっかり持ってな」
 その手を自分の右手で、上からしっかり握ると、お好み焼きの端から三センチほどのところに鏝の刃を突き立てた。
「食べやすい大きさに切るんや。鉄板はそう簡単に傷つかへんから、ぎゅっと力入れてな」
 そして、本体から切り離したお好み焼きの欠片を、みゆきの手ごと握った鏝で、さらに小さく、一口サイズに切る。
「そしたら、こうやって、鏝を持ち替えて」
 言ってあかねはみゆきの手を一旦放し、逆手に握っていた鏝を今度は箸を持つような形に持ち替えさせ、
「これで掬うんやけど。そん時、こんな風に」
 再びみゆきの手を包み込むように自分の手を添えると、鉄板の上でさっと素早く鏝を動かして、一口大のお好み焼きの欠片の下に刃を滑り込ませた。
「鏝の真ん中やのぅて、こっち側の角っこに乗せたら、食べやすいんや」

 そして、みゆきの手ごと鏝を顔の前まで持ち上げて。
「アッツアツやから、よう冷ましてな」
 みゆきの左の肩越しに、頬を寄せるように顔を乗り出して、ふーふーと息を吹きかけ、
「ほれみゆき、あーん」
 お好み焼きの欠片を彼女の口元に差し出せば。
「あー」
 みゆきはぱくり、と食いついて、
「あふあふっ……んー、おいひい!」
 そう言って、破顔した。
「せやろ?」
 あかねが満足げに笑って、残りの面々を見渡せば。
「……どや、みんな、分かったかー……」
 皆の眼差しが酷く生温かい。
 しまった、とあかねは思ったが、時既に遅し。
「あー……うん、よく、わかったよ? いろいろ」
 苦笑しながら、やよいが言い、
「ええ……なんと申しますか」
 困ったように、れいかが言い、
「あー、その、なんてゆーか……ごちそうさま」
 呆れたように、なおがそう言った。
「まっ……まだ食べてへんのにごちそうさまとか言うなー!」
 顔を真っ赤にして怒るあかねに、
「そうだよ! あかねちゃんのお好み焼き、すごく美味しいのに。勿体ないよ?」
 みゆきから、とんちんかんな援護射撃が飛んできて。
「……あつあつだね」
「ええ。熱々ですね」
「ほんっと。アツアツだ」
「だぁっ! つべこべ言わんと皆はよ食え!」
 撃沈寸前の、あかねであった。



《fin.》

  


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