ポケットの中の勇気
事は、クリスマスパーティのさなかに掛かってきた一本の電話に端を発し。
「大事なことなら、今すぐに伝えに行きましょう!」
ーーー悩むのはその後にしましょう、と。
両親に対する裏切りの罪の呵責に苦しむみなみの背中を押したのは、はるかだった。
兄に頼んで迎えの車を手配してから、ゼツボーグを倒し、シャットを退け、ホープキングダムに飛び、城を目覚めさせ、海を蘇らせ。
やたらと盛り沢山な横槍が入ったが、みなみは急いで自室に戻ると、私服に着替え、荷造りをし、迎えが到着するまでに何とか帰省の支度を整えて、寮の玄関ホールへと出てきた。
階上からはまだ、クリスマスの宴の音が聞こえてくる。
「……はるか?」
電話台の横に立っていたはるかは、みなみの姿を見つけると、主人を出迎える子犬のように全身をそばだてた。
「会場に戻っていて、って、言ったでしょう。ここは寒いわ」
「はい。でも、どうしても、お見送りがしたくて……あっ、寒いのはへっちゃらですから!」
大丈夫です、と、拳を握りしめ、ガッツポーズを作って見せるはるか。
「……ありがとう」
そう言って微笑むみなみの、声にも微笑にも、普段の凛々しさが鳴りを潜めているように見えて、
「みなみさん!」
その手を、はるかは両手でぎゅっと握りしめた。
「大丈夫、です。ぜったい」
突然のことに驚くみなみの、冷え切った手を包み込んで。
「伝わるはずです、みなみさんの気持ち。それで、ご両親も、きっと応援してくれるはずです。みなみさんの、新しい夢。だってーーー」
その手を、暖めるように。
「みなみさんの、ご両親なんですから!」
魂の熱を、伝えるように。
「って。えっと、なんか、うまく言えないです、けど」
「……大丈夫。とてもよく、伝わったわ」
ありがとう、と。
答えて微笑むみなみの、表情にも、はるかの手を握り返すその手にも、力が宿る。
それを見て、はるかもふわりと微笑んだ。
「……ねえ、はるか」
みなみは深い呼吸をひとつして、はるかの顔を見た。
「一つ、お願いしても、いいかしら」
「? はいっ、私にできることなら!」
身を乗り出すようにして答えるはるか。その仕草に、くすり、とみなみが笑う。
「はるかの持っているものを、何でもいいから一つ、貸してくれるかしら」
「え? っ、と……」
「何でもいいの。ハンカチでも、消しゴムでも」
みなみの意図をわかりかね、首を傾げるはるか。その仕草に、またみなみの口元が綻ぶ。
「お守り、みたいなものかしら。それを持っていれば、勇気が湧いて、頑張れそうな気がするの。はるかが、側で支えていてくれる気がして」
そこまで聞いてはるかは、ああ、と、合点が行ったように頷いた。くるくると変わる表情に、みなみは愛おしげに目を細める。
「そういうことなら……これを! 持ってってください!」
はるかはそう言って、自分の前髪に挿していた髪留めを外すと、みなみの眼前に差し出した。
花を象った、ピンク色の髪留め。
「! それは……駄目よ。そんな大事な物、借りられないわ」
みなみは驚いて、慌てて首を横に振った。
はるかが母から貰ったという、手作りの髪留め。幼い頃の思い出と、今に繋がる夢の詰まった、彼女にとってとても大事な品だと聞いている。
「大事なものだから」
はるかは、逡巡するみなみの手を取ると、
「みなみさんに、持っていてほしいんです。……ほんとは、私がついていきたいんですけど、それはできない、から」
ーーー私の代わりに、連れて行ってください。
そう言って、花の髪留めをその掌に載せた。
「……ありがとう」
みなみはその華奢な指で包むように髪留めを握り、ダッフルコートの胸元に押し当て。
「その気持ちに、甘えさせてもらうわ。……ありがとう」
とても心強いわ、と。
囁くように言って、少しだけ低い位置にあるはるかの顔を見つめた。
creak-creak-creak-creak
と、木造の階段が軋む音がして。
「みなみーん……っと、」
少し高いところから、きららの声が降ってくる。そちらに目を遣れば、傍らにはトワの姿もあった。
「そろそろ、お迎えが来る頃だと思いまして」
「お見送りしよっかなー、って思って来てみたんだけど。もしかして、お邪魔だったかな?」
にしし、と悪戯っ子のようにきららが笑う。
「いいえ?」
問題ないわ、と、答えてみなみも笑う。ふふん、といった風の、不敵な笑みで。
はるかは、意味が今一つ飲み込めていない風できょとんとしている。
hong-hong
「……兄だわ」
玄関の外で、遠慮がちに鳴る車のクラクション。それを合図に、みなみは床からボストンバッグを拾い上げると、皆の顔をぐるりと見渡し。
「それじゃあ、行くわね。……ありがとう、みんな」
告げて、踵を返し、玄関の扉を開けた。
みなみの兄は、車の外で彼女を待っていた。
「ごめんなさい、お兄さま。急に迎えに来て欲しいだなんて」
「いーや。他ならぬ妹姫の頼みとあらば、どこまでもお迎えに上がりますとも」
彼は慣れた手つきで妹の手からボストンバッグを引き取ると、車のトランクに収め、戯けたように、そう言った。
「もう……」
お兄さまったら、と、肩をすくめるみなみは、兄のエスコートで助手席のシートへと座る。
「いやいや、本当だよ?」
海藤家の長男は、助手席のドアを閉めると、自分も運転席に乗り込み、シートベルトを締めた。
「最近のみなみは、学校が余程楽しいのか、僕にあまり構ってくれないからね。電話を貰った時は、一寸嬉しかったよ。昔は『お兄ちゃま、お兄ちゃま』って、僕の後をついてきてたのに」
「……大人って、どうしてみんな、昔のことを言いたがるのかしら」
嫌ね、と少し拗ねたように、みなみ。
「はは。ごめんごめん」
車が、ゆっくりと走り出す。
みなみは、この後に待ち受ける試練に思いを巡らしながら、右手をそっとコートのポケットに入れると、花の髪留めに触れた。
(ーーー大丈夫)
あの子が、いるから。
(勇気を出しなさい、海藤みなみ)
あの子の隣に、堂々と胸を張って、立っていられるように。
《fin.》
|