† 肩 †
飛鳥 圭
「きゃあっ！」
「志摩子さん！」
悲鳴と共に、鈍い音が聞こえた。
「！？」
その声と音に、薔薇の館の二階で何時もの様に書類と格闘していた、紅薔薇と黄薔薇の姉妹達は思わず顔を見合わせた。
ビスケット扉を開け、四人が階下を覗き込む。
「志摩子？」
「志摩子さん？」
全員がほぼ同時に声を上げたのは、無理も無い話だった。
一階のフロアには白い書類が散乱し、その中に白薔薇さまこと藤堂志摩子さんが倒れていたのだから。四人がその名を呼びながら階段を駆け降りた頃、彼女は傍らに居た妹、二条乃梨子の手を借りて漸く身体を起こしていた。
「志摩子さん。大丈夫？」
親友である祐巳さまと由乃さまが心配げに、覗き込んでくる。
「ええ、ごめんなさい。ちょっと、足を滑らして。でも、二、三段だったから平気よ。」
無理矢理に笑顔を作っているのが分かる。
「頭、打ってない？」
今度は黄薔薇さまこと支倉令さまが聞いてくる。その質問にはっきりと「大丈夫です。」と答える志摩子さん。
「そう、良かった。で、乃梨子ちゃんの方は？」
志摩子さんの身体を支える様に抱きかかえていた、彼女の妹にも問い掛ける。
「・・・私は、志摩・・お姉さまの後ろに居たので、大丈夫です。」
二人とも、二階のビスケット扉を開けるのですら苦労した位、両手一杯に書類を抱えていた。階段を降りる時に足元が見えなかったのは簡単に想像出来る。むしろ怪我をしなかった事に、全員が安堵した。
「でも、ほんと良かった。」
満面の笑みで、大袈裟に安心する祐巳さまにつられて、みんな笑った。
「お姉さま。」
何時もはクールと言われている乃梨子も笑みを浮かべその名を呼び、志摩子さんと共に立ち上がろうとした。が、
「ん・・・っ」
「志摩子さん？」
一瞬、志摩子さんの表情が歪み、気付いた乃梨子が声をかける。
「志摩子？」
祥子さまの問いかけを、誤魔化す様に視線を逸らす志摩子さんに、何かを感じたのか、令さまは、
「足、見せて。」
その一言だけ口にすると、志摩子さんの返事も聞かずに足首に触れた。まずは右足。次に左足に触れた時、志摩子さんの肩が、小さく跳ねた。
「捻った、みたいね。隠してもすぐに分かるよ。」
「・・・すみません。」
「迷惑かけたくないのなら、ちゃんと言う事。志摩子の悪い癖よ。・・・と、酷くはないみたいだけど、一応、保健室行った方がいいね。ちゃんと手当てしといた方がいいから。」
それから、心配そうに志摩子さんの傍らに居た乃梨子の方に視線を向け、
「ちょっと、無理かな・・・急いだ方がいいし。」
口の中で、ぶつぶつと何かを呟いていたが、やがて、
「志摩子、ちょっとゴメンね。乃梨子ちゃんも。」
令さまはそう言い、志摩子さんの左側に回り込むと、右手を志摩子さんの背中に、左手をスカート越しに膝の下に回し、軽々と抱き上げた。俗に言う「お姫様抱っこ」の形で。
「きゃっ」
志摩子さんの口から小さな悲鳴が上がる。
由乃さまは、一瞬むっとした表情をしたが、今、一番適切な行動なので何も言わない。祐巳さまに至っては、わぁって顔で見入っている。
「あ、あの・・」
「何？まさか、この足で歩いていくなんて、言うつもりじゃないよね。」
見透かした様な、令さまの言葉に志摩子さんは黙ってしまう。ここは薔薇の館で、保健室に行く為には中庭を横切り、校舎に向かわなければならない。
「で、でも、・・・重く・・・無いですか？」
「ああ、由乃より軽いから大丈夫。」
「令ちゃん！」
由乃さまの怒りに「冗談だよ。」と笑いながら、
「乃梨子ちゃん、ドア、開けてくれる？」
「え、あ、はい。」
我に返った乃梨子は、志摩子さんのスカートの乱れを軽く直してから、ドアに向かい開ける。こんな状況なのに志摩子さんに見惚れていた自分に呆れる。
「じゃあ令、乃梨子ちゃん。志摩子の事お願いね。片付けは、此方でしておくから。」
祥子さまのその言葉に心の中で感謝して、乃梨子は令さまに付いて薔薇の館を後にした。
今日は土曜日で、ついでに放課後と言う事で残っている生徒のほとんどが、部活動関係の生徒達だったが、その人影を見つけた時、皆一様に動きを止め視線を向けた。
始めは黄薔薇さまが、大きなアンティーク人形を抱きかかえて運んでいるとでも、思っていたのだろう。
しかし直ぐに、ミスターリリアンの称号を持つ黄薔薇さまの腕の中に抱かれているのが、人形でも、その妹の島津由乃さまでもなく、柔らかな巻き毛を持つ美しき白薔薇さまである事に気が付くと、感嘆の声に変わる。
志摩子さんは微かに頬を染め、令さまの襟元近くに顔を伏せている。そんな志摩子さんを綺麗だと思いながら、乃梨子は二人の後を黙ってついて行った。
「たいした事は無い様ね。明日は丁度、休みなんだから、大人しくしてなさい。」
養護の先生は、ベッドに座った志摩子さんの左足首に湿布を巻きながら言った。
「・・・はい。」
志摩子さんが小さな返事を返す。
令さまは、仕事が山積みだから後は乃梨子に任すと言って、薔薇の館に帰って行った。
「じゃあ、私も所用があるから、少し席を外すけど、藤堂さんの事をお願いして良い？」
先生が乃梨子に向かって問う。
「はい・・・」
「・・・乃梨子。どうしたの？」
さっきから俯いたまま、何も喋ろうとしない妹に問い掛ける。
先生が席を外した今、保健室には白薔薇姉妹の二人しかいない。
「何処か、怪我でもしたの？」
心配そうに乃梨子の顔を覗き込む志摩子さんに、ぶんぶんと首を横に振る。
「・・・唯の、自己嫌悪。
私も、黄薔薇さま位背が高くって、力があれば志摩子さんを運ぶ事が・・・
ううん、目の前でバランスを崩した志摩子さんを、後ろからでも助けられたのになって・・・ごめんね。頼りにならない妹で・・・」
階段を降りる時、すぐ後ろに居たのに何も出来なかった自分が、情けなくって腹が立って
落ち込む乃梨子に、志摩子さんは静かに口を開いた。
「あれは、私のミスだから、乃梨子が自分を責める事は無いわ。それに乃梨子が、令さま位背が高かったら、私が困るもの。」
「え？」
意味が解らない。と言う顔をしている乃梨子に、
「だって・・」
志摩子さんはベッドから降りようと身体を前に傾ける。乃梨子は慌てて自分の両手でその身体を支えるようにフォローに入る。
と、志摩子さんの両手が乃梨子を抱きしめ、その肩に顔を埋める。
「ほら、乃梨子の身長は、肩を借りるのに丁度いいの。」
「か・・た？」
「そう、令さまには悪いけど、すごく恥ずかしかったのよ。だから、運ばれている間中、乃梨子だったら良かったのにって、ずっと思っていたの。」
照れながら小さく笑う。
本当に、この人はいとも簡単に乃梨子を立ち直らせてくれる。
「ね、乃梨子。肩を貸してくれる？」
「うん。喜んで。」
志摩子さんにしか見せない笑顔で、乃梨子は答える。
「じゃあ、薔薇の館までお願いできる？」
「もちろん。」
微笑みながら、聞いてくる美しき姉の願いを断る理由は、何も無かった。
----了
◆ ◇ ◆
後書き
懲りずに新白です（笑）今回のテーマは「姫抱っこされる志摩子さん」の筈（笑）でも、抱っこするのが乃梨子じゃないのがミソかも・・・
始めはずぶ濡れの乃梨子が志摩子さんをおんぶして雨の中を保健室に向かう。と言う話だったのに、姫抱っこされる志摩子さんを書いてみたいと思ったら、こんな話になりました。変だな私・・・オールキャストもいいですね。楽しい（笑）
でも、次は二人っきりで甘々イチャイチャしてる新白を目指す予定。ただ、今回の話は何故だか後日談がぽろぽろ浮かんで・・・って事で、オマケつきです（笑）
おまけ…
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