おまけ

  

「そろそろ終わりにしましょうか。」
「そうね。」
 紅薔薇さまの、時計を見ながらの問いかけは、黄薔薇さまの同意の言葉で、薔薇の館から緊張を消した。
「乃梨子ちゃん。カップ、私が片付けるね。」
 何時もの様にみんなの使ったカップを集める為に、席を立ち掛けると祐巳さまに止められた。
「そうそう、今日の乃梨子ちゃんは志摩子さん専属なんだから。」
 由乃さまも笑いながら、そう、言ってくれる。
「あ、ありがとうございます。」
 私はそう答えると、隣に座る姉と視線を合わせる。志摩子さんはほんの少し頬を染めて微笑み返してくれた。
 せっかくの好意なので、歩けない志摩子さんの片付けを手伝った。内容ごとに整理、ファイルされた書類を棚に運び、決められた場所に収める。もちろん他の薔薇様たちのファイルも運び、片付ける。
 その間にも片付けは進み、あんなに書類の山だった机の上は、十分後には仕上げとばかりに由乃さまが、何も無くなったテーブルを拭いて終了。祐巳さまの方も丁度、洗い物が終わったところらしかった。
 一段落して、視線を志摩子さんの方へ向けると、志摩子さんは椅子に座ったまま、さっきまで使っていた筆記用具を鞄にしまっていた。足元には少し大きめのバッグが置いてある。今日は、土曜日なので思った以上に荷物が多い。私は横目でそれを見ながら、一番大事な事を思い出した。
 それは、学校を出てからの事。
 志摩子さんの家は、意外に遠くてバス、電車、バスと乗り換えなきゃならない。どう考えても、一人で帰るのは無理がある。
「志摩子さん。私やっぱり、家まで送るよ。」
 私は姉の横に来て、小声で自分の案を口にした。しかし、
「駄目よ。乃梨子の家はウチとは反対方向だし、往復していたら2時間は掛かってしまうわ。」
 志摩子さんは吃驚した顔で、断ってくる。それも、私の事を心配して。
「だからって、ほっとけないよ。荷物だってあるんだし。」
「でも、そこまで乃梨子に迷惑を掛ける訳には・・・」
 こんな時でも志摩子さんは遠慮する。だからって、私もこのまま引く気は無い。
「あのさ、迷惑なんて思ってたら、最初から言わないよ。」
「・・・でも・・」
 まだ言ってる。
 このままじゃ埒が明かないので、私はさっさと切り札を使う事にした。
「志摩子さん!今度、『でも』って言ったら本当に、お姫様抱っこで家まで運ぶからね!」
 勿論私の腕力じゃ、そんな事出来ないのは十二分に分かりきってるから、唯のハッタリだったけど、志摩子さんはその場面を想像してしまったのか、真っ赤になって俯いてしまったので、勝手にOKだと解釈することにした。
「ほんと、どっちが姉だか分かんないわね。白薔薇さん家は。」
 いつの間にか声高になっていた私達のやり取りに、由乃さまが笑いながら茶々を入れてくるけれど、由乃さま・・・貴女にだけは言われたくありません。令さまも、つられて笑ってる場合じゃないと思うんですが・・・思わず、心の中で突っ込んでしまう。
 しかし、由乃さまが気付く訳は無く。
「ね、乃梨子ちゃん。そんなに心配なら、志摩子さん家に泊まっちゃえば?」
「え?」
 止めとばかりのとんでもない発言に、私と志摩子さんの声が重なる。従姉妹を「姉」に持つ彼女には「泊まる」と言う発想は当たり前の事らしい。
「そうね、それはいい考えね。」
 そしてそれに賛同したのは、何故か、祥子さま。
「さ、祥子さま?」
 またまた見事にシンクロ。祐巳さまが「へぇー」なんて言ってるけど、あえて無視。
「・・・あの、私の家に回っていたら、余計に時間が掛かると思うのですが。」
 さっき志摩子さんが反対方向と言った所だ。しかし、祥子さまは平然と、
「それなら大丈夫よ。松井に言って回らせるから。」
 と、仰った。
「・・・・・・え?」
 三度目のシンクロ。ステレオの疑問符に祥子さまは不思議な顔をして、
「どうしたの?私が、志摩子を車で送ると、言っておいた筈だけど?」
「・・・・聞いていませんけど・・・」
 志摩子さんが静かに反論した。すると、
「あ、祥子、それ二人が居ない時に決めたじゃない。」
 思い出した様に、令さまが口を開いた。どうも私達二人が保健室に居る間に、話が進んでいたらしい。
 なんだ・・・心配して損した。・・・いや、少し残念ではあるけど。
 祥子さまは、あら、そうだったかしら。なんて言ってる。そう言えば、祥子さまが何時もより時間を気にしていたのはその為か。とにかく、志摩子さんに負担が掛からないのなら、どんな方法でもいい。一緒に帰れなくなったけど、それは私の我侭だから。
「で、乃梨子ちゃんの方はどうするの?」
「? 何がですか?」
「着替えを、取りに帰るのでしょう?」
 祥子さまは呆れた顔で、こちらを見ている。え・・・あれ?
「その話は、もう終わったのでは?」
「?」
 え?何で全員が、不思議そうな顔で私を見るわけ?
「終わったって。志摩子さん家に泊まるんでしょ?」
 って、由乃さま。既に決定事項ですか?
「えええ、え、でも・・・お姉さまの都合だって・・・」
「ああ、志摩子はどうなの?」
「え、部屋は空いているので、大丈夫だとは思います。」
 ・・・志摩子さんまでつられて同意してどうするの。思った通り祥子さまは、
「志摩子は良いって言っているわよ。」
「・・・・本当に、良いんですか?お姉さま。」
「・・・乃梨子は嫌なの?」
 あ、ずるい。その聞き方は反則だ。
「嫌な訳、無い。・・・です。」
 隠していた本音をさらけ出す様で、恥ずかしかったけど、
「良かった。」
 私の返事に、志摩子さんがふわりと微笑む。
 何だか、周りにお膳立てされたみたいで、一寸癪だけど、志摩子さんの何処か嬉しそうな笑顔を見ていると、まあいいかと思えてくる。
「じゃあ、決まりね。乃梨子ちゃんもそれでいいわね。」
 祥子さまの言葉に「はい」と頷く。董子さんの事だから、ダメとは言わないだろう。それどころか、からかわれそうで少々怖い。
「乃梨子。肩、貸してくれる?」
「はい。」
 椅子から立ち上がろうとする志摩子さんに近付き肩を貸す。二人の荷物は、四人が手分けして持ってくれた。
 志摩子さんの家に行くのは初めてじゃないけど、何だか何時もと違うどきどきがある。どうしてだろうと思っていたら、耳元で、
「ありがとう、乃梨子。」
 囁く様な志摩子さんの声。うわ、余りに不意打ち過ぎて、顔が熱くなる。きっと真っ赤になってるだろう。
 そんな私を見ていたのか由乃さまが、とびっきりの笑顔で言った。
「乃梨子ちゃん。今回のお泊りレポートは月曜日提出ね。」
 ・・・・って、マジですか?それ。

  

----終わる。

  

ついでなので、↓おまけのおまけ(笑)

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

「ねえ、令ちゃん。聞きたい事があるの。」
「何?由乃。」
すっかり夜も更けた頃、ここは勿論、黄薔薇さまこと支倉令さまの部屋。隣に住む従姉妹の「妹」は何時もの様にベッドに腰掛け、机に向かって宿題をしていた「姉」に問い掛ける。
「志摩子さんと私、どっちが軽かった?」
「はあ?」
間の抜けた返事を返しつつ、令さまは椅子ごと身体を由乃さんの方へ向ける。
「お昼に志摩子さん抱っこしたじゃない。だったら分かるでしょ。」
「・・・・・・・・・・・」
また、ろくでもない事を・・・令さまが一つ溜め息を吐く。
「ねえ!どうなの?令ちゃん。」
「あー・・・・そうだね・・・」
少し考えて、口を開く。
「由乃の方が軽かったかな。」
「ホント?」
はち切れんばかりの笑顔を浮かべて聞き返す由乃さん。
「うん。あ、でも私、由乃が手術してから抱っこしてないからなあ・・・
 志摩子も慣れてないのか重心バランス悪かったし・・・」
「・・・・・・・・・・・・令ちゃん・・・」
いきなり機嫌の悪くなった妹に慌てるが、その理由が分からない。
「よ、由乃?」
「令ちゃんの・・・馬鹿_っ!」
静かな夜に由乃さんの怒号が響き渡った。

  

----今度こそ終わる。

  

◆    ◇    ◆

令祥書けなかった・・・