まったくもう・・・

nick

 

 誕生日だからといって、いつもと何かが違うという自覚はしていない。父親から届いたカサブランカも、白いドレスも、嬉しいけれど、欲しいものはこんなものじゃない。
「キャンセル?」
「あぁ、さっき電話があった」
「そう・・・」
 おじいちゃんは、残念そうに言ってくれるけれど、パパが食事をキャンセルするのも、今に始まったことじゃない。そう、誕生日なんて関係ないんだから。

きっと、このドレスは一度も袖を通さないで、クローゼットで眠ることになるのだろう。

「寂しいなんて、思っていないわ」
 自分に言い訳をする。何度誕生日を迎えても、本当に欲しい言葉も、欲しいものも、誰もくれなかった。誰も、レイの誕生日なんて知らないし、レイも言わないから。霊感を気味悪がられて、後ろ指を差され、なんとなく一人でいることに慣れて、その辛さを隠すために、強くなろうと心に決めて生きてきた。ママが死んだ、あのときからずっと。

「こんなことしている場合じゃないわ」
 感傷に浸るのは、もう卒業したはず。レイは服を着替えて、急いで神社の階段を下りた。放課後、なんとなく足を運ぶようになったクラウン。最初は使命感から。今は、小さな安らぎが待っているような気がする。

だけど。 

                          

クラウンの入り口には、大きなポスターが張ってあった。
「愛野美奈子・・・」
 人を騙して歌わせた、あのニヤッと笑う少女の顔。
「何よ。営業スマイルじゃないの?」
 誰も見ていなければ、ポスターを叩いてやりたい気分だ。レイは溜息を吐いて、秘密の部屋へと向かった。
「・・・・誰もいない」
 まさか、誕生日をお祝いしてくれるなんて、思っていなかったけれど。それでも、いつもみたいに仲間が笑顔で軽く手を振ってくれるだろうと、少しの笑みを用意していたレイは、中途半端に頬を引き攣らせたままだった。
「あなたなんて、要らないわよ」
 テーブルには、うさぎがどこかからもらってきたであろう、さっきと同じポスターがある。そして、置手紙。
「サイン会・・・」
 近くのCDショップで行われている、愛野美奈子のサイン会に、3人は出かけたらしい。
「今日、私の誕生日よ?」
 愚痴をこぼしても、誰も聞いてくれない。別に寂しくなんてない。一人には慣れているのだ。そう、別に寂しくなんてない。
「いいわよ、別に。お祝いして欲しいわけじゃないし」
 誰に言うでもなく呟いたレイは、ポスターを睨み付ける。
「何よ、愛野美奈子なんて」

  
 散った桜を踏みしめながら、なんとなく足はCDショップへと向かっていた。太陽が傾き始めている。きっと、うさぎたちは興奮しながらサインをしてもらって、すっかり舞い上がっているだろう。相手は、あの愛野美奈子。セーラーヴィーナスだとは知らずに。
「馬鹿みたい」
 たどり着いてしまったCDショップ。サイン会の時間は、もう終わっていた。別に、愛野美奈子に会いに来たわけじゃない。それなのに店員は、レイにサイン会の終了を伝えに来た。そんなにミーハーに見えるとでも言うのだろうか。
「冗談じゃないわよ」
 特設コーナーに設けられている、愛野美奈子のCD。回りに見知った人がいないのを確認して、さりげなく手に取る。別に、アイドルに興味があるわけじゃない。むしろ、嫌い。何度も自分に魔法を掛けるように言い聞かせているくせに、ジャケットを睨み付けたままでいる。若い女の子たちが、サイン会終了を聞いてがっかりしている声。レイは持っていたCDを棚に返そうと思っていたが、次々に売られてゆくのを間近に見ていると、なんとなく買わなければ出られない雰囲気になってしまい、いつの間にか、うさぎのように、黄色い声をあげる女の子たちに紛れて、レジに並んでいた。

「マーズ?」
 よりにもよって、一番聞きたくないCD。興味がなかったはずのアイドルのCDを買ってしまった自分が、嫌になる。今でもそうだ。嫌味な声が聞こえてくる。
「マーズ」
 背後から、肩に何かが触れた。振り返り、とっさに変身の構えを取る。
「なっ!・・・」
「まさか、あなたまでサイン会に来たの?」
 その人は紛れもなく、今、手に持っているCDのジャケットと同じ人。
「じょ、冗談言わないでよ!だ、誰があなたなんか・・・」
「それ、買ったんじゃないの?」
 帽子を深くかぶっている彼女の口元は、間違いなくニヤッと笑っている。思わず、CDを後ろ手に隠した。
「いいじゃない。きょっ・・興味はないわよ!店員に薦められたの。欲しくないのに」
「そう?よかったら、サインしてあげましょうか?」
「いらないわよ。誕生日にあなたのサインを欲しがるのは、うさぎくらいよ!」
 ついカッとなる。散々嫌味を言われて、恥ずかしい格好をして、歌まで歌わされたのだ。これくらい言っても、罰は当たらないだろう。
「マーズ、誕生日なの?」
「え?」
 帽子に隠れていた瞳が、じっと見つめてくる。
「誕生日なの?マーズ」

  
  ・・・・おめでとう、マーズ。誰よりも先に、あなたに伝えたかったの
  ありがとう・・・・ヴィーナス

  
 キュンと、胸に小さな痛みが走った。胸を燻るような不思議な痛み。
「あなた、今何か言った?」
「だから、誕生日なのかって」
 空耳だろうか。どこか懐かしい微笑み。懐かしい声。目の前の愛野美奈子は、ニヤッとは笑うけれど、仲間に微笑む姿なんて、見せてくれたことはないのに。
「・・・私が誕生日だと、あなたに関係あるわけ?」
 誰も祝ってくれない誕生日。毎年繰り返される誕生日。それが何だというのだろう。また、何か嫌味でも言うのだろうか。何を言われても言い返せるように、心の中でゴングを鳴らしてみる。
「別に。おめでとう、マーズ」

 ・・・・・・・今日、初めてお祝いの言葉をもらった人。あまり感情がこもっているようには聞こえなかったけれど。
 ・・・・・・・よりにもよって、愛野美奈子。こんなアイドルなんかに。

「え?あ・・・ありがとう、ヴィーナス」
 レイの唇が紡ぐ言葉は、思いのほか素直だった。ありえない人からもらった言葉。どうして、お礼など言ってしまったのだろう。
「営業時間は終わったけれど。サイン、してあげるわ」
「別に、あなたのサインが欲しくて買った訳じゃないわよ」
「プレゼントよ。いらないの?それとも、のど飴がいい?それとも、ドッグ・フード?」
 美奈子に聞こえるように、思いっきり深い溜息を吐いて、レイはCDを差し出した。美奈子は、いつものニヤッとした笑みを浮かべて、ペンを鞄から取り出している。何か嫌味を言ってやりたいのに、いい言葉が思いつきそうにない。
「言っておくけれど、あなたのファンじゃないわよ」
「わかっているわ」
 困った様子もなく、即答されてしまった。
「あくまで、ヴィーナスからもらうものよ。だいたい、買ったのは私なんだから。プレゼントじゃないでしょう?」
「相変わらずね、マーズ」

 勝者、ヴィーナス。
 どんなにがんばって嫌味を言ってみても、所詮、この人には勝てるはずがないのだ。
「そ、そんなことより、いい加減に私たちと行動したらどうなの?」
 サインを書き終えたCDを、あわてて取り上げた。なんだか、心臓の動きが活発になってきている。きっと、腹立たしさのせいに違いない。
「言ったでしょう?私には、私のやり方があるの」
「何よ?歌を歌う暇はあるくせに」
「関係ないわ。それじゃぁね」
 美奈子は帽子を深くかぶりなおして、待たせてあった車に乗り込んだ。
「何よ、馬鹿・・・・欲しくないわよ、こんなもの」

“Happy Birthday To Rei”

「名前を知っているのなら、マーズだなんて呼ばないでよ」
 サインに添えられたメッセージを読んだレイは、走り去った車を見つめて、小さく呟いた。

 

まったくもう・・・−−−終

それから・・・

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