4人の86時間

<14>

「ここにおられる皆さんが今後とも変わらぬ友情と信頼をお互い持っていけますよう祈念して、乾杯したいと思います。ではご唱和下さい。カンパーイ。」
「カンパーイ。」
 
 中央の席についている衛の音頭でにぎやかに夕食が始まった。
 1階のダイニングルームには、テーブルがそれまでより一つ多くつなげられ、その上には、大皿に盛られたサラダ、パン、それに各人の前にビーフシチューが入ったスープ皿が配膳されてる。
 また、中央に座っている衛の前には、枝豆とビールが特別に置かれている。
 
「シチューは速攻で作ったから、味がしみてるかちょっと心配なんだけど・・。でも、明日の昼も兼用でたくさん作ったから、良かったらたくさん食べて下さい。」
「いや、これおいしいよほんと。なかなか食べられないね。これ程のは。」
 まことの勧めも待たずに早速一口二口と口にする衛からお褒めの言葉が聞こえてくる。
 
 そんな衛の言に、真向かいに座っているうさぎは一瞬顔をしかめながらも、すぐに明るい顔に戻ってまことの腕前を褒める。
「まー、まこちゃんの腕は特別だからね。私でもまこちゃんだけには勝てないわ。」
 その言に、後段の部分は事実を正確に表現していないのではないかとの白い目がうさぎの右側に並んでいるレイと美奈子から飛ばされるが、当の発言者は気づかない。

「遠いところお疲れ様でした。ワインもありますけどビールでよろしいんですか?」
「あっ。い、いや。もう何でも結構で・・。じゃ、ビールを頂きます。あ・・こりゃどうも・・」
 そう言って、右隣に座っているみちるから穏やかな笑顔のお酌を受けた衛は、思わず鼻の下が少し伸びたとろけた笑顔を作ってしまう。
 が、今度は、正面からの激しい殺気を感じて、すぐに表情を作り直す。

「あの、衛さん、表彰式はいつごろにしましょうか。」
 みちるを挟んで衛の並びに座っているはるかが、案配を尋ねる。やはり賞品が賞品だけにプレゼンテーターの意向は優先されなければならない。
「ああ、はるかさん。出来れば、夕食の最後の辺りでしたいんですけどいいですか?」
 少し遠慮がちに答える衛の言に、ええ、もちろんですと答えるはるかは少し首をひねる。
 普通はこの手の賞品は最初に授与してしまった方がその後気楽に飲めるはずなのだが・・・・・。


 久しぶりの10人の再会に、話題はつきない。
 みんな大いに盛り上がっているうちに、既にデザートのりんごもあらかた胃袋へと消えて、もうとうに8時を回っている。
「ねえ、はるか。そろそろ、私たち、失礼しないと・・」
 みちるの声に促されたはるかが衛に合図を送ると、衛もオーケーと頷く。

 ぱちぱちぱち・・。
 はるかとみちるの拍手が、表彰式が始まることを告げる。
 皆の会話が静まりかえったところで、はるかが司会として立ち上がる。
 
「えー、宴たけなわではありますが、これから、本日行われました、第1回セーラーチームテニストーナメント大会の表彰式を行いたいと思います。栄えある優勝者への賞品の授与は、地場衛様にお願いいたします。」
 ぱちぱちぱちという拍手の中、衛が立ち上がって少し机から離れて皆の方を向く。
 みちるも、立ち上がると部屋の隅に置いてあったバイオリンをケースから取り出して、はるかの隣に立つ。
 
「それでは、優勝ペアを発表いたします。優勝ペアは、水野亜美さん、木野まことさんのペアです。皆様拍手をお願いいたします。」
 出席者8人全員の暖かい拍手の中、2人は立ち上がり、衛の前に歩を進めると、座っている5人の方に向かって照れくさそうにお辞儀をする。
「では、優勝者の本日の栄誉を称え、地場様が、1曲ダンスをプレゼントいたします。それでは水野さんからどうぞ。」
 
 はるかの声に続いて、みちるが美しい3拍子を奏で始めると、亜美は衛と蝶のように可憐な舞を披露する。
 続いて、まことがこれも大柄な衛のリードを受けて、しなやかな強さを持つ舞を披露する。

「美奈子ちゃん・・」
 レイは踊りが始まると、右隣に座っている美奈子の方に目をやる。
 遠くのものを見ている様なその目は、レイの視線に気づくと、ふっと笑顔を浮かべて小さくささやいた。
「大丈夫。それより、よく見てないとね・・。」
 その落ち着いた声をとともに、レイは自分の左手に美奈子の右手が伸びてきているのを感じる。それを軽く握り返すとレイも視線を元に戻した。


「えー、有り難うございました。非常に素敵な舞、我々の方が楽しませて頂いたかもしれません。それでは、最後に優勝者からそれぞれ喜びの声を聞きたいと思います。それでは、今度は木野さんからお願いします。」
 突然のご指名に心の準備も内容の準備も出来ていないまことは、えっと息を飲んで絶句する。
 しかし、亜美を除く8人からの拍手に追い立てられるように前に一歩出ると、こほんと咳払いをして、口を開いた。

「あ・・。あの・・。何か優勝者って言われてもまだピンとこないんですけど・・。でも、この試合があるって聞いてからは、自分でも一生懸命練習したと思うし、また、パートナーにもたくさん助けて頂きました。結果は2試合とも紙一重だったと思うけど、パートナーのおかげで、自分の実力以上の力が出せたことがこの結果に繋がったたんだと思います。勝てて正直とても嬉しいです。有り難うございました。」
 まことらしい率直な勝者の弁に、亜美も含めた9人から暖かい拍手が贈られた。

 代わって、亜美が、少しうつむきながら一歩前に出て口を開いた。
「あの・・。ほんとは、ちょっといろいろあって、ここに来るかどうかも迷ってたんですけど・・。でも、ここに来て皆様のように優れた方々と一緒にいると、暖かいことあり、厳しいこともありで、僅かの間でしたけど、自分自身とても成長出来たような気がいたします。また、是非こういう機会を持てればと思っております。有り難うございました。」
 亜美らしい内面の細やかさを織り込んだ、しかも周囲への配慮の行き届いた弁に、これもまことも含めた9人から盛大な拍手が贈られた。

「有り難うございました。それでは、表彰式はこれにて・・・」
 と、はるかが式の終了を宣しかけたその時、驚天動地のせりふが衛から発せられた。
 
「あの、もし、よろしければ、優勝者の方に勝利を称えるキスを贈りたいのですが。よろしいでしょうか。」

「えーっ!!!」
 レイと美奈子は、椅子を後ろにぶっ倒して立ち上がり、せつなとほたる、更にはさしものはるかとみちるさえ、衛の方を見たまま口を半開きにして固まってしまう。
 当の、優勝者2人も茫然自失の呈で立ちすくむ。
 そんな皆々の返事を待つことなく、衛は、つかつかと亜美とまことの前に歩を進めるとひざまずき、二人の手を取ってその甲に軽く口をつけると、そのままの姿勢で顔を上げて、口を開いた。

「今宵、最も強く、そして美しい姫君たち。是非聞いていただきたいことがあります。」
「はっ、あっ、な、なんでしょか・・・。」
 亜美とまことはどちらが発したかもわからない片言の返事を返す。
 
「実は、私の愛する哀れな娘が助けを求めております。ご苦労の程は重々承知いたしてはおりますが、是非なんとかその娘を留年の危機から救い出してあげていただけないでしょうか。」
 正面ではうさぎが下を向いて固まっていた。


 
「ちょっと、うさぎ!あんたいったい何考えてんのよ!」
  衛とうさぎ以外の8人が茫然自失から回復し、それぞれ席に戻ったところで、レイが隣のうさぎに事の経緯を問いただす。
「だ・・、だって、あたし、このままじゃ留年確実なんだもん。もう・・・駄目なんだもん・・・。」
 うさぎは半べそで泣き言を口にする。
 
 衛の隣で、はるかとみちるがひそひそ声で話す。
「なあ、うさぎの成績そんなに悲惨・・なのか?」
「風の便りには聞いてたんだけど・・、まさかこれ程とは知らなかったわ・・・。」

「担任の先生にも言われたんだもん・・。何か、根本的に手を打たないと駄目だって・・。このままじゃ座敷で死を待つだけだって・・・。」
 
 うさぎの泣き声を聞いて、再びはるかがみちるにひそひそ声で尋ねる。
「なあ、もしかして・・、今のは「座して死を待つ」って言いたかったのか?」
「ええ、多分・・。文脈から判断するとそうだと思うんだけど・・。」
 みちるの見解を確認すると、はるかは続けた。
「こりゃ、危なかったな。優勝してたらえらいことだった・・・。」
「ほんと。危機一髪だったわ・・・。」
 

「亜美ちゃんも、レイちゃんも最近全然冷たくて面倒見てくれないんだもん・・。あたしだけの力じゃ・・・もう・・・」
「そ、それは、うさぎちゃんが教えてる最中に居眠りしたり・・、宿題も全然やってなかったり・・」
 火の粉が降りかかってきて慌てて自己弁護する亜美を、レイが遮る。

「それだからって、家庭教師の依頼のために何も衛さん使うことないんじゃないの!」
「いや、レイ。今回のことは僕の方から言ったんだよ。僕がこうでもしなけりゃ、うさ子も本気にならないと思ったんだ。うさ子があんまり情けないことを言うもんだから。」
「なんなんですか?その情けない事って。」
 尋ねたレイの言葉に、衛が口籠もっていると、うさぎが代わりにとつとつと答え始める。

「まもちゃんと、今回の旅行のことで電話で話したとき・・・、勉強の話になって・・、亜美ちゃんもレイちゃんも、もう冷たくて面倒見てくれないって・・。それで、後は美奈子ちゃんだけが頼りだって・・言ったの・・。」
「美奈子ちゃんが・・?頼り・・?」
 意外なせりふにレイは、はてと首をかしげて、首を反対に向けて右隣の美奈子の方を向く。

 猛烈にいやな予感がしてきた美奈子は、レイを越してうさぎに直接質問を飛ばす。
「ねえ、うさぎ。その時、衛さん「どうして美奈子が頼りなんだ」って聞かなかった?」
「うん・・・・。聞かれた・・・・。」
 何でわかったの、という顔でうさぎが返答する。
「それで?なんて答えたの?」
 本人に直接向かって言うのは・・とためらううさぎであったが、当の美奈子の「来るなら来い」という不敵な笑顔に誘われるように口を開いた。
 

「私が駄目だったら・・美奈子ちゃんもきっと駄目なはずだから・・、留年するにしろ・・一人じゃないって言ったの・・・。そしたら、ものすごく怒られて・・・。」



「あのさ、うさぎちゃんを留年から救い出すって、結構大変じゃないかな。」
 夕食終了後はるか達一行が車で帰京するのを見送ってから、自室の戻ったまことは、自分のベットに腰掛けると、思いがけず背負い込んだ難題の見通しについて、亜美に尋ねる。
 恐らくは可否がその双肩にかかってくる亜美も眉間に皺を1本作ってから答える。

「そうね。うさぎちゃんって、もともと良く十番高校入れたって感じだったものね。頭はそう悪くないと思うんだけど、勉強について何か集中力に欠けたところがあるから、そこをまず直さないと見通しが立たないわ・・。」
 亜美自身の「勉強について集中している」状態がいかなるものかを知っているまことは、あははと逃げの笑いをひとしきり打ってから、思い出したように真顔になると一つの提案をする。

「ねえ、亜美ちゃん。もしよかったら、勉強会、亜美ちゃんももっと来てくれないかな・・。その・・、忙しいのはわかってるんだけど、やっぱり亜美ちゃんいないとはかどらないし・・、何か回数も減って来ちゃってるし・・。」
 
 亜美はにこりと笑う。 
「いいわ。試験までもう日にちもなくなって来ちゃってるし、開催も連日でいきましょ。」
 と、そこまで言ってから、亜美は、ちょっとだけ顔を伏せると、上目遣いに逆にまことに質問をする。
「でも、そうすると、まこちゃんとの2人の時間が減っちゃうと思うんだけど・・、それはいいの?」
「うん。それは、うさぎちゃんのこと引き受けちゃったんだし・・。」
 そう言ってから上の方を見上げて微笑むとまことは言葉を続ける。
「それにさ、2人の時間が減っちゃても、いいんだ。あたし。」
「どうして?」意外な返事に亜美の声は少し不安の色を帯びる。
「それはさ、」まことは照れたような笑みを浮かべて亜美の顔をまっすぐ向いて続けた。
 
「ここに来て改めて思ったんだ。亜美ちゃんって、教えるのが上手なだけじゃなくて、教えるのが好きなんだって。それで、教えた人が上達するのを見ると幸せになるんだって。だから、亜美ちゃんと2人の時間が減るのは寂しいけど、でも亜美ちゃんの幸せになる顔を見れた方が、あたしも幸せになれるからさ。」
 それを聞いて安心したように目を伏せた亜美は、その後すぐに小首を少しかしげる。

「何か、それ、どっかで聞いたような話ね・・」
「はは、ばれた?今日厨房でレイちゃんが言ってた話だよ。でも、それって大事な考え方だなって思ってさ。あたしさ、ここに来て、いろんな事があって、自分自身結構成長出来た気がするんだ。」
照れた笑みを浮かべたまま少しうつむいて自分に言い聞かせるようにいうまことに、亜美 はふふふっと笑う。
 
「何か、それも、どっかで聞いたような話よ、まこちゃん。」
「もーっ!いちいち突っ込まないの!」
 そう言ってまことは亜美に抱きつくと、そのままベットに倒れ込んだ。



「いやー。言ってくれるわ。うさぎちゃんも。」
 はるか達を見送った後、自室に戻った美奈子は、自分のベットにごろんと身を投げ出す。
「ほんとよね・・。でも美奈子ちゃんも大丈夫なの?」
 自分のベットに腰を降ろしたレイは少し心配そうに尋ねる。何しろ、亜美が欠席した時の勉強会ではレイが先生役で、美奈子の実情はそれなりにわかっているのだ。
 
「しっつれいしちゃうわね、レイちゃんまで。うさぎと同列で扱われたらたまんないわよ。」
 そこまで言ってから、がばっと身を起こすと、レイの方に顔を向けて言葉を続けた。
「まあいいわ。これでますます闘志が沸いてきたわ。あたしのためにもやらせていただきますってとこね。」
「ちょっと、何の話をしてるのよ。」
「明日の朝食のことよ。」
 当然っ、とばかりにいう美奈子ではあったが、レイには訳がわからない。
 
「そうそう、それ、明日の朝食。どうして、急に二人で作るなんて言い出したのよ。何か企んでるんでしょ。」
「ピンポーン。私が企み無しであんなことを言うと思う?まあ、ちょっと耳貸してよ・・・・。実はね・・。」
 
 
 正解を告げた人差し指を1本立てた右手を内緒話のパーに変えた美奈子は、明朝の手はずをレイに耳打ちした。

  

<続く>

千秋楽へ

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