4人の86時間

<13>

「いやーっ。勝利の後の一風呂っていうのは気分いいもんだねー。」
 
 夕飯の準備のために亜美とともに一足先に宿に帰ってきたまことはざぶんと湯船につかると、上機嫌の声を浴室内に響かせる。
「まこちゃん、それじゃほとんどお相撲さんよ。」
 少し遅れて体を洗い終わった亜美が、ふふふと笑いながら、ゆっくりとまことの隣に体を沈める。
「緊張が一気に解けちゃってさ。なんか身も心もふにゃふにゃって感じなんだよ。」
 まことは、足を前に投げ出して、上を向くと、2試合の激闘を思い出すように感想を語る。
「ほんとね。でも楽しかった、っていうか充実してたわ。」
 亜美も壁の上の方に目をやり、そして、目を軽くつむった。

 ここに来て2日半しか経っていないが、ずいぶんいろいろなことがあったような気がする。
 まことがペアを組みたいとみんなの前で言ってくれたこと。
 まこととほたるの上達を見て幸せを感じたこと。
 はるかのまことへのアドバイスの内容を聞いた時、そのあまりの的確さにナイフで胸を刺されたような痛みを感じたこと。
 はるかとの試合が決まった瞬間、押しつぶされるような緊張感を感じたこと。
 試合の前夜、まことが自分のことをずっと見衛ってくれていたことに改めて感動したこと。
 そして、なんと言っても、強敵相手の数々の絶望的な場面の中で、まことと二人三脚で最後まで頑張り切れたこと。
 
 終わってしまえば、走馬燈のようにまぶたに浮かぶ光景のそれぞれが、その時幸せに感じたことも苦しいと感じたことも、自分にとっては大切な宝物のように感じる。
 そして、その宝物は、自分の心の中に深く生じていた傷口を縫い合わせ、覆い尽くしてくれる種類のものであることもはっきりと感じる。

「私、ほんとに来て良かったわ。まこちゃん。誘ってくれて有り難う。」
 亜美は、目を開けると、穏やかな笑みを浮かべて隣でくつろいでいるまことに言葉をかけた。
 まことも、亜美の心中を全部察したかのように、同じ笑みを浮かべて、亜美の目をまっすぐ見ながら言葉を返した。
「ありがとう、亜美ちゃん。あたしには何よりの一言だよ。」


 そう言うと、まことは、そのままの表情で体を寄せると亜美の唇を求めて来た。
 亜美も軽く目をつむるとまことのものを受け入れる。
「ん・・ん・・」
 まことを口の中で感じていると、まことの手が、自分の太ももの間に入り込んでくる。
「んっ。だめっ・。ん・・。」
 亜美は唇を離し、伸びてきたまことの右手を左手で押さえようとする。
 が、まことの左手が亜美の細腰を抱きしめて体を密着させると、再び唇を奪い、右手を亜美の中心に進めてくる。
「ん・・やっ・・やだっ・・ここじゃ・・だめっ・・んっっ・・」
 唇を離そうとしても、すぐに奪われ、まことの右手も亜美の左手の静止を引きずりながら進み、そして亜美の体の中心にゆっくりと入って来るのを感じると、亜美はもはや力が入らなくなった。
「や・やだ・・まこ・・ちゃん・・。だめ・・・・・あ・・・やだ・・・。すき・・・。
だいすき・・。」
 最後の言葉とともに、両手がまことの首にゆっくりと回され、亜美の目からは涙がぽろぽろとこぼれた。



「やーっ。まさか負けるとは思わなかったわよね。」
 試合後、はるかたち4人と組み合わせを変えて練習ゲームを何試合かして上がってきたレイは、洗い場で体を洗いながら、一足先に湯船につかっている美奈子に感想を述べる。
 練習ゲームでは、レイも美奈子も絶好調であった。
 
「ほんとよー。まこちゃんがあそこまで馬鹿力とは思わなかったし、亜美ちゃんがあそこまで悪知恵が働くとも思わなかったものねー。」
 背中越しから、美奈子の不在者に対するいささか過激な発言が聞こえてくる。
「でもまあしょうがないわ。やるだけやったし。なんか、負け惜しみじゃなくて、ほんとにこの3日間充実してたって気がするの。」
 レイは、心からの感想を言うと、タオルに泡をたてている手を休めてこの3日間を振り返った。

 負け惜しみではない。
 自分のベストは尽くせた。
 練習も一生懸命やったし、練習で得た力は出し切ったと思う。
 美奈子と一緒に乗り越えた場面は今でも1シーン1シーンまぶたの裏に鮮やかに映し出せる。
 もちろんこれだけ充実した時を送れたのは、美奈子と一緒だったからだということもはっきりしている。

「ほんとに、お世話になったわ。感謝するわよ、美奈子ちゃん。」
 レイはタオルの泡立てをまた始めながら、心の中から自然に出てきた謝辞を口にした。
 と、背中越しにざぶりという音がして、目の前のタオルが取り上げられ、それが自分の背中に当てられた。

「そんなに、素直に言われると、体中がかゆくなっちゃうわよ。明日雪でも降らなきゃいいけど。」
 いつもの明るい声とともに、タオルが背中で上下する。
 誰かに背中を流してもらうなんていつ以来の事だろう。疲れた体に心地よい刺激だ。

「レイちゃんも頑張ったものね。」
 声も、刺激も心地よい。
 
「最後は、あたしの方が助けられちゃったし・・・。」
 背中で、タオルの動きが鈍くなってきたのを感じる。
 
「レイちゃんほんとにいいプレーしてたのに・・。」
 タオルの動きが止まった。
 

「ご・・ごめん・・、勝たせてあげられなくて・・・。」
 嗚咽の混じった絞り出すようなその声を聞いて、レイがあわてて振り返ると、タオルを握りしめたまま床に突っ伏して堰を切ったように号泣している美奈子の姿があった。
 
 

 レイは、風呂から上がった後の衣類の片付けを終えて、自室のソファーに座っていた。
 美奈子は、片づけを終えたあと、ちょっと一人になると言って、部屋から出て行ってしまった。
 あれでなかなか気が強いところのある彼女のことだから、泣き顔を見せてしまったことが恥ずかしかったのかもしれない。

「別にいいのに。気にしなくても。」
 窓の外の太陽が沈んだ後の夕暮れに目をやりながら、レイはぽつりと独り言をいう。
 そして、聞こえてきた自分の言葉の意味を自分で考えてみる。
 何が別にいいのだろう。
 試合に負けたことで自分を責めなくてもいいのに、という意味だろうか。
 それとも自分に涙を見せたことを気にしなくてもいいのに、という意味だろうか。
 多分両方の意味だ。

 美奈子と一緒でなければあそこまで頑張れなかったことははっきりしている。
 美奈子のプレーに支えられたいうのももちろんだが、美奈子自体に自分の気持ちを支えてもらったということが大きかった。

 それにしても、あの美奈子の明るさ。
 試合が始まって、調子がいい時も悪い時も、真面目なことを言う時も冗談を言う時も、いつも明るい光をくれていた。
 いや、むしろ、こちらの調子が悪い時、ペアがピンチの時の方がその光は強かったようにも思う。
 第1試合、あそこまでパートナーが気持ちもプレーも落ち込んでいたら、少しぐらい、いらいらしたり、悩んだり、一緒に落ち込んだりする姿を見せても良さそうなものだ。
 それなのに、あの明るさ。
 落ち込んだこちらの気持ちを明るく照らすあの光。
 天性のものなのだろうか。
 それはそうだ。
 あのキャラはなろうったって真似できるものじゃない。
 しかし、本当にそれだけだろうか。

「それは違うわ。」
 天性のものだけではないはずだ。
 自分の理性がそれを否定する。
 そうでなければ、彼女が浴場で爆発させたあそこまでの号泣の説明がつかない。
 彼女だって、ピンチの時には、自分と同じように悩んでいたし、落ち込んでもいたのだ。
 いや、こっちを明るく照らす分、彼女の方が負担は大きかったはずだ。
 ただ、それを体の奥深くにじっとため込んで、黒点として表面に出ることにより発する光が陰ることがないようにしていただけなのだ。
 そして、あの号泣は、ため続けてきたどす黒い煩悩が、最後の最後で結果が報われなかったために心の堤防を破ってしまったものなのだ。

 彼女のすぎる程明るい言動。
 平時なら誰でもできるその言動も、有事でするとなると大変な能力、大変な努力だ。
 それは、今日の試合であっさり落ち込んで彼女に救ってもらった自分自身が証明している。

「大したもんだわ・・。美奈子ちゃんって・・・。」
 ぽつりと漏らした言葉が、自分の大脳に届く。
 窓の外に目をやれば、そろそろ暗くなりかけた西の空に、彼女の守護星がどの星よりも明るく輝いている。
 そして、もう一度つぶやく。
「大したもんだわ。美奈子ちゃんって。」
 

 この感情はどうしたことであろう。
 いや、大脳経由でくるこの思いは、感情ですらない。
 すごい・・、たいしたもの・・、えらい・・、評価・・、尊敬。
 そうだ・・。尊敬だ。
 老若、男女、敵味方、立場の上下。それらを問わず優れた人、優れた業績に対して感じるこの気持ち。
 相手の能力、業績に対する純粋な評価の気持ち。
 時が経っても、立場が変わっても、そして相手に対する感情すら変わっても、それとは独立して存在するこの気持ち。
 そして、心の中で広がっていく美奈子に対するその気持ちは、今まで自分が感じていた将来に対する不安感を不思議な力で消していく。
 

「わかった。今まで欠けていたものが・・・。」
 うさぎや亜美やまことが相手といる時に見せる安心しきった表情。
 彼女らがそうした表情ができる訳がわかった気がする。
 衛の包容力、亜美の知性と自己への厳しさ、まことの勇気と一途さ。
 うさぎたちは、好きという情熱的ではあるがとかく変わりやすい心臓直結の感情とは別に、この大脳経由でくる独立した安定度の高い気持ちを自分の恋人に対して持っていたのだ。
 
 
「負けてなければ・・、泣かれてなければ・・、気づかなかったかもしれないわ・・・。」
 レイはぽつりとつぶやくと、もう一度西の空に目を向けた。

 

「さーて終わった。後は、ことこと煮込めばできあがりっと。」
 今日の夕飯のメインディッシュのビーフシチューを仕込み終わったまことは、厨房内の作業机の椅子に腰掛ける。
 隣の椅子では、亜美がまな板の上で黙々と初日に買い込んで残っていたりんごを剥いている。

「いやー、皮むき部隊がいると助かるよ。人参とかジャガイモとか一人でやるのは大変だからね・・って。亜美・・ちゃん?」
 返事がない。
「あ、あの、亜美・・おじょうさま?」
 少し顔を下に向けて作業をしていた亜美は、のぞき込むまことの視線を避けるようにさらに顔を下に向ける。
 まことは、風呂から上がってから料理をあらかた終えた今まで、亜美にあまり口をきいてもらっていない。
 まあ、ああいうことをした後に彼女には良く生じる現象ではあるのだが、場所が場所だっただけにちょっと反応が気になるところではある。
 皮むきの手は既に止まっている。

「あ、あの・・怒ってる?大丈夫・・・?」
 まことは身を少し屈めて亜美の顔をのぞき込もうとする。
「怒ってないけど・・・大丈夫じゃない・・・。」
 ようやく発した亜美の声は消え入りそうだ。

 視線を避けるように真下を向いている亜美の手からナイフと剥きかけのりんごをそっと取りあげてそれをまな板の上に置くと、まことは、亜美の顔を自分の胸に押しつける。
「ごめんよ。亜美ちゃん。でも、ここが我慢できなかったんだ。」
 亜美の耳にはとくん、とくんという、まことに悪さをさせたものの大きな音が響いてくる。
 そして、大好きなその音をそのまましばらく聞くために、亜美は力を抜いて軽く目をつむった。


「亜美ちゃん?まこちゃん?」
 レイの声だ。
 慌てて2人は身を離すと、亜美は皮むきを再開し、まことは立ち上がって鍋のシチューをかき回す。

「ねえ、美奈子ちゃん見なかった?」
「美奈子ちゃん?いや、こっちには来なかったけど・・。」
 そう答えたまことの目に映ったレイは、らしくもなくいささか動揺が表に出ている。
「はるかさんたちと一緒にうさぎちゃんたちを駅まで迎えに行ったんじゃないかしら。さっき、はるかさんが、連絡が入ったから迎えに行くって言って出ていったわよ。」
 亜美も、レイの様子をいぶかりながら希望的観測を口にする。
「ううん。それは私も見送ったから違うの。はるかさんはみちるさんと2人で出かけたのよ。」
 そう言う間にもレイの額には眉間に皺の数が2本、3本と増えていく。

 普段静かな人が怒ると実は大変怖かったりするのは良くある話だ。
 普段過ぎるほど明るい彼女があんなに号泣をするほど落ち込んだとしたら・・・、
 ひょっとして・・。
 もう辺りはすっかり暗くなっている。
 不吉な予感がレイの心を覆い尽くす。

「ねえ、忙しいとこ悪いんだけど、一緒に探してもらえないかしら。」
 ただならぬ気配を察したまことと亜美は2つ返事でオーケーすると、火を止めたり、ナイフを片づけたりと出かけの準備をする。
 と、食堂のドアをがちゃりと開ける音が聞こえてきて、次いで、捜そうとしていた当の本人が厨房の入り口に姿を見せた。

「はっはー。その大鍋を使っているところを見ると、今日の夕食はシチューね。」
 そういう美奈子の声色は普段と変わりない。
 そして、呆然と立ちすくんでいる3人などいないかのようにつかつかと火の元に歩み寄ると、鍋の蓋を開けて、おたまで少しすくってぺろりと味見をする。
 
「ふーん。なかなかね。さすがにまこちゃん相変わらずいい腕してるわ。」
 シチューの付いたおたまを置くと、美奈子はいささか不敵な笑みを浮かべて、まことの方を向いて尋ねた。
 
「ねえ、まこちゃん。今日の夕食はスープはないの?」
「あ・・、いや・・、今日はシチューだから、まあいいかなって思ったんだ。でも、もし作ろうと思えば、材料はおとついのが残ってるから、大急ぎで作れるよ?」
 よかったら作るよと冷蔵庫の方に目を移すまことを制止するように、美奈子が意外なことを口にする。
 
「それは、いらないわ。それより、明日の朝食は、私とレイちゃんで作ろうと思うんだけど、それで構わないわよね?」
「いや・・それはもちろんあたしは構わないけど・・。」
 そう言うまことは、突然指名されたレイの方に目をやる。
 レイは目が点になっている。
「ちょっと、美奈子ちゃん、いったい何を言い出すのよ。あなたと2人でいったい何を作って出せばいいっていうのっ」
 
 別に朝食ぐらいその気になれば用意できないレイではないのだが、突然の指名で心の準備が出来ていない。また、そもそも、この提案者は舌こそ肥えているものの、作る面での能力は自分より明らかに下なはずである。
 
 そんなレイの言葉など聞かなかったかのように、美奈子は、冷蔵庫を開けて食材を確認して一人でうんうんと頷くと立ち上がってレイの質問への回答を述べる。
 
「そんな、何って訳じゃないのよ。ただ、私たちだけ食事の準備をしなかったー、なんてことになったら、あとあとかっこつかないじゃない?それとも、うさぎの朝食食べて、みんな揃ってあさってからの学校お休みっ、なんてことになってもいいの?」
 えらく失礼な、しかしあり得ない話ではないことをいつもの口調で口にすると、じゃねーと手を振って、美奈子は厨房から消えて行った。


「嘘だ。絶対何かたくらんでる。」
 呆然と立ちすくんでいた3人の中で、いち早く立ち直ったまことが、これまでの経験を踏まえた言葉を口にする。
「そうね・・。でも、何か変ね。いつもの美奈子ちゃんとちょっと違うみたい・・。」
 亜美も、美奈子の言葉が額面どおりでないことはわかるのだが、美奈子の風情、いつものあの半分おちゃらけた風情の中で、何か凄みのようなものを感じたのだ。
「ねえ、レイちゃん・・、美奈子ちゃんに何かあったの?」
 亜美は真剣な表情でレイに尋ねた。
 当のレイの表情も美奈子が現れる前の表情に逆戻りしている。
「うーん・・・。美奈子ちゃんには内緒よ。」
 そう言って、レイは椅子に座ると、こちらに来てからの2人の間の出来事をまことと亜美に話した。今日の浴場での出来事を除いて・・・。
 

「そっかー。美奈子ちゃんはレイちゃんに勝たせようと思ってあんなに頑張ってたんだー。」
 まことの目から見ても、美奈子の踏ん張り方は感動を与えるものであった。
 話の内容までは聞こえなかったが、崩れ落ちそうなレイを励ましている姿、必死に局面を打開しようとしている姿は、はたから見ていても、あるいは敵として見ていてもはっきりとわかっていた。
 
「でも、レイちゃんが衛さんとダンスをすることは美奈子ちゃんは嫌じゃないのかしら。」
 亜美はちょっと小首をかしげた。
「意外なんだけど、そこが彼女の結構奥深いところではあるのよ。」
 レイは、自分なりの分析を口にする。

 レイが衛とダンスをすること自体は、彼女としてもおもしろいはずはない。
 それは、たとえレイの恋心がもう衛に対して残ってないことがわかっていてもだ。
 しかし、同時に彼女には、レイが衛とダンスできれば楽しさを感じるということが見えている。
 そして、彼女は、レイがダンスをすること自体による自分の気持ちのマイナスよりも、彼女がレイに喜びを与えてあげることにより感じる自分の気持ちのプラスの方が大きいと感じているのだ。

「ふーん。美奈子ちゃんって、意外に凄く自制心あるんだねー。」
 まことは感心のため息を漏らす。
 亜美が衛に恋心を持っていたとしたら、自分にも同じ事が出来るだろうか・・。
 あらぬことを考えて、まことはぴんとひらめいたことを口にする。
 
「ねえ、もし良かったら、衛さんとダンスをする権利、美奈子ちゃんとレイちゃんに譲ってもいいよ。」
 それを聞いて、亜美も口を開く。
「ううん。それじゃ多分美奈子ちゃんも受けないでしょうから、衛さんは大変だけど、せっかくの再会だから、全員1曲づつ踊るってことにしたらどうかしら。」
 それを聞いたまことも、さすが亜美ちゃんとばかりにうんうんと頷く。
 

「だめよ。そんなの。」
 レイは、毅然として、2人の案を即座に却下した。そして、次の言葉を続けた。
「そんなことしたら、彼女があれだけ一生懸命やってきたことが意味のないことになってしまうわ。結局勝っても負けても同じ結果が得られたんだってことになっちゃって。むしろそれより、2人とも今日のダンスは出来るだけ楽しそうに、晴れやかに踊ってくれる? その方が、彼女もこれだけ価値が大きいもののために頑張ってきたんだって、目指したことは間違いじゃなかったんだって、心を慰めることができるわ。」

 そう言ったあと、レイは心が何かで一杯になったらしく、目を伏せると、美奈子のところに行ってくるといって立ち上がって、そのまま去っていった。


「どうしようか・・」
「そうね・・」
 厨房に取り残された2人は、へたりと椅子に腰を降ろしてしばし顔を見合わせる。
 そして、先に意を決して口を開いたのはまことの方だった。
 
「レイちゃんの言うとおりだ。お互いベストを尽くして戦ったんだ。勝った方が素直に喜ばなかったら、負けた方は救われないよ。あたしは表彰式では喜びを素直に表に出すし、ダンスもレイちゃんの言うとおり楽しそうに踊るよ。」
「そうね。まこちゃんが正しいわ。私もダンス楽しく踊るわ。」
 結論が出た2人は顔を見合わせてにっこり微笑んだ。

 わたし火の番してるから先に部屋に行って少し休んでて、と言われて、ありがとうと厨房から出かかったまことはふと小さな事に気がついて足が止まった。

 

「ねえ、亜美ちゃん。今「楽しく」って言わなかった?」

  

<続く>

14へ

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