4人の86時間
<12>
第4ゲーム。亜美のサービス。
亜美のサービスに対し、レイは、まことが後ろに下がっていることを確認すると、クロスにリターンするとそのまま前に出る。
既に前衛に詰めている美奈子と並んでの、前2人の平行陣だ。
亜美は、全力でクロスのレイにリターンすると、レイはそのボールをストレート方向、まことの前にボレーする。
「なんのっ」
まことは、レイのボレーに追いつくと、右足で踏ん張り、ラケットを下から上に凄い勢いで振り上げる。
「ボーン。」
「アウト!0-15。」
まことのショットに面が押されて引っ張り切れないレイのボレーは、まことの側のサイドラインを割った。
「ふーん。これは、思ったよりさすがだな。」
コート脇のベンチに座っているはるかが一人ごとを漏らす。
「まことさんのフォアハンドってすごく重いもんね。」
隣に座っているほたるも相づちを打つ。
「いや、そうじゃなくて、美奈子とレイの方だよ。」
どうして、と聞くほたるにはるかが優しく答える。
「第3ゲームは、美奈子たちが取っただろ?それなのに、その作戦に早々と見切りを付けて、別な作戦を採ってきたからさ。第3ゲームの作戦では間もなく行き詰まるがまだうまくいっている。今やってる作戦は、2人前衛の平行陣で機能すればもう負けなくなるけどそれまでが大変だ。その難しい作戦変更を行き詰まってからじゃなくて、まだ何とかなってる時にやったからだよ。」
「じゃあ、美奈子さんたちが勝つの」
ほたるの問いに、はるかはふーむと少し考えてから答えた。
「それでも美奈子たちの対策が間に合うかどうかはぎりぎりだ。間に合えば勝ちだが・・・・。」
第4ゲーム、第5ゲームとまことのフォアハンドは猛威を振るった。
正確に言えば、まことのフォアハンド自体もさることながら、まことのボールに対する美奈子とレイのボレーが浮いたところを亜美が判断良く飛び出して実に良く叩いていた。
また、亜美は自分のところに来た球は、ロブで深く返して、美奈子とレイに決定打を与えなかった。
その息の合ったプレーは、周囲をしてさすがと言わせるに十分なものであった。
「まだまだ行けるよ。」
第5ゲームで美奈子のサービスを再びブレークして、ゲームカウント4-1とリードを広げたまことは、コートチェンジ時の休憩で、スポーツドリンクを一口飲むと、ベンチの隣に座っている亜美に上機嫌で話す。
「そうね、できればこのまま押し切りたいわ。」
「どうだろう。このままいけそうかな。」
第1ゲームを取った後と同じ質問をするまことに、亜美は汗をタオルで拭き終わると、ちょっと小首をかしげて考えてから、答えた。
「このまま押し切れないと、一気に大変になると思うわ。」
4-1とリードしている者とは思われぬ言葉に、まことの顔から余裕の笑みが消えた。
「どう?レイちゃん。私の方は、もう大体合ってきたわ。」
座ってから、ラケットをベンチに置いて、手の汗をタオルで拭きながら隣を向く美奈子の表情は明るい。
「うーん、そうね。私ももう少しってとこね。それにしても亜美ちゃんうっとうしいわね。」
レイの声にも張りがある。平素はとても聞けない仲間に対する過激なせりふは、前途に自信を持った声により発せられている。
「大丈夫よ、レイちゃん。もう少し合ってきてボレーをコントロール出来るようになれば、今度は、前衛に出てる亜美ちゃん自体が的になるわ。それまで、せいぜいいい思いをさせてあげましょ。」
これもシビアなせりふを明るい声で言うと、美奈子はレイの方にゆっくりと右手を差し出た。
それを見たレイも右手を出して、その手をしっかりと握る。
「美奈子ちゃん、もう少しよね。」
「そうよ。もう少し。」
お互いの気持ちを確認し合った2人は、締まった笑みを浮かべて手を離すと、コートへと向かった。
第6ゲーム。美奈子のサービス。
2人前衛の平行陣を採る美奈子たちにとっては、反撃に転じる絶好のゲームだ。
「それっ。」
美奈子は、スピンを少し多めにかけたサービスを放つと、そのまま前衛に詰める。
「ばしっ。」
まことのリターンがクロスに飛ぶ。美奈子は、その球がスピンの力で落ちきらないうちに、フォアハンドで、面を作ると、ストレート方向に押し出した。
「ぽーん」
ボールがスイートスポットに当たった時特有の心地よい打球音を残して、その球は、前衛に詰めている亜美の足下を襲うと、亜美の差し出したラケットを弾いて、コートサイドへと転がっていった。
「15-0」
「ナイスボレー!美奈子ちゃん!」
せつなのコールと同時に、レイが美奈子に祝福のかけ声を送る。
美奈子も、ようやく出た会心の一撃に左手で軽くガッツポーズをとった。
「まこちゃん、ちょっと。」
次にレシーブを受ける亜美は、相変わらずベースライン近辺に張り付いているまことの方に歩み寄った。
「そろそろ、合って来ちゃってるわ。特に美奈子ちゃんの方が。」
「どうしよう。」
まことも少し不安げだ。
「美奈子ちゃんのサービスだからうまくいかないかもしれないけれど、出来る限りレイちゃんを狙ってくれる?私もレイちゃんに球を集めるから。」
「わかったよ。やってみる。」
素早くかつ的確な指示にさすが亜美ちゃんと感心しつつ、まことはラケットを握り直し構えに入った。
「ゲーム。水野、木野。水野、木野リーズ5-1」。
第6ゲームはジュースを2回繰り返した末、亜美たちが取った。
美奈子のボレーは明らかにまことの球に合って来ていて、かなりの確率でやや前に詰めている亜美の足下や亜美とまことの間に生きた球を送り込んでいた。
一方、レイは、いいボールも出るが、まだ球が浮き気味でオーバーしたり亜美のボレーの逆襲を受けていた。
第7ゲーム。亜美のサービス。
レシーブの位置に位置についたレイは、構えに入ってうつむくと、右足のシューズの紐がほどけかけている事に気づく。
「タイム。」
レイは、そう言ってしゃがむと、結び直し、ついで、左足のシューズの紐も1回ほどいて結び始めた。
作戦は仕方がなかったはずだ。
第3ゲームの作戦を続けていても先が見えていたことは美奈子も同意してくれていた。
ボレーは自分の得意なプレーだ。
この作戦を提案した時、それで駄目なら仕方がないという気持ちもあった。
しかし・・・、今冷静に考えると、この「仕方がない」という気持ち自体が既に、負けても仕方がないという気持ちの表れであったのかもしれなかった。
本当に勝つためのベストの選択だったのだろうか。
自分の顔を立ててくれただけで、美奈子は本当は別案があったのではなかったのか・・・。
レイは紐を締めながら、前衛の位置の美奈子の方を見た。
彼女がこちらを振り向いている。
目があう。
と、にっこり笑って左手でVサインを出してきた。
レイもまじまじとそれを見つめた後、右手で同じマークを作って返した。
自然に笑顔と元気が体の中心からわき出てくるのを感じながら。
「すぱーん」
亜美のスライスサーブが、レイのフォアサイドに入る。
レイは、亜美とまことが2人とも後ろに下がっているのを目に入れると、少し打つポイントを遅らせて、スライスボールをストレートに放って、前に出た。勝負だ。
「ばしっ」
重い打球音を立てたボールがぐりぐりの回転を帯びて、こちらにやってくる。
大丈夫。球はしっかり見えている。
ラケットを少し引いて、球を引きつけて、押し出す。
「ぽーん」
心地良い打球音とそれと同じ打球感を残して、球は、クロス方向に勢いよく飛んでいく。
亜美がフォアハンドで必死に合わせたボールは、サイドラインを大きく割った。
「ナイスボレー!レイちゃん!」
お約束の祝福のかけ声が心地よくレイの耳に響いた。
「ゲーム。愛野、火野。水野、木野リーズ5-2」。
第7ゲームは美奈子たちが1ポイント落としただけで取った。
一旦感覚を掴んだレイは、バックボレーを1本ミスしただけで、後は深く生きた球を返し続けた。
そして、ボレーで生きた球が供給されると、その結果として、まこともその返球に対してはもはやフルショットのフォアハンドを放てなくなっていた。
潮の流れが大きく変わったのは明らかだった。
「亜美ちゃん、1ゲーム取られたけど、あたしはまだ大丈夫だよ。調子だって、絶好調だし。」
奇数ゲーム後のコートチェンジ時の休憩で、ベンチに座ったまことは、座るなり亜美に現在のプレースタイルを続行してもかまわない旨を申し出る。
まことの表情を見ながら、亜美は思考に沈んだ。
まことの調子が今ベストだというのは本当だと思う。
また、相手が合ってきたとはいえ、今のプレーを続けても、すべてのポイントを相手が取れるとは思えない。
相手のリズムが少し狂えば、この後の3ゲームのうち1ゲームぐらいは取れるかもしれない。
まことも作戦の続行を口にしている。
ただ、それが私に心配かけたくないからという、彼女特有の配慮から出たものであると困るのだが・・。
「ねえ、まこちゃん。」
亜美は、まことの本当の気持ちを確認すべくまことの目を見て口を開いた。
「まこちゃんのフォアハンド、ほんとに凄いわ。練習の賜だと思う。この試合、勝っても負けても最後だし、私もこのままそれに賭けようと思うの。まこちゃんもそれで後悔ないわよね。」
亜美の澄んだ目を見て今度はまことが思考に沈む。
「ごめん。だめだ。」
まことは一旦下を向き、そしてまた顔を上げて亜美の目をまっすぐ見て、言葉を続けた。
「ごめん。強がり言ってかえって亜美ちゃんに迷惑かけた。あたしも、空手をやってるから何かわかるんだ。自分の技が通じるか通じないかの雰囲気が。このまま続けても、今の美奈子ちゃんとレイちゃんにはあたしの強打は通じるようにはならない。やっぱり、通じないと最初からわかっていることをやるのはだめだ。泥臭くても、可能性を探ってそれに力を尽くさなきゃ。」
それを聞いて、再び亜美は、今度は目を伏せて思考に沈んだ。
まことの言はもっともだ。
可能性を探ってそれに力を尽くす。いい言葉だ。
しかし、まことの強打が通じなくなった今、可能性はあるのか・・。
それを探すのが自分の仕事のはずなのだが・・・。
「ねえ、亜美ちゃん。ちょっと聞いてくれるかな。」
上から聞こえるまことの声に亜美は目を上げてまことに戻した。
「あたしは亜美ちゃんみたいに頭も良くないし、テニスの知識もない。だけど、空手でもそうなんだけど、技ってどんなにいい技でも、相手が繰り返し使っているとこっちの目が慣れてくるんだ。」
「だから、相手もまこちゃんのフォアハンドに慣れてきちゃったのよね。」
亜美はまことの言葉を先回りする。それは、言われるまでもないことだ。
「うん。だけど、別な技を続けられてそれにしばらく対応していると、さっきまで見えてた技が少しの間だけ見えなくなるもんなんだよ。」
「ってことは、次のゲームは少し、別なプレーを混ぜてみる?」
「いや、それじゃだめだと思う。相手は体であたしの球に慣れちゃってるから、簡単には感覚は失わないと思う。もっと時間をかけないと。それに、相手が見えなくなるのはほんのわずかの間だけだ。」
そこまで言われて、亜美も考えた。
まこともさすがの勝負勘だ。
頭と言うより、体で覚えたものだろう。
肉を切らせて骨を断つという言葉がぴったりのぎりぎりの策だが、確かにこの状況ではこれしかないかもしれない。
欲しいのは1ゲームだ。
そして、余裕はあと3ゲームある。全部取る必要はない。そのうち1つ取れば逃げ切れるのだ。
「いいわ。まこちゃん案で行きましょう。」
いける、と思った亜美は具体策を提示した。
「次の2ゲームは、ロブを上げていきましょう。それもなるべく深くて高いロブを。とにかくそれで拾いまくりましょう。それで、まこちゃんがサービスの第10ゲームで勝負よ。」
「0-15。」
第9ゲーム。ロブ対ハイボレー&スマッシュのラリーの末、レイが叩いて、ポイントを取った旨、せつなが、コールする。
前のゲームをレイがスマッシュミスした1ポイントしか落とさずに美奈子たちが取ったゲームに引き続き、このゲームでも亜美とまことは後ろに張り付いて、さながら、スマッシュ練習のように高い球を上げ続けている。
「ねえ、もう、ロブを上げても通じないんじゃないのかしら。」
コート脇のベンチに座っているほたるが隣のはるかに尋ねる。
「ほたるもそう思うかい。」
ほたるの方に優しい笑みを浮かべてはるかが逆に尋ねる。
「うん。だって、もう、レイさんも美奈子さんもロブが上がって後ろに下がるタイミングもはたくタイミングもばっちりあってるもん。」
そうだな、とだけ答えるはるかに、ほたるが言葉を続ける。
「あきらめちゃったのかな。亜美さんたち。」
「いや、あきらめてないからロブを上げてるんだよ。」
どうして、と聞くほたるに、はるかは次のゲームを見てればわかるよ、だけ答えた。
「ねえ、美奈子ちゃん、いくら何でも変だと思わない?」
第9ゲームをラブゲームでとり、コートチェンジ時の休憩のためベンチに腰掛けたレイが美奈子に尋ねた。
「そうね、いわゆる「見え見え」ってやつよ。」
美奈子は、余裕の表情で返事をした後、少し真顔になってレイの方を向いて言葉を続ける。
「レイちゃんも感じてるかもしれないけど、多分次のゲームで、またまこちゃんが強打してくるわ。私たちの感覚が鈍っただろうと思ってね。次のゲームはまこちゃんがサーバーで最初から後ろにいるから、相手にとっては絶好の配置よ。」
「確かにスマッシュばっかり打っているから、相手の出方はわかっていてもちょっと心配ね・・。」
レイは、右手でラケットを持ち、面を左手にぽんぽんと当ててボレーの真似事をしながら不安を口にする。
「確かに頭でわかっているのと体の感覚って一緒じゃないから、最初はミスするかもしれないわ。だけど、4ポイント取られなければ負けじゃないんだから、失敗しても落ち着いて次のプレーに集中すれば、必ず間に合うわ。」
美奈子の確信を持った言葉にレイが小さく頷いて言う。
「いずれにしろ、次が勝負ってことね。」
「そう。もう一踏ん張りで頂上よ。」
美奈子も小さく頷くと、しっかりとした声で答えた。
「ねえ、亜美ちゃん、相手も気づいてないかな?」
ベンチに腰掛けたまことがタオルで汗を拭きながら亜美に尋ねた。
「そうね、気づいてるかもしれないわ。」
「ってことは、向こうの感覚が戻るのも意外に早いかもしれないな。」
まことはタオルを膝の上に置くと、涼しい顔で答える亜美の顔をまじまじと見つめながら少し不安げにつぶやく。
「まこちゃん。」
亜美は、そんなまことを励ますようににっこりと笑って話しかけた。
「作戦の言い出しっぺがそれじゃ困るわ。もう賽は投げられてるんだから。それに大丈夫。私に、もう一つだけ考えがあるから。」
「考えって?」
きょとんとして尋ねるまことにいたずらっぽく笑って、亜美は言葉をつないだ。
「それは見てのお楽しみよ!」
第10ゲーム。まことのサービス。
コート上の4人は、緊張の面持ちでポジションにつく。
「ぽーん。」
第1ポイント。まことのサーブがのどかにレイの正面に落ちる。
レイはそれを叩いて前に出る。まことの強打を予測しながら・・。
「ばしっ」
果たしてやってきたまことの強打は、レイのフォアサイドを襲う。
「くっ、速いっ」
対応が一瞬遅れたレイは、ボールをクロスに返しきれない。
「すぱーん」
亜美が、1、2歩前に飛び出して、放ったボールは美奈子とレイの間を鮮やかに抜けていった。
「ごめん、美奈子ちゃん。でも次頑張るわ。」
レイは小声でつぶやくと美奈子に左手で軽く合図する。
美奈子を見ると、レイの言葉が聞こえたかのように、右手で合図を返している。
「30-0。」
第2ポイントで美奈子がまことのストロークに対する2回目のボレーをネットにかけた後の第3ポイント。
あと2ポイント取れば、亜美たちの勝ちが決まる。
レイはまことの球を叩くべく、少し前に出て構える。
「ばしっ」
まことのサーブを強打してレイは前に詰める。
まことの強打が、第1ポイントと同様にやってくる。
「球に負けないように・・・」
「ぽーん」
心もちラケットを引いてインパクトの瞬間面を押し出して放ったボールは心地よい打球音を残して、亜美の足下を襲う。
「くっ」
亜美は、必死にラケットを出して、球を返す。
が力無くレイの前に上がったその球は叩かれると、今度こそ、亜美とまことの間を抜けていった。
「30-15」
せつなのコールが響いたのちの、第4ポイント。
第2ポイントと同様、美奈子はまことのサーブを逆クロス方向に叩いて前に出る。
まことも、回り込んで、その球を美奈子の方に強打する。
「さっき2回もボレーをしたのよ!」
美奈子は、先ほどの感触が残っている右手を少し引いて、まことの球を捕らえにかかる。
と、眼前に亜美の大きな姿が見える。
「亜美ちゃん?ネットべた詰め?」
クロス方向に放ったボレーは、ネットの中心部近くでネットにベタ詰めしている亜美のラケットのフレームに当たり、美奈子の側にぽとりと落ちて、転がった。
「40-15」
亜美の最後の作戦を見た美奈子は、せつなのコールを耳にしながらレイの方に小走りに駆け寄る。
「レイちゃん。亜美ちゃんは、まこちゃんが球をこっちに強打したあと、ほたるちゃんと同じやり方でネットベタ詰めしてくるわ。それもコートのほとんど真ん中に寄って。」
「どうする?」
レイの簡潔な問いに美奈子は、頭をフル回転させた。
どうする。
ネットベタ詰めは、相手に空いているコースを余り与えない、カス当たりでもポイントになる、という長所がある。
一方で、上を抜かれやすい、速い球に対応しづらい、という欠点がある。
しかし、上を抜くことは、ボレーでロブを上げることはそもそも難しい芸当だ。
では、真ん中付近に亜美を避けてボレーするか。
しかし、自分も前に出ていて相手がネットにベタ詰めしている状況では、そう空いている角度はない。
まことの強打に対して、まだ完全に感覚が戻ってない現在、正確にコースを狙えるだろうか。
では、強打で行くか。
まことのボレーを亜美が取れないほど速い球でボレー出来るだろうか。
この期に及んで、こんな思い切った、それでいて計算しつくされたことをしでかすとは、まるではるかのようだ。
どうする・・。
「美奈子ちゃん。私、速い球で行く。亜美ちゃんが反応出来ないように。それが一番自分に合ってるから。」
答えを出しかねている美奈子の言を待たずにレイは自分の結論を口にする。
美奈子はレイの顔を見る。
端正な顔に迷いは見られない。綺麗だと改めて思う。
その惚れ惚れする顔が微笑みを浮かべると、次の言葉が発せられた。
「美奈子ちゃん。祈ってて。」
第5ポイント、レイのレシーブ。
レイは、まことのサーブを叩いて前に出る。
「ばしっ」
まことの打球音が聞こえると同時にちらと目を正面にやると、亜美が、真正面にベタ詰めしに来ている。
予想どおり。後は運を天に任せてやるだけだ。
ラケットを少しだけ引いて、面を合わせ、そして正面に押し込む。
「でやっ」
「ぽーん」
「ばすっ」
・・・・・。
レイの打球は勢いよく正面に飛び、亜美が差し出したラケットをかすめて、その肩に当たり、そして、転がった。
「40-30。」
「ナイスボレー!レイちゃん!」
「まこちゃん!次取るわよ次!」
レイたちがポイントを取った旨のせつなのコールに続いて、美奈子と亜美の気合いの固まりのような声がコート内に同時に響いた。
第6ポイント、美奈子のレシーブ。
ここを取って、ジュースに持ち込めば一気に勝利は見えてくる。
「レイちゃん。続くわよ。」
小声を発した後、美奈子は、ラケットを少し強く握ると、まことのサーブを叩くべく1歩前に出て構える。
「ぽーん」
まことのサーブは相変わらずだ。
正面の亜美にちらと目をやれば、今にも前進してきそうな気配だ。
後はやるだけ。
まことの球を叩いて、前に出る。
強打がやってくる。
ラケットを少し引いて、面を合わせ、そして少し引っ張り気味に正面に押し込む。
「えいっ」
美奈子の打球は勢いよく亜美の正面ややバックサイド寄りに飛ぶ。
「ボコっ」
「ぽん」
ぽとり。ころころ・・・・・。
美奈子のボレーは、亜美が体を捻って差し出したラケットのフレームに当たり、そのボールは、ネットの上端に当たるとぽんと真上に弾み、
そして、落ちて転がった。
美奈子側のコートに。
<続く>
13へ
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