4人の86時間

<11>

 いよいよ決勝戦。
 
 1回戦を勝ち抜いた4選手が、コートに入り、試合前の練習を済ませると、挨拶のため、ネットへと歩み寄る。
 トスに勝った美奈子は迷わずサービスを選択する。
 そして、4人は、ネット越しに、対戦相手と握手をした。

「まこちゃん、亜美ちゃん、さっきは立派だったけど、負けないわ。」
 レイが締まった顔で言う。
「レイちゃん、こっちも同じ言葉を返すよ。」まことも目が笑っていない笑顔で返す。
「亜美ちゃん、疲れているかも知れないけど、手加減はしないわ。」
「望むところよ。ベストを尽くすわ。」
 美奈子と亜美の目も、戦いに望むときのそれであった。

「いい顔してるわ。みんな。」
 コート脇のベンチに座っているみちるが穏やかな顔で隣のはるかにつぶやく。
「そうだな。でもさっきの君もいい顔してたぜ。」
「あら、今は違うのかしら?」
 ふふっと笑うとみちるは、はるかを挟んで座っているほたるに見えないように自分の指をはるかの指に絡ませた。


「ワンセットマッチ、愛野サービス。プレイ。」
 審判台のせつなから試合開始の声がかかり、コートサードの4人が拍手が鳴りやんだ後、美奈子は、最初のサービスをまことに向けて放った。

 第1ポイント。美奈子のスライスサーブが、まことのフォアサイドを勢いよく襲う。
「ばしっ」
 しかし、まことのフォアハンドのクロスのリターンは、サービス並みのスピードで、サービスを打ったばかりの美奈子のフォアサイドを突いた。

「ばかなっ」
 予想外の威力のリターンに、美奈子は必死にラケットを合わせるが、面が押されて、打球は亜美の頭上に力無く上がる。
「すぱーんっ」
 亜美はその球を、コースを狙って、美奈子とレイの間にスマッシュする。
 実質的なリターンエースであった。

 第2ポイント、今度は亜美へのサービス。
 サービスの構えに入る美奈子は、まことが前に出ていないことに気づいた。
 構えを解くと、小走りにレイの方に走り、手短に耳打ちする。
「レイちゃん、まこちゃんは、多分後衛の位置に張り付いて、フォアハンドでパッシングショットを打ってくるわ。それ注意ね。」
 レイが頷くのを確認して、サービスの位置に戻ると、美奈子は、亜美にサービスを放った。

「ぽーん」
 亜美は無理せずに、ストレート方向、レイの頭上を深く高いロブで抜き、そのまま、前に出る。
 レイは、ネットに張り付いたまま、まことの正面に移動する。
 まことは、後衛の位置に張り付いたままだ。
 美奈子は、予想どおりの相手の動きを確認すると、クロス方向、まことの方へ、速く、そして、深いグラウンドストロークを送る。

「ばしっ」
 まことの返球は凄い勢いで、正面に移動したレイのバックサイド、ライン際を突く。
「くっ」
 予想していたレイは、しかし、予想を上回る球速に必死に対応して、ラケット面を合わせる。
「ぼっ」
 が、まことの球はバックハンドで差し出したラケット面を押し込むと、そのまま、ぽーんと跳ね上がり、サイドラインを割った。


「ゲーム、水野、木野。水野、木野リーズ1-0」
 結局ラブゲームで終わった第1ゲームの後、せつなのコールを聞きながら、4人は、コートチェンジ時の休憩のため、ベンチへと向かった。

「いやー、我ながら快調だよ。」
 まことが上機嫌で、タオルで、手の汗を拭く。
 奪った4つのポイントは、相手のストロークやボレーが押し込まれてチャンスボールとなったところを亜美が叩いて決めた3本と、まことの強打を相手が返しきれなかったものが1本で、すべてまことのフォアハンドのグラウンドストロークが起点になったものだ。
「まこちゃん、凄いわ。私も驚いてる。」
 亜美が、本音でまことのフォアハンドの威力を褒める。
 小細工しないで、まことのフォアハンドのグラウンドストロークで押せるところまで押していこうと言ったのは亜美自身ではあったが、まさかここまで威力があるとは思わなかったのだ。

「このままいけそうかな。」
 まことの気の早いせりふに亜美はクスッと笑う。
「どうかしらね。でも・・」
「でも、なあに?」
「途中で何が起きてもベストを尽くすわ。」
 真顔になって発せられた最後の一言にまことも真顔で答えた。
「あたしもだよ。」


「意外にやるわね。」
 休憩のためベンチに座ったレイは、タオルで手の汗を拭きながら、まことのフォアハンドの威力を正直に認める。
 美奈子がサービスゲームを落としたのは、この合宿に来て初めてのことであった。
「なんのなんの。これからよ。」
 美奈子の口ぶりはいつもと変わりない。
「とりあえず、次は亜美ちゃんのサーブだから、当初の打ち合わせどおり、前衛のまこちゃんを狙っていくのよ。弱点はそこだから。」
 美奈子の指示にレイも、気合い満々で頷く。
「そうね、勝負はこれからよ。」


 第2ゲーム。
 最初のレシーブはレイだ。
 美奈子はバックサイドのサービスライン当たりに自分の守備位置を取る。
 そして、右前のネット際に目をやると、前衛の位置に的にするはずのまことがおらず、代わりに亜美が立ってる。
 あっと思ってエンドライン際を見ると、まことが既にサービスの構えに入っていた。

 レイは、バウンドしたまことのサーブが頂点に達したところをクロス方向にハードヒットする。
 が、それに対するまことのリターンは、それを上回るスピードでレイのフォアサイドを襲ってきた。
「くっ。」
 レイは必死にラケットを合わせてリターンするが、面が押されて、引っ張り切れない。
 結果、勢いに欠けたボールがストレートに飛ぶと、待ちかまえていた亜美がそれを叩いた。

「15-0」
 せつなのコールを耳にしながら、美奈子は、改めてこの試合の相手の作戦を理解した。

 相手はまことのフォアハンドのグラウンドストロークでひたすら押してくる気だ。
 ダブルスでは普通であれば、サービスの上手な方が先にサービスを打つのが定石である。
 しかし、亜美たちは、あえてまことを先のサーバーに立ててきた。
 これは明らかに、サービスのへろへろ振りには目をつぶってまで、まことの後衛からのストロークに期待しているということだ。

「なんの。リターンエースで決めてやるわ。」
 美奈子は、まことのサーブを叩いてそこで決めるべく少し前に出て構えた。

「ぽーん」
 のどかな音を立ててまことのサーブがやってくる。
「ばしっ」
 バウンドして高く上がったところを美奈子は逆クロスのフォアハンドでまことのバックサイドに向けてたたき込む。
 しかし、まことは予期していたのか、素早い動きで回り込むと、これも逆クロスのフォアハンドで美奈子の方へフルショットでリターンする。
「ぐっ」
 面を合わせた美奈子はその衝撃に顔をゆがめる。
 そして、勢いにラケット面が押し込まれた球は、力無くまことの方にふらふらと返り、ダッシュ良くバックサイドに走った亜美がボレーで叩いた。


「ゲーム水野、木野。水野、木野リーズ2-0。」
 せつなが、第2ゲームを亜美たちが取った旨を告げる。その後も、まことのフォアハンドが猛威をふるい、美奈子たちは、結局1ポイントしか取れずに、このゲームを失った。


 第3ゲーム。レイのサービス。
 美奈子は、サービスの構えに入ろうとするレイのところに歩みよる。
「レイちゃん。残念だけどまこちゃんのフォアハンドの威力は、素直に認めた方が良さそうだわ。」
「で、どうする?まこちゃん多分前に出てこないから、狙えないわよ。」
 対策を尋ねるレイも、まことの球をボレーしたときの衝撃は、まだ手に残っている。
「前に出てこなければ、出てこさせればいいのよ。いい?」
 2言3言話をすると、美奈子は自分のポジションに戻った。

「ぱしっ」
 レイのスライスサーブに対し、まことが強烈なフォアハンドでクロスにリターンする。
 それに対し、レイはフォアハンドで打つ構えを見せると、ラケット面を上に向け、そのまま軽く面を押し出した。
 アンダースピンがかかった球は、クロス方向に飛び、ネットを越えると、力無くぽとりと落ちる。
クロス方向へのドロップショットだ。
 予期していなかったレイのリターンにまことは反応できず、そのままエースとなった。

「15-0。」
 せつながコールする中、まことは亜美のところに行き、アドバイスを求める。
「どうしよう。」
「まこちゃん。多分、相手は、今みたいに浅くて弾まない球をまこちゃんの前に出してくると思うけど、最初いったとおり、自分たちのプレーをしましょ。強打できないくらい浅い球が来たら、急いで前進して深く返して、そしてまた後ろに下がるのよ。」
 亜美の答えぶりは毅然としている。
「でも、また、浅い球がきたら?」
「そうなれば根比べよ。でも、確率的にはこっちに分があるはずよ。」
 確信をもった亜美の答えに、まことは安心したように、自分のポジションへと戻った。

 第2ポイント。
 レイのサーブに対し、亜美は基本どおり美奈子を避けてバックハンドでクロスにリターンする。
 レイは、まことが相変わらず後ろにいることを確認すると、先ほどと同じように、ラケット面を上に向け、ストレート方向、まことの前にドロップショットを放つ。
 まことはそれを見て、急いで前進する。
 が、ようやく近づいた球は、あまり弾まない。
 スライスボール、すなわちアンダースピンがかかった球は、あまり弾まないのだ。
「こりゃ無理だ。」
 強打をあきらめたまことは、ラケット面を上に向け、これもスライスボールで、クロス方向、レイの方に深く返すと、バックステップを踏んで、大急ぎで後ろに戻る。
 レイも、既に前衛にするすると上がってきている亜美を避けながら、その球を再び、まことの前に浅く返す。
 まことも、これも前衛にするすると上がってきている美奈子を避けて、レイの方向に深く返す。

 結局何回かの往復の末、まことの返球をタイミング良く飛び出した美奈子が叩いて、このポイントも美奈子たちが取った。

「ゲーム。愛野・火野。水野、木野リーズ2-1。」
 第3ゲームは、結局、美奈子たちが亜美のサービスをブレークした。
 美奈子たちは、前衛にいる亜美を避けながら、まことの前に浅い球を出すか、あるいは、まことがフォアハンドで返せないバックサイド方向に球を送ることで、まことのフォアハンドを封じ込めた。

「ごめん。根負けしちゃったよ。」
 奇数ゲーム後のコートチェンジ時の休憩で、ベンチに座ったまことはが、タオルで、汗を拭きながら亜美に謝る。まことは、前のゲームではどのポイントも、コート中前後左右に走り回されていた。
「ううん。お疲れ様。でもこの分ならいけそうよ。」
 前のゲームを取られたばかりというのに、亜美は声も表情も明るい。
「どうして、この分ならいけそうなんだい?」
 まことは、亜美の風情から見て、ただの景気づけではないと思ったものの、亜美の判断の理由がわからない。
「それはね。」
 亜美は、手を拭いていたタオルをベンチに置くと、説明を始めた。

 美奈子とレイは、まことがフォアの強打が出来ない位置に、球を落としにいっている。
 まことは、来た球を、強打が出来ないと思えば相手に返し、できると思えば、強打している。
 全く、神経の使い方が違うというのだ。
 しかも、前に落ちるスライスの球は、半ば予想している相手には、うまく打たないと相手のチャンスボールになる危険が大きい。
 一方、深く返すことしか考えていないまことは、多少手元が狂っても、安全なところに球は飛んでいく。

「まこちゃんには申し訳ないけど正直言って相手の方が細かい技術は上だからさっきのゲームは落としちゃったけど、向こうの球に体が慣れてくれば、そのうち、相手は手も足も出なくなるはずよ。」



「あんまり褒められた作戦じゃないわね。」
 休憩のため、ベンチに座ったレイは、美奈子に正直な感想を口にする。
 レイも、自分たちが採っている作戦が、神経を使う割にあまり確率の良くないことを感じていた。
「そうね。率直なご意見有り難う。」
 そう言う美奈子自身も、既に先ほどのゲームの途中で、この作戦は早晩行き詰まることを感じていた。

 まことの前方向へのダッシュ力もさることながら、バックサイドへの回り込みのスピードが予想外であった。
 当初の予想では、まことのフォア方向に球を出しさえしなければ、まことはお荷物と考えていたが、生来の運動能力に加え、何でもかんでもフォアハンドで打つと決めこんでいるまことは、バックサイドへの回り込みに全く迷いが見られないのだ。
 このままでは、まことがこちらの出す球に慣れてくれば、明らかにこちらが前衛の亜美に引っかけるか、まことに強打を許すかの確率が高くなる。
 が、対策となると難しい。
 どうすれば、まことのフォアを打たせないでいけるか・・・。

 美奈子は、スポーツタオルで顔を覆うと、座ったまま、身を屈めて思考に沈んだ。

「ねえ、美奈子ちゃん?」
 上の方から聞こえてきた澄んだ声に、思考の世界から現実の世界に戻った美奈子は、体を起こした。
 レイが真顔でこちらを見ている。
 
「美奈子ちゃん、ちょっと受け身になってない?」
 どきりとした美奈子が返事を返せずにいると、レイが言葉を続けた。
「そりゃ、美奈子ちゃんはテニスには詳しいし、私はたいした知識はないわ。でも、自分が何が得意かはわかっているし、美奈子ちゃんが力の裏付けのある高い技術を持っていることも見ててわかるの。それなのに、今の私たちのプレーは、自分たちの長所を全然生かしてないわ。相手の弱点突くことばっかりに集中してて。」

 言われてみればもっともな発言であった。
 レイの長所は、ストロークとボレーの思い切りの良さだ。
 自分の長所も、小技は持っているものの、本来的には、前に出てのキレのいいボレーだ。
 今の展開は、自分たちの長所を全く生かしていない。
 しかし、現実に目を向ければ、2人のボレーは、最初の2ゲームでまことのフォアハンドのストロークをもてあましていた。
 今、行っている作戦は、その打開策として行っているものなのだ。

「有り難う、レイちゃん。レイちゃんが正しいよ。でも、具体的にどうすればいいのかがわからなくて・・・」
 感謝の言葉を返しながらも、思案の表情の美奈子に、レイは、聞いて欲しいことがあると言って、話を続ける。

「私、前の試合から見てて、っていうか昨日今日と朝練でまこちゃんと打った時からだと思うんだけど、気づいたことがあるの。」
 美奈子の顔が明らかに興味を示す。
 
「その・・、何て言ったらいいのか・・。要するに、まこちゃんの球ってみんなが言ってるほどには速くないのよ。あんなにパワーがあって、フルショットしてそのパワーを球に全部ぶつけてるのに。スピードだけだったら、多分美奈子ちゃんやはるかさんとあまり変わらないと思うわ。」

 なるほど冷静に思い起こせばそうかもしれない。確かに、ストロークにしろ、ボレーにしろ、自分が見ていた範囲でもノータッチのエースというのは、まことはそれ程取っていない。
「だけど、多分まこちゃんの体重がうんと乗ってるせいだと思うんだけど、まこちゃんの球ってすっごく重いのよ。ストロークしててもボレーしてても面が弾かれちゃうくらい。それで、いつもみんなやられちゃってると思うのよ。さっきの私たちにしても。」

 そこまで言われて美奈子も、まことのフォアハンドの特徴に今さらながらに気づいた。
 まことのフォアハンドの強みは、そのスピードではなく、トップスピンの強さだ。
 このスピンがかかった球は、地面に落ちよう落ちようとする力が強く働くため、この球を打つ場合は、相当強く打っても、エンドラインをオーバーすることはない。むしろ、強く打って、スピンをしっかりかけた方が、中途半端に力をセーブして打つよりも安全に相手コートに入る。
 そして、この球を打つには、回転をほとんどかけずに打つ球・・・フラットボールといわれている・・・に比べて、相当な力が必要である一方、この球は、その大きな力によって与えられた回転が、地面にバウンドすれば球を高く跳ね上がらせ、ラケットに当たれば、そのラケットを強く押し込むのだ。

「だから、レイちゃんは、まこちゃんの球は、ラケット面には当てられることは当てられるのだから、うまくやれば返せるんじゃないか、て言いたい訳ね。」
 美奈子が、レイの言葉を先回りすると、レイはそうだと頷いて返事をした。
「2人ともボレーを続ければ、きっと球に合ってきて返せるようになると思うわ。」

 できるだろうか。
 確かに、先入観を持たずに対応すれば、・・要するにびびらなければ・・まことの球に面を合わせることは出来そうだ。
 しかし、球を返すだけでは意味がない。
 勢いのないボールを返せばそれを強打され、今度こそ止められない球が返ってくる。
 それは、先のゲームでの前半のほたるのプレーが実証済みだ。
 あの球の勢いに負けずにラケットを押し込んで、深く生きた球を返さなくてはならない。
 先ほどのボレーでしびれた手の感覚はまだ残っている。
 残された猶予は、あと4ゲーム・・。

 そこまで考えて、美奈子はレイの方に顔を向けた。
 いつもの強い目だ。
 先ほどのゲーム後半と同じ目をしている。
 これは、できる。
 自分の力とレイの力を信じてやれば、必ず間に合う。

「いいわ。その案、採用よ。但し、ストローク戦で互角に戦うのは無理だから、2人とも前に出てのボレーでいくわ。」
 腹が決まった美奈子は、真顔で言葉を続け、具体の指示を出す。
「とにかく、目先のポイントを取ることより、まこちゃんの強いスピンのかかった球にラケット面が負けなように押し込んで深く生きたボレーをすることを心がけるの。だから、最初は、オーバーしたり、ネットにかけたりするかもしれないけど、それを怖がっちゃ駄目。とにかく勢いのある、生きた球を出すことを考えるのよ。」
「いいわ。了解よ。」
 レイも自ら提案した積極策の採用に気合い満々で立ち上がった。


「あっと。レイちゃん大事なこと一つ・・」
 コートに向かいかけたレイが美奈子の声に足を止めて振り返る。
「なあに?」
「まこちゃんの球が重いのは、すごいスピンをかけてるからなのよ。」
「さっき聞いたわ。それで?」
 
 
 
「だから、さっきレイちゃんがまこちゃんの体重説を唱えていたことは内緒にしておいてあげるわ。」
 そう言うと、美奈子はニカッと笑ってVサインを出した。

  

<続く>

12へ

スキピオさんのサイト:
下駄を履くまで

頂き物小説Index へ戻る