4人の86時間

<4>

ぽーんー、ぽーん、ぱしっ。さわやかな青空の下、ネットを挟んで美奈子はレイと、亜美はまことと打球音をこだまさせる。
 
「レイちゃん。まめつくりの効果が出てるわね・・。」
 レイは少しでも球が浮くと軽くドライブのかかったフォアハンドを強めに打ち込んでくる。
 美奈子はそんなレイのプレーを頼もしく感じながら、それでも余裕で打ち返す。
 美奈子のバックハンドのスライスのクロスボールをレイが返しきれずにボールをネットにかけたところで、美奈子は手を休めてまことたちのプレーに目をやった。
 
 まことのフォアハンドはしっかりドライブ回転のかかった力強い球筋だ。
 バックハンドは両手打ちで、まだ面を合わせにいっているだけという感じだが、球はちゃんとゆるゆるとコートの中に返ってくる。
 亜美の方はといえば、いかにも亜美らしく、フォアハンド、両手打ちのバックハンドとも素直なフラット系のボールを丁寧に、まことの左右に均等に打ち分けて、相手の練習に協力している。
 
「ふーん。これは大したものだわ。さすがは指導よろしきを得たまこちゃんね。」
 美奈子も、まことも自分のラケットを持って練習したからには少しはうまくなっているとは思っていたが、ここまできちんとストロークができるようになっているのは意外だった。
「どりゃっ!」
 気合い一閃、亜美が返した浮球を踏み込んで打ったまことのフォアハンドの強烈なクロスボールは、しかしネットに突き刺さる。
 
「いやほんと。なかなかのもんだわ。」美奈子がつぶやくと、コートサイドから「やあ、みんな上手じゃないか」と声がする。
「ああ、はるかさん、お先に失礼してます。よかったら代わりましょうか?」
 ネットにかけたボールを拾っているレイが、宿からコートに降りてきた4人に少し息を弾ませながら声をかける。
「そうだね、じゃあお言葉に甘えようか。」
 手足の筋をのばしながらはるかが答えた。

 コート脇のベンチに腰掛けたレイたち4人と入れ替わって、はるかたち4人がコートに入ってそれぞれストロークを始めた。
 上下とも白のポロシャツと短パンはるかは、白のウエアに赤のスコート姿のほたるを相手に明るく声をかけながら球をつないであげている。ほたるの打つは球はゆっくりだし、ときどき山なりの球があさっての方にいってしまうが、はるかが風のようなステップで追いついて、ちゃんとほたるの回りに球を落としてあげている。
 
「ほたるちゃんはちょっとまだ大変かしら」レイが言う。
「そうね、やっぱり硬式テニスはある程度腕力がないとね。」  隣で座りながらラケットをもてあそんでいる美奈子も相づちをうつ。
「でも、一生懸命やっていてとても楽しそうよ。」亜美が目を細めて言う。
  ほたるは、少し小さめのジュニア用のラケットを頑張って振り回して、それでもとても楽しそうにプレーをしている。
 デスバスターズとの戦いの時の転生前ほたるの印象がまだ心に強く残っている4人にとっては、こうやって太陽の下で思い切り体を動かすほたるの姿は何か、それまでできなかった分を一生懸命取り返そうとしているようにも見える。

 はるかの隣では白のウエアにダークグリーンのスコート姿のみちるが、白のウエアにやはりダークグリーンのジャージのズボン姿のせつなと打ち合っている。
 
 長い手足を伸ばして大きなストロークをするみちるはまるでバレエを踊っているようだ。
 球筋もフォアハンドは軽いドライブ、片手のバックハンドは軽いスライスで、球筋も優美そのものだ。
 
「きれいよねー。」「ほんと。」
 亜美とレイが思わず感嘆のつぶやきをもらす。
「ちょっとまねできないよなー。」
 まことも、膝の上に両手でほおづえをついて、ふうっとため息をつく。
 
 まことは、はるかのスピードののった強さを十分認めていて、それを目標にと思うことがよくある。
 が、一方で、みちるの優雅な美しさもああいう風になれたらとも平素より思っているのだ。
 ただ、自分とは余りに路線が違いすぎるので、それを目指して、とはなかなかならない。
 まことにとってのはるか像が目標とする先輩とすれば、みちるへのそれは、あこがれの別世界の人というところであろうか。

 せつなはといえば、長い足でしっかりと地面を踏んで腰をおとして、面をあわせたストロークを続けている。球筋は、ネットの上を高く越えて時間をかけてベースライン際に落ちる、いわゆる中ロブに近い球筋だ。冥界の戦士らしく、淡々と、しかし、乱れることなく一定のリズムで一定の球筋でボールを相手コートに送り続けている。
 
「試合になると、あーいう、おばさんテニスがおそるべしなんだわ。」
 本人が聞いたら、口をきいてくれなくなりそうな褒め言葉を美奈子は漏らす。
「えっ。なによ、その「おばさんテニス」って。」
 レイが半分とがめるように尋ねる。
「いやね、ああいう風に、中ロブで球をつないで、前衛に引っかかりそうな時は、もう少し高いロビングでその頭の上を越していくスタイルのテニスのことをいうのよ。学生終わってからテニスを始めて、仲間同士で試合をたくさんする女性がよくやるプレースタイルなんでそういわれているの。派手さはないんだけど、なかなかミスらないんで、試合になるとこれが意外に手強いのよ。」
 確かに、せつなプレーを見ると球筋こそゆっくりだが、確実そのものだ。
 
「なるほどね・・。でも、今の褒め言葉、本人にいってもいいの?」
 説明自体はなるほどと思いつつもレイは美奈子に小声でいう。
 もちろん美奈子はせつなのことをおばさんなどとは露ほども思っていないし、レイもそんなことはわかっている。
 しかしはるかやほたるに言うのであれば笑い話だが、少なくともこのメンバーでは一番年長のせつなにいうのでは洒落にならない。
 
「レイちゃん・・。もし言ったら・・・、縁切るわよ。」
 綸言汗の如しの格言を知らない美奈子も、同じ意味のことを考えていた。
 

「やあ、そろそろ、交代してくれるかい?」
 はるかが、ほたるのアウトボールを追いかけて、ちょうど4人が座っているベンチの前まで来たところで、亜美に声をかけた。
「あ、でももういいんですか?」
「ああ、もう十分だよ。僕は、ちょっと、宿から飲み物でもとってくるよ。」
 はるかはベンチの脇に置いてあったラケットカバーを手にとって、ラケットにかけはじめ る。
「あ、それだったら、私が行きます。」
 立ち上がりかけた亜美に、はるかは右手の平を軽く振ってそれを制する。
「あ、いやいや、それより、亜美は、少しほたるの相手をしてやってくれないかい?」
 はるかの言葉に亜美がほたるの方を見ると、つぶらな瞳でほたるが自分の方を見ている。
 
「亜美ちゃん、相手してあげなよ。ほら、荷物運びなら、あたしの領分だからさっ。」
 どうしようかと立っている亜美にまことも立ち上がってほたるの相手を薦める。
「じゃあ、飲み物運びはまことに手伝ってもらうとして、亜美、頼んだよ。」
 はるかとまことを連れて宿に向かうと、取り残された恰好の亜美はふり向いて「じゃあ、わたしとお願いできる?」とほたるに向かってにっこりと声をかけた。
「はい。よろしくお願いします。」
 ほたるもぺこりとお辞儀をして最高の笑顔を亜美に返した。
 

「こりゃー。ほっとくと、まこちゃん危ないわ。」
 ベンチに2人残された美奈子がレイにつぶやく。
「えっ。なんのことよ。」
「だって、あれみてたら、そう思うじゃない。」
 
 亜美は、持ち前のきまじめさで、ほたるの荒れ球を丁寧に拾って、ほたるのところに打ち返してあげている。
 ほたるがうまく打ち返すと、ナイスショットっと褒めてあげる。時々は、ネット越しで、あるいはほたるのいるコートまで行って、グリップはも少しこうした方がとか打球点はここよとか、指導してあげる。
 ほたるの方も、そんな亜美の指導を喜々として受けていて、いい打球が飛んで亜美に褒められるととても輝いた顔になる。亜美も、自分の教えたとおりにほたるができると、ほたる以上に幸せそうな笑顔を見せる。

「確かに・・・。なんか、仲のいい姉妹みたいね。」
 レイも美奈子に同意する。
「姉妹で済んでいるうちはまだいいってことよ。ほたるちゃんももう中学生なんだしこれからすぐに大きくなるわ。ほら、「千尋の谷も一歩から」っていう言葉もあるでしょ。」

 この人に付いていくと自分も本当に千尋の谷に落ちてしまうのではないかとの寒けも覚えつつ、レイはあくまで危機をあおる美奈子に釘を差す。
 
「まったくあんたって人は・・・。でも大丈夫よ。ああ見えても結構亜美ちゃんの方が一生懸命だったりするんだから。」
「そうね。でも全然波風立たないのもおもしろくないわね。」
 
 さすがにそこまで言うかと思って絶句するレイに、みちるの声がした。
「おまたせ。わたしたちも代わってくださる?」

  

<続く>

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