あの娘のスキャンダル!?

深森 薫

 

 晴れ渡る空に、そよぐ風。
 心地良さに目を閉じ、うん、と大きな伸びを一つして、あたしはバルコニーの柵に頬杖をついた。
 高みから降り注ぐ日差しが、寝起きの目に滲みる。「寝起き」というには中途半端な時刻。昨日の妖魔討伐が意外にこたえたらしく、任務を終えて戻って来てから今まで、ずっと眠り続けていたというわけだ。別にあたしが怠惰な所為じゃない。やっぱ、ヴィーかマーズに手伝って貰えばよかっかな。見栄なんか張らずに。
 シャワーでも浴びて、すっきりしよう。
 そう思ってバルコニーから離れようとしたその時、視界の端に見慣れた人の影が微かに映る。
 思わず手摺りにへばり付くあたし。
 ・・・我ながら、単純。
 彼女はいつもの書類ケースを胸に抱えて、ゆったりと、っていうよりぼんやりとした風で歩いていた。心なしか、少し疲れているような。
『マーキュリー』
 ゆっくりと振り向いて、なあに、と答えて微笑む彼女。
『どうしたの? 顔色悪いよ』
 あたしはそう言って、その細い肩を抱き寄せ------
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・られたらいいなぁ。
 バカみたいな妄想に自分でも一寸呆れて、あたしはバルコニーの手摺りに突っ伏した。突っ伏したまま、上目遣いにまた彼女の方に視線を送る。
 不意に彼女は足を止め、振り返った。
 はっ。気付かれた? あんましあたしが見つめるから? それとも愛の力ってやつ?
 ・・・んなわけねーだろ。自分で思わずツッコむあたし。
 彼女は驚いたように目を見開いたかと思うと。
 ぱっ、と顔をほころばせた。
 鉛色の雲の切れ間から射す光のような、彼女の心からの笑みに、あたしの心は不安に曇る。
 彼女にあんな顔をさせることができるのは誰なのか。少なくとも、あたしでないことは確かなのだから。

*      *      *

「マーキュリー」
 不意に名を呼ばれ、マーキュリーは振り向いた。
 すらりとした長身に、緩やかな波をかたどる碧の髪。
「! ネプチューン!」
「ごきげんよう。変わりはなくて?」
 ネプチューンは優雅な仕草で髪をかき上げながら、マーキュリーの驚いた表情に満足げに微笑んだ。

*      *      *

 その謎はすぐに解けた。彼女の視線の先に、もう一つの人影がほどなく姿を現す。長身にすらりと伸びた美脚、緩やかな波をかたどる碧の髪。
「・・・ネプチューン?」
 外惑星の守人であるネプチューンの姿をこの宮殿で見かけるのはかなり珍しい。・・・・・・そっか。彼女があんなに嬉しそうなのは、珍しい人に会ったからだな、うん。そういうことにしておこう。そうであってくれ、頼むから。
 ------なんて言ってるそばから、ネプチューンに笑顔で駆け寄る彼女の姿があたしのささやかな祈りを吹き飛ばした。
 うわぁ・・・・・・・・・可愛い・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・って、そうじゃなくて。
 呑気に見とれてる場合じゃないっての。
 何を話しているのか、彼女は不安げに顔を曇らせたり、ぷっと頬を膨らませて拗ねてみたり、目まぐるしく表情を変える。いつも真面目で、物静かで。怒ったり笑ったりすることは勿論あるけど、感情表現は決して派手じゃない。その彼女が。
 はっ!!
 ネプチューン! 何てことを!
 彼女のその、ぷっと膨らんだ頬をネプチューンは指でつんつんと突っつく。彼女もそんなに嫌そうじゃないし。
 くぅっ。あたしも触りたい・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・ってか、なんであの二人あんなに仲いいんだよ・・・
 仲がいいっていうか・・・「親密」って感じだよな。

*      *      *

「どうして? 式典は来週----」
 突然の珍客に笑顔で駆け寄ったマーキュリー。
 問いかけて、その笑顔がふと曇る。
「----何か、変わったことが?」
「何もないから来たのよ」
 不安げに問うマーキュリーに、ネプチューンはくすり、と笑って答えた。
「相変わらず心配性ね」
「・・・だって」
 そういう役目なんですもの、と頬を膨らませてみせるマーキュリー。
「そんなに拗ねないで頂戴。可愛い貴女に会いたくて、クィーンへの挨拶もそこそこに飛んできたのよ?」
 その頬を指でつんつんとつつきながら、ネプチューンは愉快そうに笑って言った。
「・・・・・・そういえば、ウラヌスは?」
 ふと、ネプチューンの側にいつもある人の姿が見あたらないことに気付いて、マーキュリーが問う。ネプチューンはああ、と気のない返事をして、
「お留守番よ。来週の式典には来るけど。たまにはいい薬だわ」
 殊更につまらなそうな顔で、髪をかき上げながらそう言った。
 ・・・また喧嘩したのね・・・
 喧嘩、といってもネプチューンが一方的に散々好き放題まくし立てた後で突き放すのがお約束だが。今夜はお茶菓子が尽きるまで延々この話を聞かされるのね、とマーキュリーは内心溜息をついた。
「ね、マーキュリー。人のことより、自分はどうなの?」
「・・・え?」
 突然悪戯ぽい笑みを輝かせて問うネプチューンに、マーキュリーは何のことか解りかねる様子で瞬きをした。
「・・・・・・・・・・」
 そっと耳打ちをするネプチューン。
「!」
 途端に、マーキュリーの顔が真っ赤に染まった。
「っ、そんなっ、私は、ぜんぜん、そんなんじゃ------!」
 否定の言葉とは裏腹に、上擦る声と詰まる呼吸が、それが図星だと物語る。

*      *      *

 うわ。内緒話なんてしてるし。
 んなことしなくても聞こえねぇっつーの。
 と、彼女の顔が遠目にも判るほど真っ赤に染まる。
 何言ったんだよ、ネプチューン!

*      *      *

「なんだかんだ言っても私の従姉妹ね。好みが少し似てるかしら」
「似てません」
 肩をすくめるネプチューンに、頬を染めたままぷい、とそっぽを向くマーキュリー。
「あら。似てるわよ? 気が多いところとか、その割に考えてることが単純なところとか、すぐムキになるところとか、一寸突き放すとすぐしおれちゃう癖に強がりで見栄っ張りなところが」
「見栄っ張り、は違うと思うわ」
「他は当たってるのね」
 ネプチューンは満足げな笑みを湛え、したり顔でそう言った。

*      *      *

 気になる。
 気になる気になる。
 そうして考え込んでる間にも、彼女は真っ赤な顔でいやいやと首を振ったり、つんと拗ねたようにそっぽを向いたり。
 どれもこれも、あたしの見たことのないような顔で。
 ・・・・・・・やっぱ、可愛いなぁ。どんな顔しても・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・そうじゃなくって。バカかあたしは。

*      *      *

「よくって? ああいう気の多いタイプはね、こっちから飛び込んじゃ駄目よ。少し誘って、うんと焦らして、向こうに『愛してます』って跪かせるの。惚れた弱み、っていうでしょう?」
「・・・はいはい」
「お姉さんの言うことは聞くものよ?」
「はいはい」
「嫌だわ。そんなに拗ねちゃって。折角久しぶりに会ったんですもの、ご機嫌直して、美味しいお茶を淹れて頂戴」
 ネプチューンはそう言ってマーキュリーの横に並ぶと、その肩をきゅっ、と抱いて頬を寄せた。
「ちゃんとお茶菓子は持ってきたから」
「・・・だったら許してあげる」
 マーキュリーがくすりと笑って答えると、二人は連れだって歩き出した。
「誰かに淹れて貰うお茶も、久しぶりだわ」
「ウラヌスは淹れてくれないの?」
「くれないことはないけど。美味しくないのよね、大雑把で」
「・・・そこも違うところね」
「あら。ご馳走様」
「っ、だから、そんなんじゃ------」
「はいはい」
 久々の再会を楽しむ二人は、少女の頃に還ったようにいつまでも喋り続けた。

*      *      *

 あの二人の仲睦まじさは何だ? ありゃ、仲間とかなんとかってより、その・・・・・・友達以上の、いわゆる深い仲、みたい。
 そんな話聞いてないよ! 
 ・・・いや、自分からそんなこと言いふらす人じゃないけどさ。
 でも、何で? いつの間に?
 って。
 あ゛ーーーーーーーーーーーーっっっ!
 かっ、かかかかかっかか肩なんか抱いてっ!
 あんなに顔くっついて!
 しかも嬉しそうだし、二人とも!
 ちょっ、なっ、そんな!
「------うわっ!?」
 不意に足元がつるりと滑り、バルコニーから思い切り身を乗り出していたあたしは、一瞬体が宙に浮くような感覚を覚え。
 ------いや、ただの錯覚だけどさ。
「うあ゛ーーーーー!」
 がさがさがさがさばきべきぼきばさ!
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・よかった、窓の下が植え込みで。
「〜〜〜っっ! ばっかやろーーーーーー!」
誰に向けるでもないあたしの叫びは、晴天の下に虚しく響いた。

 

あの娘のスキャンダル!?−−−終

  


(^^) よろしければ、感想をお聞かせ下さい。(^^)

↓こちらのボタンで、メールフォームが開きます↓
未記入・未選択の欄があってもOKです。
メールフォーム


小説Index へ戻る