雨音

深森 薫

 

 激しい雨音に、目を覚ました。
 眠りを妨げられたという感覚はないから、目を覚ますと激しい雨音が聞こえてきた、の方が正しいのかもしれない。
 とりとめもなくそんなことを思いながら、ちらり、と枕元の時計を一瞥する。短針の示す時刻の割に辺りが暗いのは、分厚い雨雲の仕業なのだろう。カーテンで仕切られた、内と外の世界。その一切が、雨音に満たされているような感覚を覚える。
 自分の隣に目を移すと、枕に半分顔を埋めて眠る彼女の睫毛。

 暫し見つめていると、睫毛が小さく震えてうっすらと目が開かれた。私があまり見つめるから何かを感じたのか、それとも単に私が隣で身じろいだからなのか。あるいは、辺りを満たす雨音に眠りを妨げられたのかもしれない。
 私は、言葉の代わりに指先で軽く彼女の頬にかかる髪を払った。うっすらと開いただけの瞳が、それでも嬉しそうに細められるのが判る。私は頬を撫でる指をそのまま髪へと滑らせた。
「・・・雨?」
 起き抜けの少し掠れた声で、彼女が問う。
「・・・うん。だね」
 何の感慨もなく、私は答えた。これといって特に予定もない土曜日。どこかに出かけるわけでもなく、ただこのままこうして惰眠を貪るにはいい口実かもしれない。
「・・・何時? いま」
「・・・まだ、早いよ。大分」
「・・・そう」
 まるで答えになっていない私の返事を咎めるでもなく、彼女はまどろむように微笑んで目を細めた。きっと、あれこれ考えるのが億劫なのだろう。
「・・・よく、降るわね」
 何の感慨もなく、彼女が呟く。もしかしたら、私と同じような事を思っているのかもしれない。
 不意に轟く雷鳴。
 まだ、少し遠い。
「・・・雷」
「・・・うん」
 ぼんやりと呟く彼女に、私もぼんやりと応える。
 雨足が少し強くなった。
 カーテンの向こうで光が瞬き、空が崩れるような轟音。
「・・・すごい音」
 それでもまだ、光と音とのタイムラグはゼロではない。
「・・・恐い?」
 私は髪を梳く手を止めた。
「・・・ううん」
 彼女は小さく肩をすくめて、今更何を、というようにくすりと笑んだ。
 更に激しさを増す雨音。
 競うように、轟く雷鳴。
 薄暗い部屋の中。音も、気配も、それら以外の一切がかき消された空間で、残りの世界から二人だけが切り離されたような気がしてくる。例えるなら、光の届かない深海に二人きりで取り残されたような。
 唯一つ、彼女の温もりだけが確かなもののように思えて。
 繋がりを求めて、私は彼女を抱き寄せた。
「・・・恐いの?」
 可笑しそうに訊く彼女に、
「・・・うん」
 一寸ね、と曖昧に答えて、口づける。
 すぐに深いものへと変わるそれに、彼女はすんなりと応えた。
 全てをかき消す音の海の底、ただ触覚だけが鋭敏さを増してゆく。

 激しい雨と雷鳴とが狂おしく交わりあう、そんな夜明け。

−−−雨音・終




・・・実はこれ、作中一度も登場人物の名前が出てきません。したがって、『これは美奈レイ』と思って読んだら美奈レイと思えないこともありませんし、『これは聖蓉』と思って読んだら聖蓉と思えないこともないのです(笑)

  


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