やっぱり打倒ヴィーナス!

深森 薫

  

「つっ!・・・」
 痛ぇぇぇぇっぇぇぇぇっぇっぇっぇぇっっっつ!
「あっ、ごめぇん」
「い・・・いえ、だ、だいぢょうぶ、ですぅぅ」
 プリンセスの靴の細いヒールが、もろにあたしの右足を突き刺した。ぎりりと音がするほど歯を食いしばり、痛みをこらえて声を殺して笑顔を作ってみせる。
「ジュピターちゃん・・・ほんとにだいじょうぶ? 涙でてるよ」
「う・・・ほんとに、だい、ぢょうぶ、です」
 舞踏会は明日だっていうのに、月王国の王女ともあろうものがダンス一つまともにできないとは、我が姫ながら情けない。一日やそこらでまともに踊れるようになれるとはとても思えないけど。
 まあ、何にもしないよりはましか。
「いいですか? もう一回、今度はゆっくり、ゆっくり、ゆぅーっくり、やりますからね、ちゃんと覚えて下さいよ。はい、1、2、3、 1、2、3 ・・・」
 これがヴィナだったら、問答無用でぶん殴ってるんだけどな。「何度も言わせんぢゃねえ馬鹿野郎」って。
 あたしはちらりと横に目をやった。
 そのヴィナは、隣で不器用げにマーキュリーと踊っている。
 ・・・気に入らない。
 何だか楽しそうに見えるのがますます気に入らない。おまけにヴィナの踊りの下手クソなことといったら、プリンセスとすっとこどっこいのいい勝負
「1、2、3ひぎっっっ!」
「あー、ごめんっ」
 今度は左足の小指ぃぃ。
 今日、自分で歩いて帰れるかな、あたし・・・

    *     *     *

 KNOCK-KNOCK

 ノックの音がしたのは、昼過ぎのことだった。あたしは不寝番が明けて一眠りした後、ちょうどベッドから這い出したところだった。
「ジュピターちゃん♥」
「プリンセス! どっどどどどーしたんですかこんな所に」
 髪も衣服もぐちゃぐちゃ、顔も洗ってないところに姫が現れたもんだから驚いた。どうしていいかわからなくって手をわたわたさせていると、
「あのね、ジュピターちゃんにお願いがあるの」
 プリンセスは、あたしの慌てた様子に構わないのか気付かないのか、そのまま先を続けた。
「はあ・・・そりゃ、あたしにできることでしたら何なりと」
「ダンス、教えてくれる?」
「ダンス、ですか」
 わざに部屋まで訪ねてきて何を言い出すかと思ったら。
「うん。明日は舞踏会じゃない。地球国からもたくさん人が来るんでしょ? 踊って下さい、って言われて踊れなかったりしたら、恥ずかしいじゃない。・・・だから、ね? いいでしょ?」
 なんと! うちの姫にもまだ恥ずかしいなどという感覚があったか。
「はあ。それならおやすい御用です」
「ほんと?・・・よかった! ね、ヴィナちゃん!」
 なにぃ?
 ドアの陰、プリンセスの後ろから、よく似た金髪女がもう一人・・・いや、プリンセスはこんなにふてぶてしかぁないぞ。
「はぁい ♥ ジュピター。実はあたしも教えて欲しいなー、なんて」
 けっ!誰がお前なんかに・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 いや、待てよ。
 これはもしやいつものお返しをする絶好のチャンス?
 ・・・ふっ。
 ふふふっ。
 ふふふふふふふふふふっっ。
「ああ、いいよ。ついでに面倒見てやる」
 あたしはこみ上げる喜びを懸命に抑えながらそう答えた。
 見てやがれ。今まで散々コケにしてくれたお返し、今日こそさせてもらうっ!
「・・・待って」
 と、ヴィーナスのそのまた後ろから、彼女の------マーキュリーの声がした。どうやら仕事の途中でここを通りかかったらしい。書類の束なんか抱えちゃって、ああ、何て働き者なんだろう♥
「ヴィーナスの面倒は私が見るわ」
「えっ・・・なっ・・・!」
「だって」
 彼女は、口ごたえしようとするあたしに先手を打つように言葉を続けた。
「あなた達、一緒にいると必ず喧嘩になるんだもの」
 うっ。
「それも派手に大喧嘩して、お陰でパレスは大損害」
 ううっ。
「これじゃ始末書が何枚あっても足りないわ」
 うううっ。
「・・・ですから」
 彼女はあたしの方をちらりと一瞥すると、プリンセスの方へ向き直った。
「ヴィーナスの相手は私が、プリンセスのお相手はジュピターがいたします。いいですね?」
 よくない。全然良くない。ちっとも良かない。
 けど、反論できない。
 こうして、事態はあたしの望まない方向へと展開していったのだった。

     *     *     *

「はい1、2、3、 1、2、3・・・そうそう」
 こうしてプリンセスの面倒を見ながらも、ついつい隣で踊るマーキュリーとヴィーナスのことが気になる。
 床の上を滑るように踊る二人。よっぽどマーキュリーのリードがいいんだろう。ヴィナときたら、初心者のくせに、いっちょ前な顔して生意気な。お前なんて箒でも相手にして一人でくるくる回ってりゃいーんだ。
 ・・・あっ、こら! 不必要にくっつくな!
 顔を近づけるな顔をっ!
「みぎゃっ!」
「あ・・・大丈夫? ジュピターちゃん」
 ふと気を逸らした瞬間、プリンセスの尖った靴の先っぽがあたしの向こうずねにクリーンヒット。
 うううぅ痛いぞぉぉ。
「プ、プリンセス・・・そんなに大マタで歩くからいけないんですよ。足の運びはもっとこう、楚々としてやるもんです」
「こう?」
「そうそう。じゃあそれでもう一回やってみましょう」
 もう一度踊り始める。今度はいい感じだ、これなら足は踏まれないだろう。・・・あっ! 
 こら! ヴィナ! その手は何だその手わっ! その手は肩に置くんだ。それじゃ下手すりゃ胸に触っちゃうだろーが!
「あっ・・・きゃっ!」
 と、ちょっと目を離した隙に今度は自分のドレスの裾を踏んずけて後ろへつんのめる姫。
 ・・・ぁぶない!
「うわったたたたたっっ!」
ごん。
 ☆$∞#≒@※&★!
「ジュピターちゃん! 大丈夫? 今すっごい音がしたよ?」
「へ・・へぇ、らいりょうふれす・・・」
 床に落ちる寸前でプリンセスを受け止めたのはいいけど、代わりにあたしが頭、打った。目の前で星がちかちかするってのはこーいうのを言うんだ、きっと。
「こ・・・今度はドレスの裾も踏まないように、気をつけてくださいよ。じゃぁ、今度はテンポを上げますからね」
「うん♥」
 うなずいて嬉しそうに笑うプリンセス。こう無邪気にはしゃがれると怒る気も起こらない。
「きゃっ!」
 背後から聞こえる悲鳴に振り向くと、ちょうどつんのめったヴィナがマーキュリーによっ掛かっているところだった! 
 てめえ! このやろっ! くっつくな! ・・・あっ!どさくさに紛れてしっかり抱きついてこのどスケベ!
「っ・・・あ、ごめぇん」
 白々しく謝るヴィナ。
「ううん。ほら、でも最初の頃よりはだいぶ上手くなったわよ。さ、もう一度、最初から。いい?」
 マーキュリーは優美な微笑みを浮かべてそう言うと、再びヴィナに手を差し伸べた。
 にっこりと微笑み返してその手を取るヴィナ。
 ううう。
 マーキュリーもマーキュリーだ、あんな奴にそんなに親切に教えてやること無いのにぃぃぃぃぃ。
「ジュピターちゃん・・・?」
「え? あ、はい・・・じゃぁ続けましょう。速くなったからって大マタ広げるんじゃないですよ。楚々として歩くんですよ、楚々として。いいですか?」
「うん!」
 ほんとに分かってるのかな、このお姫さんは。
「さあ、いきますよぉ。1、2、3、 1、2、3」
 おお、分かってる分かってる。なかなか上手いぞ。これなら明日も何とか恥をかかずに済みそうだ。やっぱ教え方が上手いと上達も早いんだな、うん。
「そう、そう。いいですよ、プリンセス。
 じゃあ、そろそろ自分の足ばっかりじゃなくて、相手の顔を見るようにしましょうよ」
「こう?」
がちっ。
「はぁうっ!」
 急に上を向いた姫のおだんご頭があたしの顎を下から突き上げる。首ががくん、と曲がって景色が揺れたかと思うと、今度は視界が暗くなった。
「ああっ! ジュピターちゃん、しっかり!」
 しっかり、って・・・
 あんたがやったんでしょうが・・・
 ・・・・・転職しようかな、あたし・・・・・

     *     *     *

 どうにかこうにかプリンセスの踊りも様になったところで稽古を終えて、あたしはホールの長椅子で横になっていた。明日はいったいどれだけの地球人がプリンセスのヒールの餌食になるのやら。誰がプリンセスと踊る羽目になるのか知らないが、あたしゃ心から同情するね。あんまりにもひどすぎて、外交問題にならなきゃいいが。
「痛っ、たたたたた・・・」
 そもそも夜勤明け、寝起きだった上に足は傷だらけで後ろ頭と顎はまだ痛むし、口の中も切れてる。カッカしたせいで血圧も高い。こんな生活続けてたら、あたし早死にするかも・・・。
「ジュ・ピ・ターちゃん♥」
 この声、この気配は。
 あたしの血圧をあげた張本人。
「あんだよ、ヴィナ。あたしは疲れてるんだ。あっち行け。しっ!しっ!」
「あによぅ。そーんな言い方無いじゃない?」
 口を尖らせて拗ねたような声を出すヴィナ。可愛い子ぶりっこしたって無駄無駄ぁ。
「お前がそばにいると血圧が上がるんだよ」
「あによぉ・・・せっかくお礼言おうと思ったのに」
「礼? 何の」
「あなたのお陰でプリンセスも何とか踊れるようになったしね。これであたしたちも恥かかずに済むじゃない。・・・ありがと、ね」
「あ、あぁ・・・」
 いつになく殊勝な態度のヴィナに、あたしは少なからず拍子抜けした。
「じゃぁね、おやすみ。あなたも早く寝ないと、明日は舞踏会よ。寝不足はお肌の大敵だからね」
 ヴィナはいつもの調子でウインクすると、きびすを返して自室へ引っ込んで行っ・・・
「あ、そうそう」
 たと思ったら、にやにやと不気味な笑みを浮かべて引き返してきた。
「さっき、ちょっと思ったんだけどさ・・・」
 声のトーンを落としてあたしに耳打ちする。
「マーキュリーって、痩せてるようで実はないすばでぃよね。出るとこはしっかり出ててさ、結構抱き心地いいじゃない。うふ♥」
ぷちっ。
 何が殊勝だ!前言撤回!
「なっ・・・このくそヴィナ何考えてやがる!」
「きゃっ_ なーんだ、まだ元気じゃん」
「おっ、おおおお前だけは絶対許さん!」
ぼごぉぉぉぉぉんっっ!
 コンマ数秒の早業で投げつけたあたしの雷球が石の床ごとヴィナを粉々にした・・・筈だった。
「やぁだ、そんなにカッカするとまた血圧上がるわよ、ジュピター」
 きしきしと揺れるシャンデリアの上からまたあの嫌な声がする。
「誰のせいだ誰のっっ!」
 振り向くより先にその声めがけて雷球を放つ!
どがぢゃぁぁぁんっっ!
ぐぢゃぁぁぁぁんっっ!

 砕けたシャンデリアから散る無数の水晶片がきらきらと降り注ぐその向こう側で、いまいましいあの金の髪が揺れるのが見えた。
「気が短いのもお肌の敵よ。じゃあねっ♥」
「くぉらっ! まちゃぁがれこの野郎!」
どがべけべぇぇぇぇんっっ!
 もうもうと舞い上がる砂埃がおさまった時には奴の姿も声も気配も消えていた。くそうまた逃げられ
「ジュピター!」
 ・・・二階の方から悲鳴に近い怒号が。うげげ、この声は・・・
 あ。
 ああ。
 あああああああああっっっっっつ!
 やっぱりぃぃぃぃぃぃっっっつ!
「ジュピター! あなた一体何考えてるの? 舞踏会は明日だっていうのに!」
「あ、えっと、ないすばでぃ・・・いやいやいや、その、これには訳が・・・」
 二階からこっちを見おろすマーキュリーは、遠目に見ても判るほど顔を紅潮させ、眉を逆立てて怒り狂っていた。
「訳もなにも、どうするつもりなの?これ!」
「あ、いや、その・・・」
「もう・・・もう知らないからね! 自分で何とかしなさい!」
 最後の言葉を叩きつけるようにして、彼女は奥へと姿を消した。
 ・・・・・もう嫌、こんな生活・・・・・
 ヴィーナス、今度会ったら・・・・・
 今度会ったらぶっ殺す!

  

−−−やっぱり打倒ヴィーナス!・終

初出:『悪徳商法にご用心!』(1998年2月)

  


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