打倒!ヴィーナス3

深森 薫

  

 外は、雲ひとつないいい天気だった。といっても、ここは月王国。照ったり降ったりの地球と違って、環境条件の全てが完璧にコントロールされてるんだから、天気がいいからって別段感心することも感動することもないんだけど。ともかく、あたしはジュピターの姿を探して王宮の前庭へとやってきた。
「ジュピター」
 あたしは辺りをぐるりと見回した。もちろん、警戒は怠らない。あれだけ怒らせたら、三日やそこらでほとぼりが冷めるとは思えないもんね。今度捕まったらたぶん・・・うぇ、ぞっとしないわねぇ。
「・・・ジュピター?」
 草の上に寝っ転がった彼女を発見。彼女は、あたしの気配を察するどころか、あたしの呼ぶ声にも気付かない。
 いや、これは作戦かも知れない。こっちが油断した所をとっつかまえるつもりかも。あたしは、じりじりと彼女に近づいた。
「はあい。お元気?」
・・・返事がない?
「ジュピター?」
「・・・・・ん・・・あ、なんだ、ヴィナか。」
 な、何なの?この覇気のない答えわっ!
「お、怒ってないの?」
「ん・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・をい。
「ジュピター?」
「・・・あんだよ。」
 何よ何よあによ、雷百連発ぐらいは覚悟してきたのに。まるで予想外の展開だわ。
「ねぇ、どっか悪いの?病気?」
「別に。どこも悪かないよ、残念ながら。」
「怒ってないの?あたしのこと。」
 ジュビターは、かったるそうにあたしの方を一瞥すると、ごろりと寝返って背を向けた。
「・・・いいよ、べつに、もう。」
「あによぉ。一体どうしちゃったの?」
 今度は向こう側から彼女の顔をのぞき込んだ。
「・・・いいから放っといてくれ。」
 また彼女はあたしに背を向ける。
「ねえ。」
 のぞき込むあたし。
「うっさい。あっち行け。」
 そっぽを向く彼女。
「ねえ、ってばぁあぁあぁあぁ!」
 あたしは、彼女の肩を思いっきり揺さぶってみた。
「あぁぁもういいからあっち行けって。」
 彼女は両手で頭を抱え込んで伏せってしまった。
 相当重症だわ、こりゃ。
 ちょ・・・っとお遊びが過ぎたかしら。
「で、あれからどうなったの?マーキュリーとは。」
 ・・・・・・・・
 返事がない。
「・・・振られたの?」
 彼女は頭を抱えたまま首を横に振った。
「嫌われたんだ。」
「同じことじゃない。」
 また彼女は頭を抱えたまま首を横に振った。
「違う・・・よ。それなら、口ぐらい、きいてくれるだろ。」
 えっ? この声・・・ほんとに?
 あたしは唖然としてしまった。その声はあんまりにも弱々しくて、自信なさげで、いつもの彼女からは想像もつかない。
「・・・話しかけても、返事もしてくれない。」
 彼女はそれっきり黙りこくってしまった。
 うう、さすがにちょっと胸が痛むわ。
 あたしも、それ以上何も言えず、ただ隣で膝を抱えて座り込んでいるよりほかになかった。

 

「ねぇ」
 思い切って聞いてみた。
「・・・そんなに、好きだったんだ。」
「・・・・・」
 あたしは辛抱強く答えを待った。その間に、風が三度頬を撫でて通り過ぎた。
「好き・・・っていうのかな、こういうのって。」
「どういうの?」
「ん・・・・・」
 彼女はゆるりと仰向けに転がった。どんな顔をしているのかは、かざした右手の陰になってよくわからない。
「あたしが・・・出張から帰ると、さ。仕事の手を休めて出迎えてくれるんだ、彼女。あたし、それがすごく嬉しくってさ。
 ・・・どんなに忙しくても、いっつも優しい顔でね、『お帰りなさい、ジュピター。』って。あたしの名前もさ、彼女が呼ぶとすごく優しく響くんだ。自分の名前があんなに優しい音になるなんて、知らなかったよ。」
 彼女はゆっくりと、けだるそうに身を起こした。
「・・・いつだったか、あたし一人で妖魔の討伐に行ったことがあって、さ。」

「覚えてるわよ。ボロボロんなって帰ってきてそのままぶっ倒れて、十日も寝込んだ、あの時よね。おかげで仕事が増えちゃって大変だったんだから。」
「・・・そうか。」
 あたしの言葉に別段むっとする様子もなく、穏やかに話を続ける彼女。
「そう、あの時・・・な、マジでやばかったんだ。化け物は倒しても倒してもどんどん出てくるし。傷も意外と深くって、そのうち頭がボーッとしてきてさ。だんだん面倒になってきて、もうどうでもいいや、どうなってもいいやって思ったよ。」
 彼女は自分の両掌をじっと見つめた。
「目もかすんできてさ、ああ、このままここで死んじまうんだな、って思った時、ふっ と彼女の・・・マーキュリーの顔が浮かんでさ、いつものよに『お帰り』って、言うんだ。
 ・・・死にたくない、って思ったよ。
 あんなこと、初めてさ。使命のためでも誇りのためでもなくって、ただもう一度、彼女の・・・彼女の処へ帰りたくって。
 ・・・それから後はよく覚えてない。気がついたら自分のベッドの上さ。」
 ・・・なんかマジっぽい話になってきたわね。
「へぇ、そーなんだ。でも」
 ちょいとカマかけてみよう。
「その割にはよくつまみ食いしてるわね。新しい娘には必ずちょっかい出してるでしょ。」
「よく知ってるな。一体どこで見てんだ、お前は。」
 前髪をかき上げながら微笑むジュピター。少し困ったような、照れくさそうなそれは、彼女があたしに初めて見せる表情だった。
「でも・・・違うんだよ、彼女は。
 他の娘だったらいくらでも口説けるのに、駄目なんだ、彼女だけは。いざとなったら何もできなくってさ。こないだの舞踏会の時だって、結局、肩に触れるのがやっとで、言いたいことなんか何も言えなくって。・・・笑われても仕方ないよな。」
 はぁ。
 よー言うわ。先週も掃除に来た女の子つかまえて歯の浮くよーな口説き文句並べてたくせに。
 ・・・アホくさ。これ以上聞いてらんないわ。
「だーってさ。聞こえた?マーキュリー。」
 あたしは通信機に向かって聞いてみた。マイクの感度は最大にしてたから、たぶん一言一句、溜息まで向こうへ筒抜けのはず。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ぬわにぃぃぃぃぃっっっっ!?
 今更のように跳び起きるジュピター。やっと気付いたか、このニブチンめ。
「なっ、おわおわ、あっ・・・ヴィー、ヴィナ!おまっ、」
「何よぉ、そんなにあわてないで、少し落ちついたら?」
「こっ、こっ、こっ、」
 通信機を指さしてサカナのように口をぱくぱくさせる。
「あぁ、これ?コンピュータールームにつながってんのよ。あんたも何か喋る?・・・って、もう散々喋ったんだからいいわね、別に。」
「ヴィナ!なな、な、何だってこんな・・・!!!」
「だってぇ。こうでもしなきゃあたしの身の潔白は証明できないでしょ。んー、切々と胸の内を語る愛の告白かぁ。なかなか良かったわよ。」
 ジュピターの顔がみるみる真っ赤になっていく。こう反応がいいといじめ甲斐があるわね、ふふ。
「ヴィナ、てめぇ!何てことを!」
「あぁら。いいじゃない、おかげで誤解がとけたんだから。感謝しなさいよね。」
 ・・・っと。ぱりぱりと火花の散る音が聞こえはじめた。そろそろヤバいぞ。
「じゃ、あとは自分で何とかしなさいね、いい子だから_」
ばりばりばりぼぉぉぉんっっつ!
 うきゃーっ!来た来た。退散退散。
「くぉのぉぉっ!いつもいつもおちょくりやがってっ! 逃がすかっ!」
ちゅどぉぉぉぉんっ!
ぼぐぅぅぅぅぅんっ!
ごがぁぁぁぁぁんっ!
 あー、また庭が・・・。知ーらないっと。
 まぁ、これであたしのお役目は終わりね。どんな顔して会うのかしら、あの二人。後で覗いてやろ。・・・さ、あたしも帰ってマーズと遊ぼっと_
どがべぇぇぇぇんっ!
 めでたしめでたし。

---打倒!ヴィーナス3・終

  


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