打倒!ヴィーナス

深森 薫

 

 約束の時間までは、まだ間があった。
 あたしは、仕事を終えるとすぐに裏庭へとやってきた。裏庭、といっても何せシルバー・ミレニアムの宮殿の裏庭だ、半端な広さじゃない。そのうえ手入れもしっかり行き届いている。地球国の王宮だって、こんな立派な庭園は持ってないだろう。あたしは、はやる心を押さえながら、約束の場所へ、庭園のど真ん中にある噴水へと歩いていった。
 噴水の向こう側で、人影が動くのが見える。
 ・・・もう来てる?
 正直、ちょっと驚いた。あたしは仕事が終わってすぐに出てきたんだ。そのあたしより先に着いてるなんて。彼女は、あたしとの約束のために仕事を放っぽり出すような娘じゃない。悔しいけど。・・・いや、もしかしたら、今日はたまたま早く用が片付いたのかもしれない。あたしは、思わず駆け出していた。
「マーキュリー?」
 いかん。つい口元がだらしなくゆるんでしまう。
「何だ、やけに早か・・・っっっ!」
 風になびく金糸の髪。凛とした輝きを放つ、強気な瞳。
 そこにいたのは、彼女ではなかった。
「はぁい、ジュピター。残念でした」
「ヴィーナス・・・何でお前がんなとこにいるんだよ。」
「あら、ご挨拶ね。もう少しうれしそうな顔してくれたっていいじゃない?」
 ・・・誰が。
「せっかくあなたに伝言預かってきたのに。」
「伝言?誰の。」
 ヴィナは右手で長い髪をかき上げながら、ちらりとあたしの方を見た。
「マーキュリーから。」
 あたしの眉がぴくんと跳ねた。その名前が出たら、おいそれと追い返すわけにもいかない。
「仕事がなかなか片付かないんで、ちょっと遅れるって。だからね、その間あなたの相手をしてて、って。」
「・・・その最後のはいらん。」
「んもう、つれないんだからぁ_」
 いちいち気にさわる奴だ。マーキュリーもマーキュリーだ。一体何だってこんな奴に伝言なんか。頼むから早く来てくれぇぇぇ。
「ねーえ」
 無視。まともにこいつの相手をするとロクなことがない。
「ひょっとして、あなたたち、うまくいってないの?」
「なっっ・・・んなわけねーだろっ!」
 まずい、思わずムキになってしまった。これじゃこいつの思うツボだ。
「んー、どっちにしたって、あんまり進展してないことは確かね。」
「・・・放っといてくれ。」
 ヴィナは悪戯っぽく、もとい、意地悪く微笑んだ。
「で。一体どこまでいってるの?」
「う・・・!」
 ど、どこまで、って・・・。
「顔赤いわよ。うふ。ジュピターったら、可愛い。」
「・・・るさい!言うな!いちいちハートマークつけるんじゃないっ!」
「で、どこまでいってるの?」
「るさいなあ。お前には関係ないだろ。」
「あー、その様子じゃぜーんぜん進んでないのねー、あなたらしくもない。いつもみたいに強引にやればいいのに。」

「いつも、って・・・ヴィー・・・お前、あたしのこと誤解してるだろう。」
「やぁだ。理解と言ってよ。この間だって」
 ヴィナはすうっ と目を細めた。ううう、やな予感。
「給仕係の女の子にちょっかい出してたじゃない。腰に手なんか回しちゃって、やぁらしぃー。」
「なっ・・・あ、あれは違うって!」
 一体どこで見てたんだ、この女わっっ!
「あ、あれは、その、あの子が気分が悪いって言うから手、手ェ貸してやっただけだよ。そ、そういうヴィナだって。この前、あたしが不寝番だった日、ディモスに手ェつけただろう? あれは未遂でした、なんて言うなよ。」
 あたしのは、未遂だったぞ。やった!一歩リードか?
「マーズが聞いたら、怒るだろうなー。」
 あたしは勝ち誇ったように言った。ふふん。ざまあみやがれ!
「あぁら。」
 それでも不敵な笑みを崩さないヴィナ。こいつ、鼻で笑いやがったな。
「あんなの、ほんのあいさつ代わりじゃない。そんなことあなたが心配してくれなくたっていいのよ。マーズは本命なんだから、ちゃーんとそれなりの事してるもの。」
 そ、それなりの事・・・・・・?
「それより、自分のこと心配しなさいよね。この前の舞踏会の晩だって、せっかく二人っきりでいいムードだったのに、結局なーんにもなかったじゃない。」
「ななななななんでお前がんなこと知ってんだよ!」
「あのシチュエーションなら最低でもキスまでいって当然よ。ま、普通はそれ以上のことを期待するわね。」
 そ、それ以上・・・
「んもう、また赤くなって。ジュピターの照・れ・屋・さん_」
「あぁぁもうわかったからあっち行け!」
「あーあ、本命は放ったらかしのくせに、他の女の子になんかちょっかい出しちゃって。いいのかなー。言ってやろー。」
「このっっ・・・!」
 胸ぐらをつかもうとしたあたしの手を、髪の毛一本でひらりとよけるヴィナ。さすがに『勝利の女神』の二つ名は伊達じゃないか。
「いっけないんだぁ、いっけないんだぁー。」
「るさい!とっとと帰れ!」
 続けて繰り出すあたしの拳も蹴りも難なくかわす。
「そんなんじゃ、そのうちマーキュリーにも愛想尽かされちゃうわよ。本命にはそれなりのサービスしなくっちゃ。」
「やかましい!早くどっか行け!」
「・・・何だったら」
 ヴィナの姿が消えたかと思うと、次の瞬間さっと懐に潜り込んできた。
 速い!
 気づいたときには、ヴィナの顔が間近に迫っていた。
「どんな風にすればいいか、あたしが教えてあげようか?」
 その眼光には魔が潜んでいるようにすら思えた。ひんやりとした指が、あたしの頬をついと撫でる。
「ひ・・・」
 あたしは息を飲んだ。このあたしともあろうものが、足がすくんで動けない。
「やっだぁ、ジュピターったら。冗談よ、冗談。すぐ本気にするんだから。可愛い。」
「・・・こんのくそアマぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!許さんっっっ!」
 ヴィナは、けたけたと笑いながら逃げ回る。
「今日という今日は逃がさんっ!そこへ直れ!」
どげがぐぉぉぉぉぉんっっ!
 あたしは特大の雷をぶっ放した。後ろの潅木は灰も残さず消し飛んだが、今までそこにいたはずのヴィナの姿はない。
「やだあ、ジュピターったら。こわぁーい_」
「やかましいっっ!」
どぐわぁぁぁぁんっ!
ぼべげぇぇぇぇんっ!
ごがぐぁぁぁぁんっ!

 あたしは雷を連発したが、ちょこまかと跳び回るヴィナにはなかなか当たらない。すばしっこい奴め。
「うふふ。どこ狙ってるの?」
 どこまでもなめられたもんだ。あたしだって、世間じゃ泣く子も黙る『闘神』で通ってんだ。このまますんなりと帰してたまるか!
「こんなくそぉぉぉぉぉっっっっっ!」
ぼぐわぁぁぁぁんっ!
がげぐぉぉぉぉんっ!

「あ、もうこんな時間。」
「よそ見なんかしてんじゃねっ!なめんなよ!」
だぐぉぉぉぉぉんっ!
「そろそろマーズと交代しなくっちゃ。じゃあね_」
「逃がすかっっ!」
きゅごごごごごぉぉぉぉぉぉぉおんっっ!
 舞い上がった砂埃が晴れたときには、すでに奴の姿は消えていた。
 くっそおおおおおおお!言うだけ言って逃げやがったなぁぁぁ!
 今度会ったらただじゃおかん。手足の二、三本は

「・・・ジュピター?」
どっきぃぃぃーん。
 うげげ。この声は。あたしは恐る恐る振り返った。
 あ。
 あぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃっ!
「ジュピター・・・約束に遅れたのは、悪いと思ってるわ。でも。だからって、何もこんな風に八つ当たりすることないじゃない?」
 マーキュリー、目はタレてるが眉はつり上がってる。
「ち、違う違う違うって。その、ヴィー・・・いや、虫がうるさくって・・・」
「ジュピター、あなた、虫一匹にわざわざ雷落とすわけ?庭に五つも六つも穴があくほど?」
 彼女の右の眉がぴくぴくと震える。ほ、本気で怒ってるぞ、これは。
「いや、あの、その・・・」
「今日は帰るわ。御免なさい。」
 彼女はぷいと背を向けて行ってしまった。
 あ、
 ああ。
 あああ。
 最悪だ。
 あれもそれもこれも、全部あいつのせいだ。
 許すまじ、ヴィーナス!
 あたしは、ぐちゃぐちゃになった庭をボーゼンとながめながら、打倒ヴィーナスを心に誓った。

---打倒!ヴィーナス・終

  


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