『声』

飛鳥 圭

 

「元気だった?」
 不意に問いかけられ、レイは後ろを振り向いた。

 だが、誰も居ない。

 一瞬、その整った顔に不思議そうな表情を見せたが、すぐに声の主に気が付いた。少し離れた電気屋のショウウインドウに並んだテレビの画面で、一人の少女が笑っていたのだ。
 レイの目の前で、少女のアップはロングに変わり、その隣にいた司会者らしい青年も一緒に映し出している。おそらくは歌番組なのだろう、にこにこと微笑みながら何かを話していた。
 年の頃は同じくらいか。『美人』というより『可愛い』と言った方が似合う感じだ。落ち着いた雰囲気を持つレイに比べれば、幼い顔立ちをしているが、幼稚さは感じない。
 観客が居るのだろう。カメラとは別方向に手を振ったり、視線を向けたりしている。どうやら、さっきの「元気だった?」は会場の観客に向けての言葉だったらしい。
 レイは軽く苦笑し、背中を向けようとした。

「あ………」
 聞き慣れたメロディに、思わず足を止める。

『C'est La Vie』

 いつもうさぎが口ずさんでいる歌。

 うさぎのお気に入りのこの『歌』は、作戦会議の途中だろうが、勉強会の途中だろうが、歌われる。
 おかげで、「興味がない!」とつっぱね続けていた筈のレイだが、気が付くとすっかり覚えてしまっていた。
 レイは視線をテレビに戻した。

 画面の中央には、マイクを持ったさっきの少女が映っていた。
「愛野…美奈子…」
 その唇が、耳にタコが出来るくらいうさぎから聞かされてきた、アイドルの名前を口にする。
 レイは改めて彼女を見つめた。

 彼女が歌い始める。
 でも、何かが違う。

 一瞬の違和感に戸惑ったレイだが、すぐにその理由に気が付いた。

 そう、『声』が違う。

 今までうさぎのカラオケでしか聞いたことが無いのに気付き、再び小さく苦笑して、初めて「愛野美奈子」の『声』に耳を傾けた。

 彼女の『声』はどこか心地好くて、何故か懐かしくて……

 この『声』が、ずっと私の名を呼んでいたのだと……

「え?」
 一瞬にして我に返った。
『私…今…』
 だが、数秒前の記憶は何故か無く、テレビの中の「愛野美奈子」は、まだ歌い続けていた。

---了

◆    ◇    ◆

実写版5話以降ということで……

(UP:11/20/03)