† 約束 †

飛鳥 圭

「志摩子さんが卒業するまで、側にくっついて離れないから。」
 それは、ロザリオを貰ったときに交わした二人の『約束』。
 だから、ずっと、守り続けた。卒業式のその日まで・・・

 

 春の足音が聞こえ始めた三月。講堂の横の銀杏並木を早足で奥へと進んで行く。目的地は銀杏並木の中にある一本の桜の木。そこは二人の出会いの場所。

 いた。

 目的の人はこちらに背を向け、まだ蕾のままの桜の木を見上げていた。腰より長い柔らかな薄茶の髪は、赤いリボンで一つに纏められふわふわと風に揺れている。
「・・・お姉さま。」
 その呼び掛けに、二条乃梨子のマリア様、『白薔薇さま』こと藤堂志摩子さんが振り返り柔らかく微笑んだ。
「乃梨子。早かったのね。」
「あー・・・後片付け。全部、紗那に押し付けてきちゃったからね。」
 バツが悪そうな笑みを浮かべて近付いてゆく。乃梨子が歩く度に、志摩子さんと同じ赤いリボンで一つに束ねたさらさらの黒髪が背中の中頃で揺れる。それは『紅薔薇さま』福沢祐巳さまから頂いたリボンを一本ずつ分け合った物で、今日は二人で揃えようと約束していた。
「ダメじゃない。四月からは乃梨子が『白薔薇さま』でしょ。」
 微笑みながら注意をする志摩子さんの手には、卒業証書が握られていた。

 そう。今日、彼女はリリアン女学園を卒業する。

 乃梨子の表情が一瞬にして曇る。それに気が付いた志摩子さんが言葉を続ける。
「そんな顔しないで。乃梨子なら大丈夫。良い『白薔薇さま』になれるわ。」
「そ・・じゃない。でも私にとって『白薔薇さま』は志摩子さん以外に居ないから・・・」
 小さく首を振りながら、呟く様に答える。
「乃梨子・・・」
 少し困った様な表情をする志摩子さん。
「・・・ごめん。こんな時に・・・」

 初めて二人が出逢ったのは、一昨年の春。望まぬリリアンへ通う事になってしまった乃梨子は、学生生活の全てを大学受験の勉強に賭けるつもりでいた。そんな時、講堂の裏の銀杏並木の中、最後とばかりに花びら舞い散る一本の桜の木の元に佇んで居た、彼女の姿にマリア様を重ね一目で心を奪われた。
 その時の志摩子さんは、二年生にして既に『白薔薇さま』の名を受け継いでいた。

 あれから、二年の歳月が流れた。
 出逢った時は学校を辞める事も厭わない程の、決意を秘めた志摩子さんだったが、『薔薇さま』と呼ばれる生徒会長として、また、乃梨子の『姉』として同じ時間を過ごした。
「私は、乃梨子が居たから、三年間ここに居る事が出来たの。」
 瞳を閉じ、静かに語る。それは、心からの本当の気持ち。
「・・・乃梨子。『妹』で居てくれて、ありがとう。」
 乃梨子は志摩子さんと出逢い、共に歩く事を知った。それは志摩子さんも同じだったと思いたい。
「『約束』だったもの。卒業するまでって・・・守れて、良かった。」

 一瞬の沈黙。

 その静寂が辛いのか、それを破る様に乃梨子がおどけて言った。
「本当は、ロザリオも返そうと思ってたんだけど、紗那にあげちゃったから、ゴメンね。」
 藍沢紗那。
 去年の春、花びら舞い散る桜の下で出逢った、乃梨子の妹。
 あろう事か乃梨子は初対面だと言うのに、「あげる。」の一言で、いきなり彼女の右手首にロザリオを巻いた。しかも、「要らなかったら、捨てていいから。」のオマケ付きで。
「あの時は、びっくりしたわ。乃梨子ったら入学式の日にいきなり『ロザリオあげてきた。』って言うのだもの。」
 思い出したのか、クスクスと笑いながら志摩子さんが言う。
「だって感じたんだもん。紗那しか居ないって。悩んだって解決しないってのは志摩子さん見てて分かってたし。」
 その笑顔を受け、少し不貞腐れた口調で文句を言う。
「あ、酷い。でも、乃梨子だって紗那を『妹』に出来たのは、夏休みになってからじゃないの。」
 結局、当然の様に揉めて、彼女の首にロザリオが掛かったのはずっと後の事だった。
 ちなみに紗那が「ちゃん」付けを嫌う為、薔薇の館の全員が彼女を呼び捨てにしている。
「だって、紗那頑固だもん。ああいう所は志摩子さんに似てると思う。」
「さっきから、酷い言われようね。私、そんなに頑固だった?」
 少し膨れた顔をして見せる志摩子さんだが、それすらもすごく可愛くて。
「うん。志摩子さんて、すっごく頑固。私、この二年間志摩子さんだけを見てきたんだから、間違いないよ。」
 乃梨子の思い出は、全て志摩子さんと作った物だから。
「乃梨子・・・」

「志摩子さんが卒業するまで、側にくっついて離れないから。」
 それは、期限付きの『約束』。それも今日で、終わる。

 だから・・・

「・・・志摩子さん。」
 乃梨子は、ついと身体を寄せると、目の前のマリア様を抱きしめた。この二年の間に、彼女の身長は志摩子さんに追い付き、少しだけ、越していた。志摩子さんは一瞬驚いたように身じろいたが、すぐに大人しくなった。
「これからは『妹』じゃなく、『二条乃梨子』として、ずっと、側に居たい・・・」
 志摩子さんの華奢な身体を抱きしめたまま、想いを、伝える。
それは、新しい『約束』
「・・・ええ。」
 小さな答えと共に、柔らかな薄茶の髪が頬を掠める。
「側に・・・居て、乃梨子。これからも、ずっと・・・」
 卒業証書を手にしたまま、志摩子さんの両手が乃梨子の背中に回される。
「うん。今度こそ、無期限で、側に居るから。」

 銀杏の中の桜の元で、もう一度、交わす『約束』
 今度は、二人、ずっと一緒に・・・

  

----了

  

◆    ◇    ◆

後書き

 はい。初めての新白薔薇姉妹・乃×志のSSです。やっと形になりました。
 色々なサイト様で、『約束』(卒業するまでうんぬん)変更ネタをいくつか読んだので、変更無しで、約束ネタをと思ったらこんな話になりました。(志摩子さん、いきなり卒業させられてるし・苦笑)いかがだったでしょうか?
 しかし、今回自分で書いててマジで砂吐きました。セラムンのまこ亜美だと平気なのに。何でだろう?
 ついでなので、今回出てきた乃梨子の妹のモデルは、火野さんです。で、名前は愛野さんからそのまんま。とってもベタです。(笑)
 次はもっとほのぼのな、二人の学園生活をと、思っております。つか、最近乃×志以外書く気無い様です。やれやれ・・・(笑)