Sの系譜
飛鳥 圭
「笙子さん。」
四時限目が終わり、お弁当の入った小さな袋を持って席を立ち上がった私、内藤笙子は、凛とした声に呼び止められた。
ゆっくりと振り向く。
それは、肩口まで伸びた真直ぐな黒髪の下に強い意志を持った瞳。クラスの中でも特別な雰囲気と存在感を持った少女。白薔薇の蕾、二条乃梨子の口から発せられたものだった。
「何か、御用ですか?乃梨子さん。」
「実は、笙子さんにお願いがあるんだけど。」
お願い?
同じクラスとはいえ、あまり話をした事は無かった。彼女は何時も、山百合会の本部である薔薇の館に行っているか、『お姉さま』である白薔薇さまと一緒に居る事が多かったから。
だから、何故?の気持ちが先に立つ。他のクラスメイト達の視線が集まる。
そんな疑問が表情に出ていたのか、乃梨子さんは小さく苦笑すると、呼び止めた理由を話し始めた。
「笙子さんは、私が白薔薇の蕾なのは知ってるよね。」
「ええ。」と頷く。彼女は春のマリア祭の後、白薔薇さまこと藤堂志摩子さまの『妹』になられ、1年生で蕾の名を持った事は全校生徒の周知の事実だった。
「でね、その白薔薇ファミリーにはある、『約束事』みたいな事があってね・・・」
「約束事?」
何故、そんな事を私に話すのだろう。そう思いながらも続きを待つ。クラスメイト達もじっと聞き耳を立てているのか、昼休みとは思えない程の静かさである。
「・・・あのさ。『S』の系譜って言うのかな。白薔薇の関係者の名前はみんな『S』から始まってるんだ。SEI、SIMAKO、SIORI、SIZUKAって感じで、でも私の名前はNORIKOだからSじゃなくってね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
あの・・・乃梨子さん・・・?話が見えません・・・。
「だから、私の『妹』になってくれない?SYOUKOさん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私達・・・・同級生・・・だけど・・・?」
「ああ、私も志摩・・お姉さまも細かいことは気にしないから。これからまだ半年以上待つのも面倒くさいし、クラスメイトなら気が楽だし、ね。」
にこやかに笑う。
いえ・・・気にして下さい・・・
「で、お姉さまに紹介したいから、今日の放課後、薔薇の館に付き合ってくれないかな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・乃梨子・・・・さん?」
クラスメイト達も誰も突っ込んでくれない。何故?
どこまでも困った笙子の表情に気が付いたのか、乃梨子さんが覗き込んでくる。
「・・・もしかして・・今、ロザリオが欲しい・・・とか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
どこを、どう解釈したらそんな答えが出るんですか?呆れながらもどうにか首を横に振る。
「そっか。良かった。実はお姉さまの前で儀式をしたかったんだ。」
・・・だから・・・問題はそこじゃ無くて・・・
「じゃ、放課後またね。」
乃梨子さんは言いたい事を言うだけ言ったら、自分の机の上に置いてあったコンビニの袋を手にして、教室から出て行った。きっと薔薇の館あたりで白薔薇さまと一緒にお昼を食べるのだろう。
で、私はと言うと・・・
何事も無かった様に、何時も通りの昼休みに戻った教室の中で、一人お弁当を握り締めたまま・・・固まっていた。
恐るべし、白薔薇の系譜・・・
終わる。
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