§2 Just between You and Me
深森 薫
――道路にはよく、靴の底が落ちているものだ。
誰かにそう言われて、そんな馬鹿な、と一笑に付すが、一旦意識し始めると本当に靴底が道路に落ちているのを見かけるようになる。
同様に、新しく顔見知りになった相手を、意識し始めた途端に校内でよく見かけるようになる。今まさに、食事中のジュピターは昨日知り合ったばかりのレイブンクローの優等生を見つけたところだ。
相手もこちらに気付いたらしく、一足先に食事を終え、食堂を出て行く道すがらジュピターに向かって微笑みながら小さく手を振った。ジュピターも満面の笑みで手を振り返す。
「ちょっ」
その様を見て、彼女の周囲に座っていたクィディッチのチームメイト達がぎょっとした顔をした。
「あんた、マーキュリー・ジェイと知り合いなの!?」
光の速さで食いついたのは、赤毛の小柄な少女。ハッフルパフのシーカーだ。
「んぁ? んふ、もぁ」
「いや食べるか喋るかどっちかにしなよ」
突っ込んだのはブロンドをベリーショートに刈り上げた長身の女生徒。ポジションはチェイサー、チームのエース格である。
「……うん、まあ、そうだけど?」
口一杯頬張ったラザニアを飲み下して、ジュピターが眉を顰める。
「ってか、お前こそ何でマーキュリーのこと知ってんの?」
「あんた馬鹿なの!? ……って、そういや馬鹿だったわね」
赤毛のシーカーは肩を竦めた。
「失礼な奴だな ……って、そういや失言が服着て歩いてるんだったな」
「あんた本当に知らないの?」
負けじと言い返すジュピターに、ブロンドのチェイサーは呆れたように言う。
「あの子、うちらの学年の主席でしょ。有名人じゃん」
「ふんぐっ」
(同級生!?)
落ち着いた物腰や魔法を操る鮮やかな手際から、てっきり上級生だと思い込んでいたジュピターは、ガーリックブレッドを口一杯に頬張りながら目を見開いた。
「そうそう。しかも入学してからペーパーテストで一点も落としたことないらしいよ。んで、ついたあだ名が『ミス・パーフェクト』」
「実技の一番は『グリフィンドールの魔王』に持って行かれてるけど、トータルでいったら一年の時から一番以外取ったことないんじゃね?」
女子達はとにかく情報通だ。いや、もしかしたらジュピターが特別疎いだけかもしれない。
「なあなあ。あの子、めっちゃ可愛くないか?」
割って入ったのは、体格のいい黒髪の短髪男子だ。ポジションはジュピターと同じビーター。
「ああ」
ジュピターは昨日の図書室での遣り取りを思い出す。
「ついでに、声も滅茶苦茶可愛い」
「何であんたがドヤ顔すんのよ」
赤毛のシーカーが突っ込んだ。どうやらツッコミは彼女の仕事らしい。
「うわぉ! なあ、あの子俺に紹介してくれよ」
「何でだよ」
ジュピターの眉間に皺が寄る。
「お前があの子と友達になれるんだったら、俺でもワンチャンつき合えるかもしれないじゃん」
ジュピターが明らかにむっとしていることには気付かず、へらへらと笑う少年。
「……ねぇよ」
ジュピターの澄んだアルトの声が一オクターブ低くなり、眼光鋭さを増す。
「それ以上くだらねぇこと言うとその口に暴れ鉄球ぶち込むぞ」
「いやいやいや、バカの戯言にガン切れすんなし」
赤毛の少女が突っ込んだ。軽い口調とは裏腹に、内心冷や冷やである。ジュピター・フォレストは操箒技術と箒上での身体活動に秀でた名ビーターで、「撃墜王」の異名を持つチーム随一のフィジカルエリートだ。こんな所で騒ぎを起こして出場停止でも食らったら目も当てられないし、何より彼女に本気で暴れられたら誰も止められない。
「いやさ、それはともかく。マジであんたどこでどうやってあの優等生と知り合ったのさ」
ブロンドのチームメイトがさりげなく彼女の注意を逸らす。
「どこで、って、そりゃ……」
ジュピターははたと手を止め、再び昨日の図書館での出来事を思い返し、
「やっぱ言えないな」
心底楽しそうに破顔した。
「二人だけの秘密だ」
§2 Just between You and Me――Fin.
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