Call My Name

nick

 

  つたなく 儚げな
  こんな想いも
  未来で うまれかわる

  せつなく もどかしい
  こんな気持ちも
  いつかは 花にかわる

  秘密の恋
  誰にも言えず
  そっと 空に
  消えてくかな

「大丈夫なの?」
「・・・なんとか生きているわ」
「冗談はやめてよ」
 ベッドサイドの丸いイスに腰を下ろしたレイは、呼び出した本人の弱々しい微笑みに、明らかに不満顔を見せる。
「体調が悪かったのなら、素直にそういいなさいよ。うさぎが心配していたわよ」
「何よそれ。病人に優しくしようとは思わないの?」
「言い返せる元気は残っているようね。で、いったい何?人を呼び出して」
 肘を置く机もなくて、中途半端な体制が嫌になり、レイは両手をベッドの上に置いて、身を乗り出すようにした。
「ちょっとね」
 少し近付いてくる、レイの心配している眼差し。本当は、こんな風に見られるのが恐くて、逃げていた。
「何よ、早く言いなさいよ。私だって暇じゃないんだから」
「デート?」
 美奈子は、すぐにそう尋ねた。
「具合悪くて寝ているくせに、人をからかう余裕があるなんて。仮病じゃないの、ヴィーナス」
「そうだといいわね」
 いつもの強気な答えが返ってこない。
「・・・で、早くここに呼び出したわけを聞かせてくれない?」
「あぁ、そうね」
 美奈子はゆっくりと起き上がった。鈍い痛みは消えることなく、少しずつ、だけど確実に酷くなっている。
「大丈夫?」
「平気」
 頭をおさえる仕草に、レイからも強気の目の色がどんどんなくなってゆく。
「あなたを呼び出したのはね」
「えぇ」
「肝心なことを想い出さないあなたに、お仕置きをしようと思ったの」
 深刻な顔をして、そう言った美奈子は、両手をついて身を乗り出していたレイの腕を引っ張った。
「うわっ」
 引っ張られたせいで、支えを失った身体が、バランスを崩して美奈子にもたれかかる。
「っ・・・!」
「隙だらけね。これじゃぁ、安心してプリンセスのことを任せられないわ」
 きつくレイを抱きしめて、にやり。
 お得意の顔を見せた美奈子に、それでこそ美奈子だと思いながらも、次第に怒りがこみ上げてきたレイは、せめてもの抵抗に、美奈子の頬を引っ張ってやった。
「いたー!ちょっと、何するのよ?!」
「そ、そっちこそ!」
 束縛から逃れたレイは、立ち上がって一歩ベッドから離れる。身体が熱いのは、なぜだろう。
「アイドルの頬を抓るなんて」
 頬を擦りながら、美奈子は大げさにアイドルを演じてみた。
「自意識過剰でしょう?!だいたい、真剣な目で悪ふざけなんてやめてよね」
 乱れたブラウスの皴を伸ばしながら、レイはブツブツ文句を続ける。
「呼び出したのは、あなたに早く前世を思い出して、もっともっと強くなって欲しいってことを言いたかったのよ。それだけ」
 悪乗りを詫びることもなく、相変わらずのにやりとした笑みを浮かべながら、美奈子は告げる。
「何よ、そんなこと?!余計なお世話って言うのよ、そういうの。まったく。あなたが病院に呼び出すから、いったい何が起こったのかと冷や冷やしていたけれど、案外あなた、その性格の悪さを直すために、検査しているだけじゃないの?だいたいあなたはね・・・」
「マーズ、結構きついこと言ってくれるわね」
 強い口調で美奈子を非難するレイの目に、強気が戻ってくる。散々美奈子に言いたい放題言うレイの表情は、とても楽しそうだ。
「・・・いい?さっさと退院して、さっさと私たちと行動しなさい。わかったわね?!」
 言うべきことは言ったとばかりに、レイは鞄を持って立ち上がる。
「それじゃ。約束よ」
 一度振り返り特別室の扉を開けて、レイはさようならの代わりに、軽く睨んだ。
「もう、長くはないの!」
 ぴくっ。美奈子の叫び声に、扉の向こうへと出した片足の動きが止まる。
「・・・・あなたに後は任せるわ。この星に生まれて、果たすべき使命を全うすることが出来ずに、たぶん私は死んでしまうけれど。私がこれからの未来でやるべき使命のすべてを、あなたに託すわ。あなたが導いて。平和な星に。そしてプリンセスの幸せも。お願いね、マーズ」
 レイにはなんとなく、予想はついていた。だから出来ることなら何も知らずに、この病室から出て行きたかった。
「1つ言い忘れていたけれど・・・」
「何?」
 レイは、振り返らずに声を掛けた。
「その、マーズって呼び方。気に食わないわ。だいたい、人にものを頼むときは、お願いしますでしょう?」
 開きかけた扉の向こうへ、早く飛び出してしまいたい。出来ることなら、冗談だと。いつものように笑ってごまかしてもらいたい。
「お願いね、レイちゃん」
 いったいどんな表情で、そんな言葉を口にしているのだろう。レイは怒りたいのか、呆れたいのか、冗談にして笑ってごまかしたいのか、わからなかった。
「・・・考えておくわ・・・美奈」
「そう。時間がないから、早くね」

 抱きしめて、ちゃんと触れて、覚えていた感触と何一つ違っていないことに安心した。
「もっと素直に言っておけば、キスの1つくらいしてくれたかしら?」
 寝転がって、美奈子はクスッと笑う。
「真っ赤になって倒れちゃいそうね」
 美奈子は、ほんのり優しい彼女の温もりを忘れないように、心に誓った。
「美奈・・・か」
 あとどれくらい、そうやって呼んでもらえるのだろう。全ての決心がついた後、それなのに生きていたいという、忘れていた願望を思い出させる。
「もう、思い残すことはない。これでもう十分」
 何度も言い聞かせて、美奈子は疲れた心を癒すために、瞳を閉じた。堪えきれずに零れた涙が、枕を湿らせる。
 約束は守れない。もっと、会いたくなるから。もっと、甘えたくなるから。もっと、触れたくなるから。だから一緒に行動しない。

 きつく瞳を閉じて、浮かんでくる彼女の表情は、とても幸せそうだった。そこには、うさぎがいて、亜美がいて、まことがいる。だけど、美奈子はいない。それなのに、彼女はとても楽しそうに笑っていた。
 だから一緒に行動しない。美奈子は、自分のいない世界を楽しそうに生きる彼女を、遠くから眺めている自分の姿を思い描き、それでも、そうしてきてよかったのだと考える。

  人はなぜ1度だけしか 生きるチャンスがないの
  時はなぜ1秒さえも 立ち止まらないのだろう

 ワンフレーズだけ口ずさめば、悲しく聞こえる。美奈子はもう、数え切れないくらい吐いてきた溜息を漏らすのも、いい加減嫌になった。
 ごくり。
 溜息を飲み込み、涙を拭った。  

 

Call My Name−−−終

 

 

あとがき

 少数派の美奈レイの皆さん、こんにちは、nickです。
 どばっと書いたあとに、「肩越しに金星」の歌詞を最初につけました。
 あとは、ご存知の「せ〜ら〜ヴィ〜♪」の1部分ですね。
 これは実は、Act36が放送されるより1週間ほど前には出来上がっていました。レイが呼び出されるという、雑誌の予告をみて、すぐに思いつきました。どういう風に名前を呼ぶかというのは、その人たちがどれだけ信頼しあっているかによって決められると思います。放送を見たあとだから言えますが、彼女たちだけは、「マーズ」「ヴィーナス」ですね。たぶん美奈子はそう呼ぶことで、本当はもっと仲良くしたいという想いを押し殺しているのでしょう。今回は、二人の踏み出せない1歩を、私が勝手に背中から蹴ってしまいました。

 

nick

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